どうすれば?

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どうすれば?

あの男が現れてからというもの、俺はネコからではなく見るからにタチから誘われるようになっていた。 大抵の場合首を横に振ると大人しく引き下がったが、今日の若いタチはしつこかった。俺たちのやりとりを黙って見ていたバーテンダーも、そろそろ収集に動き出す頃あいだ。店の奥に居るそれ用の店員に目配せしている。本当に稀ではあるが過去に1,2度他の客のこういう場面に出くわした事があった。 このままでは俺もこいつの煽りを食って最悪出禁になる可能性がある。 ああ……まったく――腹が立つ。 かと言ってここでこの男の手を振り払いけんかになってしまえば、もうただの被害者ではなくなってしまう。いくらこの男の暴挙がきっかけであってもけんか両成敗とばかりに俺まで処分されてしまいかねない。この店はそういう店なのだ。身元のしっかりした者しか入れないし、最初にトラブルの類はたとえ巻き込まれた側であっても処分の対象になる事もあると伝えられている。 だから俺はこの男の手を振り払う事も黙ってついて行く事もできず、かといってこの場に留まり続ける事もできずにほとほと困り果てていた。 「お客様」 とうとう店員から声がかかり、ああ終わった……と思ったところで背後から大きな身体に抱きしめられた。 優しい香りが俺の身体を包み込む。 見なくても分かる。あの男だ。 一気に緊張が解け、抱きしめられた背中に身体を預けるようにして立った。 男が店員に小声で「任せて」と言うのが聴こえ、店員はイカツイ風貌に似合わない笑顔でお辞儀をして元居た場所に戻って行った。 え?あれ?あれ?? 頭上に沢山の疑問符が浮かぶがそういえば――と思い出す。 この店、というかこの界隈には伝説があった。誰もが跪く伝説の男。 ひと昔前この界隈で話題を独占していた、()()()遊ぶ『夜の帝王』 俺がこの店に通い出したころにはもうその男は姿を見せなくなっていて、噂でだけは知っていた。一度はお目にかかりたいと思っていたのだが、まさか何度も会っていて話までしていただなんて――。 騒めく店内。きっとみんなもこの男が伝説の男だと気づいたんだ。 「んだごらぁ。そいつは俺の今日の獲物だ。分かったらこっちに寄越せっ」 空気の読めないヤツが若干一名。ガルガルと吠える。 「――あんまりおイタが過ぎるとどこへ行っても遊べなくしてあげるよ?花は愛でてこその花で無理やり手折っていいものじゃない。もっと愛する相手には優しくおなりなさいな」 「愛……って会ったばかりのヤツに愛なんかあるもんかっ。ただ抱きたいから声かけただけの話だっつーの。お前が飼い主だって言うんだったら首輪くらいつけとけよなっ」 しつこかった男も流石に店内の男を責めるような沢山の視線に気づいたのか、そんな悪態と舌打ちをひとつ残すと店を出て行った。 俺は急いでバーテンダーを見た。バーテンダーはいつものように笑顔を向けてくるだけだった。どうやら出禁にならずに済んだようだ。ほっと息を吐く。 が、頭上から降ってきた声にズキリと胸が痛んだ。 「この辺も随分とガラの悪いのが出入りするようになったんですねぇ」 「この店は……いつもはそんな事ない。たまたまだ。どんなに注意してたってそういう事もあるだろう……?だからこの店が悪いみたいな事……言うなよ……」 助けてもらったんだからまず最初にお礼を言わなくちゃと思うのに、俺の大事な場所を悪く言われるのは嫌だったから。 この男にも大事な場所だと思っていて欲しかったから。 だけど、強く言う事はできなくてぼそぼそとしりつぼみになる。 「すみません。ここは()()()()()()()大切な場所でしたね。――――もっとあの男に分からせた方がよかったかな」 「それは……いい。多分もうこの辺は歩()ない」 バーテンダーの方を見ると、力強く頷いてキラキラのカクテルとウイスキーの入ったグラスをカウンターに並べて置いた。 お詫び――という事なのだろうか。それで本当に俺にお咎めがないのだと安心した。 ――が、 「ふむ。分かりました。――それはそうと、今日はもう帰ってしまいますか?折角飲み物を用意してくれましたが、あんな事があってこのまま飲む気分でもないでしょう?よかったら私がお送りしますが」 「……」 折角会えたのにこのまま帰りたくはなかった。 だけど男が言うようにここで飲むような気分でもない。きっと今日はいつもより沢山のネコたちが男に手を伸ばす――。 今日もこの男が誰の手も取らない確証などないのだ――。 ごくりと息を飲む。 未だ俺を後ろから抱きしめたままの背中に感じる男の鼓動が、とくんとくんと心地いい。 これを終わらせたくない……な。 どうすれば――――? カウンターに置かれたキラキラのカクテルをちらりと見るが心は踊らない。 飽きたわけでも嫌いになったわけでもなかった。 だけどどんな輝きよりも「どうしますか?」と俺を覗き込むように見る男の笑顔の方が幸せ色にキラキラと輝いて見えたんだ。
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