西方の旅人

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西方の旅人

 ここは青の都サマルカンド。俺達のキャラバンはこの街で一ヶ月ほどを過ごして商売をしていた。  明日の朝にはこの街を発つ。なので、最後の一日くらいゆっくり過ごそうと、キャラバンのみんなで街中を散歩したりしていた。  キャラバンの仲間と街中をゆっくり歩くということはあまりしない。昼間はみんなそれぞれに店を出しているからだ。  とは言っても、夕食の時やキャラバンのための宿泊所であるキャラバンサライで過ごしているときは一緒だし、なんなら旅の道中も一緒だ。旅は道づれ、俺達はそういう共同体なのだ。  街の大通りを歩いていて、ふと足を止める。慣れないようすでラクダに乗っている、お揃いの見慣れない服を着たふたり組が目に入ったのだ。 「ティタ、どうした?」  リーダーも立ち止まって俺に声を掛ける。俺は素直に、あのふたり組を指さして返事をする。 「あのふたり、ラクダに乗るのに慣れてないみたいだけど旅人かもしれない」 「ああ、服もだいぶ汚れてるし、旅人だろうな」 「どこまで行くのかちょっと訊いてくる」 「あっ! おい、ティタ!」  リーダーが驚いたような声を上げているけれども、気にせずにふたり組に声を掛ける。 「やあやあごきげんよう。 ふたりとも旅人だよね? どこまで行くの?」  すると、黒い髪を長く伸ばしている方の男が困ったような顔をする。不安そうに周りを見渡してから、一緒にいる空色の巻き髪を伸ばしている大柄な男に視線を送った。  大柄な男が口を開く。 「ワカラナイ」 「えっ?」  旅をしているのにどこまで行くかわからない? どういうことだろうと驚いていると、その男はもう一度こう言った。 「イウ、ワカラナイ」 「ん? ……あー、なるほど?」  片言で、ぎこちなく言葉を喋っているところを見ると、どうやらこのふたりは俺達の言葉がわからないようだ。  言葉が通じないなんて、余程遠くから旅してきたのだろう。俺はなんとか簡単そうな単語を探してふたりに言葉を投げ続け、なんとか彼らの目的を聞き出すことが出来た。なんでも、ここよりもずっと東にある国を目指しているのだという。  そんなことをしている間に、リーダーと他のキャラバンの仲間達も俺の側に来ていた。 「結局、そのふたりはどこまで行くんだ」  リーダーの問いに簡潔に答える。 「ここよりもずっと東だってさ。多分、シィンだ」 「はぁ、それはまた遠くまで行くもんだな」  感心したような呆れたような声をリーダーが出す。俺もこのふたりの計画には感心も呆れもする。  だから、俺はふたりにこう言った。 「一緒に行こう」  それを聞いて、大柄な男はもちろん、キャラバンのみんなも驚いた。  男がきょとんとした顔で訊ねてくる。 「イイ? ドコ?」  どこまで一緒に行くかということだろう。とりあえず、どこまでとは言えないけれど、途中までは一緒の方が安全だと、なんとか伝える。  それを聞いていたリーダーは渋い顔をしている。 「リーダー、言葉が通じないふたりを放っておくのは危ない。途中まで一緒に行っていいよね?」  事後承諾といった形の俺の言葉に、リーダーは溜息をついてこう言う。 「このふたりが何らかの方法で稼げるなら、連れていってもいいだろう。 ただ、なにもできないなら連れてはいけない。無駄飯ぐらいを養えるほど、おれらに余裕は無い」 「わかってるって」  リーダーはそう言うけれども、このふたりはそれなりに金を持っているか、なんらかの方法で稼ぐ手段があるはずだ。そうでなければ、言葉が通じないほど遠くまで旅をしてこられるはずがないからだ。 「金、どうした?」  俺がそう訊ねると、男は荷物の中から見たこともない楽器のようなものを取りだして俺達に見せた。その楽器は、楕円形の横側を少しくりぬいたような形をしていて、長い柄のようなものが付いている。その柄の部分に、弦が張られているのだ。  男はその楽器に続けて、演奏に使うのだろうなという弓を出してこう言った。 「フィドル」  初めて聞く言葉だけれども、この楽器の名前だろうか。この楽器を演奏して、路銀を稼いでいるのだろうか。  不思議そうな顔をする俺達の前で、男はその楽器を弓で弾いてみせる。初めて聴く音楽だったけれども、すばらしい演奏だ。気がつけば街の人も集まってきて、演奏が終わったらみんな惜しみのない拍手をして、コインを投げていった。  男がにっこりと笑う。やはりこうやって稼いで旅をしてきたのだ。  ちらりとリーダーの方を見る。 「こんな感じらしいけど、一緒に行っていいかな?」  改めてそう訊ねると、リーダーは難しい顔をして言う。 「まぁ、こいつが稼げるならもう片方もついでに連れて行っていいが、一応訊きたい。 なにができる?」  リーダーが黒髪の男の方を指さしてそう言うと、黒髪の男はびくりと身体を震わせる。それから、大柄な男のこうにそろりと目をやった。大柄な男が難しい顔をして、リーダーに言う。 「ナニ?」 「なにができる」  リーダーは黒髪の男を指さしたまま、もう一度訊ねる。すると大柄な男が今度は頷いてこう答えた。 「ワタシ、フィドル。アレ、ゴハン」 「なるほど、あいつは飯を作れるのか」  男の言葉を聞いて、俺は安心した。それぞれにできることがあるなら、片方だけが道中肩身の狭い思いをすることもないだろうと思ったのだ。  俺はまた、リーダーの方を見る。するとリーダーは、にっこり笑って俺に言った。 「十分だ。しばらくよろしくな」  その言葉の意味を、ふたりはよくわかってないようだったけれども、とりあえず途中まで一緒に行くということだけはわかったようだ。黒髪の男が頭を下げて、大柄な男が俺達に言う。 「アリガト」
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