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夜明けが近づく頃、ようやくモンマルトルの丘のふもとへ戻った。ヘトヘトだ。腰痛が限界まで悪化した。身体中の関節がギシギシ言っている。
手すりにしがみつきながら、よたよたとアパルトマンへ続く長い階段を登っていく。
ミカはいったいどこへ行ってしまったのだろう。もうすぐ朝が来る。ちゃんと隠れているのだろうか。
ふと、細い路地が目に入った。あの日、馬車にぶつかった小さなコウモリが飛び出してきたあの路地だ。立ち止まり、その薄暗い路地裏を覗く。
キィィと、かすかな泣き声がした。
汚れたゴミ箱の裏を覗くと、小さな漆黒の塊が震えている。それをそっと手のひらに包み込み、胸に抱き寄せた。
次の瞬間、素っ裸のミカが腕の中にいた。鼻をすすりながら、俺にギュッとしがみつく。
「……どこにも行けなかった。テオから離れたら……寂しくて死んじゃいそうで」
その華奢な身体を強く抱き返す。
「……馬鹿だな、ミカは。離れろなんて、俺は一言も言ってないのに」
うわああぁぁん!とミカが大声を上げて泣いた。朝っぱらからうるせえぞ!と上から罵声が降ってくる。
素早くシャツを脱ぎ、ミカの身体に被せた。そのまま抱き上げ、夜が明けないうちに慌ててアパルトマンへと走っていく。あれほど腰が痛かったはずなのに、嬉しくて痛みがどこかに行った。
俺の頬に涙をこすりつけながら、鼻声のミカが言う。
「テオが好き。ずっとそばにいたい」
俺のもとに戻ってきた、可愛いコウモリ。込み上げる愛しさで目の奥がじんと痛い。
「永遠に俺のそばにいて。責任持って、俺が幸せにするから」
これでいい。これだけでいい。
幸せは、これだけあればもう十分。
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