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蛙ゲコゲコ夕暮れに、騒々しいやら、怖いやら。
辻本恭平は汗だくになって穴を掘っていた。人里離れた雑木林の中である。
近くに沼でも有るのか、蛙の声が喧しい。
こんな人気のない場所で、暗い時間に穴掘りなどと、いかにも妖しい行動である。それもそのはず、彼は葬儀にも出さずに遺体を埋めようとしているのである。
遺体は彼の妻であった。妻という言い方が正しいのかどうかは少し疑問がある。と言うのも、夫婦としての戸籍上の届けを敢えてしていなかったのである。
とは言え、同衾し肉体交渉を持ち、食事も大概共にして、貴方お前と呼び合う仲だったのである。
妻が遺体となっている直接の原因は彼に有った。しかし殺したのかと聞かれれば、些か語弊がある。
言ってみれば、事故だったのである。
敢えて婚姻届を出していないと書いたところから、推測いただけている方もいるかも知れないが、彼そしてその妻の彼女は世間体を気にしない、むしろ軽侮する心の持ち主だったのである。
そして、そういう人間が染まり易いテロリズム思想に侵され、御多分に漏れず反政府活動に関わっていた。時代遅れの反政府活動家であった。
二人は俗に言う『同志』の関係でもあった。
事故は、彼が企てた要人に対するテロ計画に関する諍いに端を発していた。
妻は彼の計画に反対であった。相手が狙うほどの重要人物ではなく、危険を冒すのは馬鹿げていると彼を宥めに掛かったのである。
こういう人達の心理構造は、一般の人達には不可解とされる事が多いが、件の事故は有りがちなものであった。
口論が過熱したあまり、揉み合いとなり、彼が妻を突き飛ばしたところ、足をもつれさせて仰向けにひっくり返った妻の頭の下に丁度良い具合に・・・・・・いや運の悪い事に、大きめのダンベルが置かれてあって、その一方の丸い所に後頭部を強かにぶつけてしまった。
床は木製のフローリングだった。ダンベルはたまたましまい忘れていたのである。彼には妻に対する殺意は無かった。突き飛ばしたのは揉み合いの弾みだったのである。いや、本当に。
「うーん。」
と一言言ったきり、妻は静かになった。頭の下から、ドクドクと血が流れ続けている。
「おいっ、おいっ。」
呼び掛けても返事はない。
見開かれた目が急速に光を無くして行くように見えた。
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