【短編】夏の終わりに

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「よっ、奏。あたしの予想通りおじさん達にこき使われてるんだねぇ」  浴衣コンテストの会場は普段神社の駐車場となっている砂利広場。車輪止めをベンチのように使って腰掛ける人たちの中に幼馴染の姿を認めて、瑠衣は戯けたように声を発した。自分のことを幼馴染としてしか見ていない奏。大学を卒業して進路が分かれてしまう前に、どうにかして自分を意識して欲しくて選んだこの浴衣。どんな反応をするだろう、と、じんわりと熱くなる心持ちとは正反対の冷えたラムネの瓶を奏に差し出した。 「普段ジーパンばっかのお前がそんな格好してるから、天変地異の前触れかと思った」 「っ、んなっ! あんた、あたしのことなんだと思ってるのよ」  仏頂面をした幼馴染から、ぐさりと刺さる辛辣な言葉が飛んで来る。瞬時に靄掛かった心を跳ね除けるように、瑠衣は手に持ったラムネの瓶で奏の額を小突いた。 「ッてぇ! お前、本当に俺の扱い雑だな」  少しくらい―――あたしを意識してくれたっていいのに。瑠衣は本音を隠すように頬を膨れさせる。そうして疲れたような表情を呆れたような表情に変え、額をさすっている奏の隣に座り込んだ。 (……天変地異の、前触れ……)  わかっていたはずだった。奏に『女』とは思われていない、ということを。  元々、片想いだ。長年、奏が自分を気にかけてくれていたのは、自分を異性と思ってなかったからだ、と。改めて思い知らされた気がした。 『瑠衣ちゃんがこの浴衣を着てるの見たらきっと、その幼馴染くんは焦ると思うわ? だって本当に似合ってるもの』  この浴衣を薦めてくれた先輩の悪戯っぽい笑顔と涼やかな声が脳裏に蘇った。彼女のその言葉に背中を押され、清水の舞台から飛び降りるような心持ちで幼稚園の納涼祭以降初めて浴衣を着た、のに。自分だけが空回りしているようで。僅かにブルーになった気持ちを押し込めるように、そっとラムネの瓶に口をつけた。 「ゼミで取材に行った時、ついでにって先輩が選んでくれたの。先輩、服のセンス抜群でモテモテのひとだから」 「ふぅん……」  瑠衣が奏に伝えた情報は嘘ではない。ゼミが一緒の女の先輩が紺色の浴衣を選んでくれたのは紛れもない事実。けれども瑠衣は、ひとつだけ計算違いをしていた。奏がその言葉を、その相手をどう取るか、ということを。
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