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「ほら、あそこに奴が描いた絵が飾ってあるよ」
店主の指差す先を見ると、女神と見紛うばかりの美しい裸婦の絵が壁に飾ってあった。
たしかにこれは上手い。圧倒的敗北感だ。
さっそくミカに奴が見つかったことを報告すると、ミカは驚きすぎたのかしばし絶句した。だけど奴がいま養っているという少年の件は、ミカを傷つけてしまうような気がして口に出せなかった。
翌日からしばらく仕事を休み、ミカとふたりでパレ・ロワイヤル界隈を徘徊するようになった。歩き回るばかりでも疲れるので、ときどきカフェでコーヒーを飲み、セーヌ川のほとりで休憩する。パッサージュ(ガラス屋根のあるアーケード街)でウィンドウショッピングをしたり、凱旋門の方まで行ってみたり、エッフェル塔にのぼったこともあった。それはそれでデートのようで、奴を探すという目的も忘れ、毎晩ふたりで夜の散策を楽しんだ。
再会は突然にやって来た。
その日も俺たちは、パレ・ロワイヤルの回廊をだらだらと歩いていた。ミカはショーウィンドウに飾られた流行最先端の細身のスーツに目を奪われ、窓にへばりついた。
「テオもこういう服を着たらいいのに。そんな貧乏臭い服を着ているからだらしなく見えるんだよ」
「あのねえ、この服がいくらするかわかってる? 俺みたいな貧乏画家に手が出せるような値段じゃないの」
ミカは白い頬をぷうっと膨らませた。
「でもきっとテオに似合うと思うよ。テオは背も高いし、顔もまあまあだし、ちゃんとした身なりをしたら、いまよりずっとかっこよく見えるはずなんだから」
そう言われると悪い気はしない。いつか貯金をして一着くらいはまともな服を――なんて考えているときに、雑踏の奥に背の高い黒い影がすっと横切った。
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