心はいつも飢えていた

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心はいつも飢えていた

高校生の頃、俺には大好きな先輩がいた。 その人は成績もよく優しくて剣道部の部長として人望もあった。 先輩が三年で俺は二年生。竹刀を一心に振る先輩の姿をこっそり見つめるだけで幸せだった。 先輩は「よく頑張ってるね」と言って頭を撫でてくれた。先輩に撫でられる度に心が満たされるのを感じた。いつしかそれが『恋』だと分かったけれど、それでも俺から動く事はなかった。 そしてある日大好きな先輩に告白されて、俺は嬉しくて信じられない気持ちのまま頷いた。先輩も俺の事を好きだったなんて。 いざ憧れの先輩と付き合うとなると、俺は今まで以上に緊張してしまって自分の気持ちをうまく伝える事ができなかった。一緒に居てもどこかぎこちなく、緊張を隠す為に寄せられた眉間は不機嫌そうに見えたかもしれない。 それでもそういう日はくるもので、俺は求められるまま先輩を抱いた。初めての事だし相手が大好きな先輩という事もあって、緊張の為か最初から最後までよく分からなかった。だけど先輩の幸せそうな顔に俺の心は完全に満たされていた。この時の俺は幸せで幸せでたまらなかった。 ただ少しだけ、喉の奥に引っかかる魚の骨のように小さな違和感はあったけれどそんなものは大した問題ではないと無視する事にした。 先輩との事を壊したくなかったのだ。 それなのに、その骨はなくなる事はなく段々自己主張するようになって、壊したくなかった幸せは大好きな先輩の手で簡単に壊されてしまった。 「俺たちもう無理だと思う――思えば最初から俺とお前は合わなかったんだ……」 と、悲しそうに笑い先輩は俺の元から去って行った。 なぜ?俺の何がいけなかったのか分からない。 俺は先輩が求めるように抱いたじゃないか。 俺に抱かれて先輩はあんなに幸せそうな顔をしていたじゃないか。 なのにもう無理?一体どうして? それから少しの飢えが飢餓感へと姿を変えた。 俺たちは部活で会っても目も合わせず言葉も交わさず、しばらくして先輩は受験の為部活を辞め、そして卒業していった。 先輩から告白したくせにフラれた事もフラれた理由も分からず先輩の事が許せなかった。だから俺の方から連絡はしなかったけれど、アドレスを変える事はしなかった。 どんどん強くなっていく飢餓感。全部全部先輩のせい。 先輩が卒業して俺はもう一度満たされたいと先輩じゃない誰かを探した。 先輩が卒業してもまだ好きなのにそんな気持ちに蓋をして、身体の関係だけでもあれば飢えは満たされるかもしれないと思ったのだ。 そんな事を考えてしまうくらい俺は飢えに飢えていた。 それから高校を卒業して大学へ通う頃には俺は立派なタチに仕上がっていた。 見た目や人当たりの柔らかな俺を求めて伸ばされる手をだれかれ構わず掴んだ。この中にもしかして俺の飢えを満たしてくれる人がいるかもしれない。 だけどすぐに満たされない事を知ると一層飢えは強くなって、新しい誰かを求めた。 その繰り返しだ。 とにかく丁寧に抱いた。そうしていないと相手に触れる事もできそうになかったからだ。頭に叩き込んだ手順通りに相手を愛した。 28歳になった今も変わらずひと夜の相手を抱き続けている。
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