【短編】夏の終わりに

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(……本当に……似合って、る…)  幾度も同じ言葉を反復する奏の胸の中に込み上げて来ているのは身勝手な独占欲と、強い焦燥感。けれどそれを気取られたくはなかった。顔を動かさず、眼球だけを動かして真横に座り込んだ瑠衣を視界の端に捕らえる。  紺色の生地は、瑠衣の芯の強さ、そしてたおやかさを見事に表しているようだった。女性らしさを嫌味を感じさせることなく際立たせ、舞い散る薄紅が彼女の繊細さをもはっきりと表していた。  それらが意味する事実。瑠衣が所属するゼミのあの()()()が瑠衣の良さを自分以上に理解してしまった、ということ。このまま手をこまねいていては、ぽっと出の男に横からかっさらわれるのは目に見えている。掴みたい物が掴めない自分の両手。  こんなやり取りしかして来なかった自分が悪いのだ、と。奏はわかりきっているのだ。軽口を叩き合い、時には言い合いから取っ組み合いに発展することもあった。一歩を踏み出さなくても、下らないことで笑い合ったりしているこの関係が心地よかったのだ。高校を卒業し同じ大学に進学し、徐々に自分の世界を広げて大人びていく瑠衣に惹かれている自分を認めたくなくて、けれどすぐに思い切る事も出来ず、こうしてじたばたと諦め悪く瑠衣をからかって怒らせてばかりだ。 (ぬるま湯に……浸かりすぎた、んだろう)  一歩を踏み出す勇気もない。そもそも、こんなやり取りしかして来なかったのだ。瑠衣は自分のことをただの幼馴染としか認識していないだろう。 「……暑いなぁ」  敗北感、焦燥感、身勝手な嫉妬。込み上げてくる綯い交ぜの感情を誤魔化すように、夏の大三角が輝く天を仰いだ。 (…………(しょ)っぱ…)  キラキラと輝く星を眺めながらそっと口をつけた炭酸の強いラムネは、涙の味がした。
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