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3
「ギャアアア!!」
悲鳴を上げたのはオークの方だった。
おそるおそる目を開ける。
怪物の体が持ち上げられている。胸を貫いているのは……槍だ。オークは突き刺さった槍ごとブン! と後方に投げられ、怪物の集団に衝突した。
「久しぶりだな」
黒ずくめの美女が立っていた。
SF映画で見るような、顔以外の全身が覆われたライダースーツ。エメラルドグリーンの眼差しが俺を見下ろす。夜風に長い黒髪がなびく。
一番特徴的なのは、耳だ。黒髪の間から生えているそれは、人間にしては長すぎる。
「……エルフ?」
美女は呆れたように顔をしかめた。
「またそこから説明がいるのかよ。めんどくせぇ」
「あっ、あの、後ろ!」
駆けてきた狼男が跳躍し、彼女の背後から斧を振りかぶり――消えた。
ギャン! と叫んで狼男が転がる。美女は長い脚を下ろすと間を開けず、襲ってきたゴブリンを殴り飛ばす。
スライムに向けて指を鳴らすと炎が上がり、ジュッ、と音がして蒸発。
あれって……魔法?
彼女の動きはどんどん速くなる。
殴り、蹴り、燃やして倒す、倒す、倒す。あれだけ恐ろしかった怪物の一団を蹴散していく。駆け回って戦う姿は踊るように華麗に、一分の隙もなく。
もちろん怪物たちも反撃している。しかし全て避けられ、カウンターをくらっている。倒された怪物は黒い塵となって消えていく。
永遠に辿り着けないのではと思った自宅への道が、一人のエルフによって拓かれていく光景を俺は呆然と見ていた。
何者なんだ、彼女。目で追うのが精一杯だ。いやもう目も追いつかない。
集団は完全に総崩れだ。このまま美女の完全勝利、と思いきや一際大きい緑の体躯がゆらり、と現れた。3メートルはあるだろうか。一つ目の巨人、サイクロプス。雄叫びが住宅街に響く。
彼女は後ろに跳びながら下がる。俺の横にあった一時停止の道路標識の柱を掴んだ。まさか。
「ちょっとそれはマズイんじゃ」
「死ぬよりマシだ」
彼女は標識の根元を蹴った。いともたやすく切られる標識。何事かつぶやくと「止まれ」の部分が銀色の光に包まれ、つぶれ、ねじれ、先端が鋭く変形し刃になった。
グッ、と全身を大きく引くと即席の槍をブン投げる。衝撃で風が巻き起こった。
どこにそんな力が。
サイクロプスが払い落とすより速く槍は胸を貫く。巨体が倒れるのを、残り数匹となった怪物たちが慌てて避ける。地響き。俺の手に振動が伝わる。
彼女はこの機を逃さなかった。広げた両手の前に銀色の光が煌めき、コンバットナイフが出現。
敵の間を縦横無尽に駆け抜け、最後にピクピク動いていたサイクロプスの喉を掻き切った。怪物の体は黒くなり、塵となって消え失せる。刺さっていた標識が道路に派手な音を立てて転がる。
住宅街は平穏を取り戻し、突き当たりの自宅が見えた。彼女が髪をかきあげて一息つく。
俺は立ち上がって彼女に駆け寄った。
「助けてくれてありがとうございます! あの、さっき『久しぶり』って……どこかでお会いしましたっけ」
こちらを睨む迫力に圧倒される。見た目が若いのに重々しい雰囲気の佇まいには隙がない。
「これで7度目だ、この馬鹿」
「……は?」
つかつかとこっちに寄ってくる。距離が近い。
「誰かと間違えてません?」
「指輪」
「え?」
「指輪持ってるだろ、それで呼んだだろうが」
彼女はぶっきらぼうに言い放つ。
俺は慌てて首にかけた指輪を引っ張り出した。指輪は未だに黄金の細かい光を放っている。
「ってことは……エルザ、さん?」
「エルザでいい」
彼女の口角が上がり、表情がやわらかくなった。張り詰めた雰囲気が緩み、俺はほっとする。
しかし、この状況は……。
俺は再び指輪を握りしめる。もしかして魔法のランプと同じ原理なんだろうか。エルザと名乗ったこの女性が願いを3つ叶えてくれるとか。こんな手の込んだ夢を見せるなんて俺の頭もなかなか捨てたもんじゃないな、と妙な方向に感心する。
「あの、本当にありがとうございました。じゃ」
帰ろうとしてぐい、と首根っこを掴まれた。
「どこ行くんだ」
「いや家に帰ろうと思って。夢でしょこれ。起きないと」
「いい加減にしろ死にたいのか」
「うっ!」
「か」を言うか言わないかのところで顔を殴られた。グーで。崩れ落ちる俺。頬が痛い。じんじんする。
オーケー、わかった、これは現実だ。
その上であえて言いたい。自分の部屋で寝たい。この現実から目を背けたい。また殴られそうで口には出せないけど。
「せっかく来てやったのに馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ」
命の恩人は口が悪い。どうして助けてくれたのか、なんで世界はこんなことになったのか。聞きたいことは山ほどある。
だが一歩踏み出すと、スニーカーの先がサイクロプスに刺さっていた槍に当たった。鋭利な切っ先、重そうな武器。対応を間違えば彼女の力は俺に向かうかもしれない。
いや既に一度殴られた。
「あの……俺、これからどうすれば、いいですかね?」
「姫の元に連れて行く。話はそれからだ」
「姫?」
エルザは右手を地面にかざす。アスファルトに銀の光で描かれた魔法陣が現れた。直径3メートルくらいだろうか。ゲームのグラフィックより何十倍も綺麗で思わず見とれた。
キラキラと立ち上る光の粒子が空中に収束し、大きな光になり――そこに、漆黒の大型バイクが現れた。俺はバイクに近づく。これまでと違う動悸がする。見覚えがある、これは。
「ハヤブサじゃん!」
ネットで見た、時速325kmを叩き出した世界一速いバイク。エッジが効いたイカついフォルム。触れると車体は冷たく、街灯の明かりにボディが艶やかな光を放つ。……かっこいい。
「これ、エルザの!?」
「この星のものだ。召喚しただけ」
「すっげぇ……!」
俺の興奮をよそに、召喚した本人は冷静だった。
「こんなん走ればなんでもいい。早い馬なら長い距離でも転移しやすいってだけだ」
エルザもバイクに歩み寄る。俺はなんとなく彼女の足元を見て――固まった。
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