優しい牙をつきたてて

7/9

10人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 にこっ。  はにかみながら、そうやって微笑んだ。その笑顔は、弟の――鳳牙の笑い方のそれだった。  いとの選んだウエディングドレスもその髪型も、全部が鳳牙の好みだった。昔から、いとはずっと鳳牙しか見ていなかったし、鳳牙もいとしかみてなかった。俺が入り込む隙間もないくらい、ふたりはずっと仲が良くて、本当のパートナーだったと思う。  鳳牙が事故で死んで、俺は家族を失ったショックの前に、いとを巡るライバルが消えたことの方が勝っていた。こんなこと誰にも言えない。家族にも、もちろんいとにも。人間としておかしいって?そんなのわかってるよ。  でもそれが、一番の俺の不幸だって気がついたのは、本当にすぐだった。  鳳牙がいなくなって、いとはおかしくなった。  心が壊れると、人間はこうして堕ちていくのだと知った。それが愛しい人間だったのなら、これほど自分まで苦しいなんて思わなかった。  扉の向こうにいる、いとを想う。  変わらずスタイリストさんと弾んだ会話をしている。支度の時間に終わりが見えているのは、その会話を聞けば明らかだった。 「死んだのは、優牙だから」
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加