第2話・切るも切らぬも縁のうち

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第2話・切るも切らぬも縁のうち

仕事帰りにそのまんまホリイのマンションに寄ったら、キッチンのテーブルの上に、この場所ではかつて見かけたことのないタグイのタベモノがあった。 「今日、夕飯の買い物のついでにお父さんのお店に寄ったら、くれたんだ。近くのお惣菜屋さんで注文しといてくれたんだって。けっこう美味しいんだってよ」 と、部屋の主は相変わらず無意味な照れ笑いを浮かべて。なんだろう。オレを出迎えるたびに見せるこのビミョーな笑顔。これ見るたんびになんかいつも不本意な気持ちに襲われるのは。なんでだ。 あれかな。カンシャク持ちの気まぐれな飼い主の顔色をうかがうペットの犬とか。そうゆうニュアンスをホーフツとするからか。オレはカンシャク持ちでも気まぐれでもないつもりなのに。 「なんで?」 有形無形のさまざまな概念を詰め込んでオレは聞き返した。 ホリイは「えー、決まってんじゃん」とでも言いたげなテイで、 「だって今日、節分だもん。お豆のクリームで作ったロールケーキももらったんだよ。食後のスウィーツに食べようね」 "お豆のクリーム"だの。"スウィーツ"だの。成人男子の独身単身世帯では非日常ともとれるボキャブラリーがここでは日常的にアフレてる。 どうでもいいが"お豆"はヤメてくれ。"豆"でいいだろが"豆"で。なんでもアタマに"お"を付ければ育ちが良く見えるってもんじゃない。前々からおまえには言っときたかったんだ、それを。いい機会だから今ここで注意しておこうと思ったんだけど。それ以上に看過できない非常識を目の前で見せつけられそうになったので、あわててホリイの愚行を止める。 ホリイは、ムダに発達した反射神経のせいでビクッとオオゲサに肩を跳ね上げさせてから、所帯じみたタメ息をついた。 「もうー。危ないよ、こぐまちゃん。包丁を持ってるときに手をつかんじゃダメだよ。そんなにオナカすいたの? すぐお皿によそって持ってくから、あっち行って待っててよ、ね?」 『お母さん』か、おまえは。 「だって、おまえ。切っちゃダメだろが恵方巻を。何やってんのよバカ」 「でも、うちのおばあちゃんは、切って出してくれてたよ、いつも」 「なにゆってんの。切ったら"福"との縁が切れちゃうんだぞ。だから切らないで丸カブリするんじゃん。おまえんちのばあちゃん意外といい加減だな」 「だってね。恵方巻なんて、もともと関東ではハヤってなかった風習なんだから、食べたいように食べればいいってゆってたよ、おばあちゃん。企業とかが勝手にハヤラセて、もうけてるだけなんだからって」 「……意外とシビアなばあちゃんだな」 だったら、わざわざ買ってまで食べなくてもいいのに……とも思うけど。まあ、商売やってる家は、いろいろツキアイとかがあるしな。 「それにさー、このままだったら食べヅラいよ、やっぱり。具が8種類も入ってんだって。ほら見てー」 「どうせ、『八』で『末広がり』とかゆーんだろ?」 「ああ、そっかぁ。こぐまちゃんってアタマいいねー」 「いいから、もう。ほら。そのまんまリビングに持ってけって。オレ、コンビニでビールとツマミ買ってきたし。ジャガビーにわさびしょうゆ味があるって知ってた、ホリイ?」 「え! じゃあ、今日、泊まってけるの、こぐまちゃん? やったぁ!」 わさびしょうゆ味はスルーか。まあ、そんなにテンション上げてもらえるとマンザラでもないけどさ。まあね。まあ。 いかんせん、それってメロドラマで良く聞くセリフじゃん? しかも、もっぱら不倫カップルのオンナの方が言いそうな。 「でもさー、こぐまちゃん。やっぱり、太巻きは食べやすい大きさに切った方が味も美味しいよ」 「そりゃそーなんだけど。そーゆー身もフタもないこと、ゆっちゃダメ。マナー違反!」 「だって。丸ごとカジリついたら、こぐまちゃんの口には入りきらないよ、きっと」 「…………」 「え? なんでそんな怖い顔するの、こぐまちゃん? ボク、なんか悪いこと言った?」 「おまーなぁ。それよりブットいのをさんざんヒトの口に押し込んできたくせに。良くもまあ、しゃあしゃあと」 「え? え? ボク、そんなひどいことしないよ!」 「アホー! 鈍感! デクノボー!」 どんだけ察しが悪いんだ、こいつは。オレは、まな板の上の太巻きを横から取り上げた。 「ええっと。北北西って、こっちか?」 ハラが減ってんだ、オレは。さっさとカブリついてやる。 こうやって、「あーん」って。デカい口開けて出迎えて…… 「…………」 うん、……やっぱ。これよりデカいよな絶対。太さもそうだけど長さがダンゼン。あと、硬さがハンパなくて。 ほおばると、口の中にスキマがなくなっちゃって。苦しいんだけど。でも、オレの舌のせいでアエいでる声とか。タメ息とか。ガチガチにこわばったのがこらえきれずに震えて。ネバネバの白いシブキがスキマのない口の中を一瞬で侵食する。ホリイの味が。ホリイの匂いが。ホリイの熱が。オレに浸み込む。そんとき、ホリイのことが可愛くてたまらなくなる。なんでもかんでも許したくなる。どんなにムチャなカッコウでも。ホリイが悦ぶならシテあげたくなる。調子づいて何度も後ろにツッコンでこようとしても、カンベンしてあげようかなって。でも、本番は2週間に1ラウンドだけ。これはまだ譲れないけど。なんせ、オレのカラダが持たない。 「どーしたの、こぐまちゃん? 食べないの?」 ホリイは、キョトンと小首をかしげた。自分でプロデュースしたクマのキャラクターのエプロン付けて。オレンジ色でスソがフリフリの。初めて見たときはゲンナリしたけど。さすがにもう見慣れてきた。オレが同じエプロン着てるところも見てみたいとか真顔で言いやがったときは頭たたいたけど。 「あのさぁー。やっぱ、食べづらいから切って」 「え? どうしてー?」 「なんか。なんとなく。そのまんまだと食べる気しないし」 おまえのちんちんを連想しちゃったからだなんてゆえるか、バカ。食欲より性欲に火が付きそうだからなんて。バカ。 「そうなの? ヘンなの、こぐまちゃん」 「うっせー。てゆーかさぁ。よく考えたら、節分って鬼を退治する日だろー? 恵方巻を切って、"鬼との縁を切る"ってことで。いいんじゃね?」 オレがドヤ顔で言ってやると、ホリイは、デッカく目を見開いた。 「わー。こぐまちゃんって、ホントにアタマいいよねー」 切れの長い目。下がり気味の目尻。奥二重で。意外とマツ毛が長くて。ヌイグルミの目みたいな、真っ黒いツヤツヤした瞳。オレの大好きな。 オレのこと本気で「アタマいい」なんて思ってるの、世界中でおまえだけだよ。 こんな陳腐な口説き文句、自分の頭の中に自然と浮かんでくるなんて。今まで思いもしなかったけど。それも、こんな瞬間に。こんなタイミングで。急に。色気ないけど。 ねえ、ホリイ。オレね。おまえとの縁は切りたくないよ。絶対に。一生。できることなら、永遠に。 口に出して言うことは、それこそ永遠にないだろうけど。 ×- - - - - お わ り - - - - -×
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