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昨日もおかしな夢を見た。もう1週間になるだろうか。夢の内容はいつも同じ。気になって昼間も思い出す。
空がどんよりと暗い。不穏な雰囲気。
俺は白い石の階段に横たわっている。視線は動かせず、鎧に覆われた右手を見つめている。傍らの剣は折れていて、役に立ちそうにない。
赤黒い血がついているところを見るとさっきまで勇ましく戦っていたのだろうか。
しかしもう指一本動かす力さえ残っていない。視界がだんだんと暗くなる。
女の子の泣き叫ぶ声が意識と共に遠ざかっていく。
どうか泣かないでほしい、と夢の中の俺は思う。
白いドレスを着た――あれは。
「――い、おい、永岡!」
俺は我に返った。
「手が止まってたぞ、大丈夫か?」
晶が俺の前で振っていた手を止める。心配だ、と顔に書いてある。
「……え、ああ、悪い。ぼうっとしてた」
ケータイを握り直す。そうだ、友達の晶の部屋だった。目の前に鮮やかなグラフィックのスマホゲーム。せっかく通信対戦してたのに画面には「YOU LOSE」の表示。
「悪いな、もっかいやろうか」
「いいよ。なんか疲れてるんじゃないか? ほら飲め飲め」
親切な小太りの友人はジュースを勧めてくれた。「食え」とポテチも出してくれる。
BGM代わりにつけっぱなしのTVではボクシングの試合をやっていた。激しい打ち合いで選手が脳震とうを起こしたらしく、中断している。
テーブルの上にはたくさんのお菓子。今日が誕生日の俺に晶が奮発して買ってくれたものだ。いい奴だな、と思う。
ポテチをパリ、とかじりながら俺は再び物思いにふける。目はケータイの画面に釘付けだ。
身が入らないのは夢のせいだけじゃない。こういうゲームの世界観は自分には合わないのだ。
ファンタジーの類は全てそうだ。漫画、アニメ、映画、ゲーム……気になる点を挙げるとキリがない。
「エルフの耳はここまで長くない」
「オークの肌はもっと毛深い。近づくと独特のなんとも言えないニオイがする」
「スライムのぷよぷよ感が足りないしこんな可愛くねぇよ」
そんな、細かいことが気になる。馬鹿みたいだ。
晶がケータイから顔を上げた。
「あのさ、ジュリアン」
「下の名前で呼ぶなよ」
俺の名前は永岡樹里庵。いわゆるキラキラネーム。下の名前を呼ばれるのは嫌いだ。
真面目な両親がなんで命名のときだけとち狂ってこんな名前をつけたのか。意味がわからない。ただ救いは俺みたいなキラキラネームは今や珍しくないということだ。「名字か、ジュリって呼んでくれ」と言えばそれで済む。
たまにこうやって晶がからかって呼ぶくらいだ。
「……永岡お前さ、こうやって俺とゲームしてくれんの楽しくていいんだけどさ。中学のときは剣道でいい線いってたって聞いたぞ。高校でやらなくてよかったのか?」
俺はうーん、とうなる。なんて説明したものか。
「……剣道って一対一だろ」
「うん?」
「対戦してると周りから攻められないか気になるんだ、いや、一番気になるのは横かな」
「横?」
「なんか相棒がいないと物足りないっていうか」
「誰だよ相棒って。しかも周りから攻められたら乱闘になるじゃないか、それもう剣道じゃねえよ」
「だろ? 俺そうやって余計なこと考えてるんだ。命を守る戦いってこんなんじゃないよなー、って頭のどっかで思うんだよ。そういうの気になるから高校ではもういいかなって」
「……」
晶の視線を感じて顔が羞恥で赤くなる。
「変だとは自分でも思ってるよ」
「……厨二病?」
「かもな」
俺はがしがし、と頭をかいた。
「あー、なんか急に恥ずかしくなってきた。忘れてくれ」
「気にすんな。誰だって第3の目とか力が封印された左腕とか夢見るお年頃だろ」
それもだよ、第3の目って額より後ろについてた方が効率いいし実際そうだよ、なんて言おうと思ったけど。さすがに自分でも馬鹿らしくてやめた。なんだ「実際そうだよ」って。見たことあんのか俺。ないだろ。
今朝の夢みたいなファンタジーがリアルにあってたまるか。
そんな冗談はこのふざけた名前と――この指輪だけにして欲しい。服の上からそれを握る。
俺の首には、チェーンに通した金色の指輪がかかっている。俺が生まれた時に握っていたと聞いた。指輪の内側にはなにやら文字が刻まれている。英語ですらない謎の文字。細すぎてもう指にははまらない。身につけていると安心するので、手持ち無沙汰なときは触るのがすっかり癖になってしまった。
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