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 11月の空は暗くなるのが早い。ケータイは18時15分を示している。駅前は帰宅ラッシュと、飲みにいく会社員たちで混雑していた。俺もいつかあんな大人になるんだろうか。  手に持ったビニール袋が歩く度ガサガサ音を立てる。中身は晶からもらったお菓子がつまっていて、明日何を食べるか優先順位をつけていると、スーツ姿の背中にぶつかった。 「あ、すみません」  ところがその人はこちらに目もくれず、固まったようにどこかを見つめている。視線を追うと街頭ビジョンがあった。ひどく慌てた様子のアナウンサーが映っている。次々と横から差し出される紙に対応しきれていない。 「速報です! 世界各地の主要都市で謎の爆発がありました。確認されたのはロンドン、パリ、北京、モスクワ……どんどん増えています!」  画面が忙しなく切り替わる。火に覆われ、煙が上がっているのは、いずれもニュースに出てくるような建物ばかりだ。もれなく火の手が上がり、人々の悲鳴をBGMに壁が崩れ落ちていく。  俺の周りには、足を止めて画面を見上げる人が増えてきつつあった。 「テロ?」と誰かがつぶやく。 「こちらホワイトハウス前です!」  半ば怒鳴るように現地の実況が始まった。  ホワイトハウスが燃えている。向こうはまだ陽も昇っていない。白い壁が真っ赤に照らされ、必死の消火活動が行われている。だが、様子がおかしい。放水があらぬ方向に向けられ、人々が何事か叫び、逃げ惑っている。空を指さす人もいる。その先に。 「嘘だろ」  今まさに星条旗のポールをへし折り、地に向かって炎を吐いている怪物がいる。翼を持つトカゲのような。 「ご覧下さい! 信じられませんがドラゴンです! 『何も無いところから急に出てきた』という証言があります。さらにここには……あっ!」  カメラの映像が乱れる。アナウンサーが必死に呼びかける。 「ああー!」  絶叫と共に画面に血が飛んだ。俺の近くにいた女性から「ヒッ」と声が漏れる。獣のような赤い眼が映り込み、何かを振り上げ、カメラが壊される。  あのシルエットは……狼男?   ――やめてくれよ、ハリウッド映画じゃねぇんだから。  これだけ人が多いのに、皆静かに画面を見上げている。人は信じられないものを見ると消化するのに時間がかかるらしい。この場所と、報道されている世界があまりにも違いすぎる。ケータイをいじると、困惑した皆のつぶやきが流れてきた。 「映画の宣伝?」 「ついにファンタジーの時代到来!」 「ヤバいヤバいヤバい逃げなきゃ」 「どこ行ったらいいの」 「エイプリルフールとっくに過ぎてるんですけど」  この街頭ビジョンだけのドッキリでもないのか。日本中がファンタジーな話題でいっぱいだ。    どよめきが聞こえた。街頭ビジョンの映像が乱れている。壊れたのか、と思った途端、キィーン、と耳鳴りがした。  頭がガンガンと痛む。立っていられない人もいる。 『無力な人間たちに、24時間の猶予を差し上げましょう。  予言の少年を差し出しなさい。おっと! 死体は受け付けませんからお気をつけて。王の楽しみを奪ってはいけません。  差し出さない場合、この星を蹂躙します。どちらを選ぶもお前たちの自由! 既に世界の運命は我が王の手のひらの上です。ヒャハハハ!』  声が頭に響く。ふざけてるとしか言いようがない、ハイテンションな男の声。妙な抑揚をつけて、笑い声を最後にプツンとそれは途切れた。 「今の、聞こえた?」 「ジュリアンだって」 「日本にいないっしょ」 「いたらウケるわ。キラキラネームじゃん、ははっ」  後ろの女子高生たちがしゃべっている。平静を保とうとしているのだろうが、どちらも声が震えて逆効果だ。  恐怖が伝播し、俺の顔を冷や汗が伝った。  そのキラキラネームの奴がいる。ここに。  ……いや、でもまさかな。  指輪を握る。  動悸が激しくなる。火災、そして人が襲われる映像。ドラゴンと獣の姿。頭に響いたメッセージ。まるで下手な映画の序章。    ひょっとしたらマジかも、なんて思うんじゃない俺。寝て起きたらリアルが待ってるはずだ。学校行って友達と騒いで、飯食って寝る。そんな繰り返しの日々が。そうだろ?  これは夢だ。ああきっと夢だ。  こんな時は――早く帰って寝るに限る。  そうだろ?
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