【短編】夏の終わりに

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 溶けたアイスが手首を伝う。その様子をぼうっと眺め、小さく溜息をついた。 (…………似合って…る、)  視線の先には、幼少期から家が隣同士の幼馴染。ずっとずっと想いを寄せている―――大切な女性(ひと)。彼女が身に纏っているのは、夏の風物詩でもある浴衣。  うなじに散らしてある後れ毛。紺色の生地に白い線が水面を模し、そこに淡い紅色の小花が散っているその浴衣は、彼女らしさと艶っぽさ、大人っぽさをよく引き立てていた。  (かなで)は油断していた。普段から男っぽくサバサバしている瑠衣(るい)の良さを真の意味でわかっているのは、幼馴染として、小学中学高校大学……決して短くはない時間、彼女のそばにいた自分以外にはいないだろう、と。そう思っていたのに。 (……似合ってる)  先ほどと同じ言葉を心の中で呟き、奏は誰にも気が付かれないように肩を落とした。  地元に鎮座する神社の渡御祭(とぎょさい)を兼ねたこの夏祭り。郷土史によると四百年の伝統を誇る今年の例祭は、流行りに乗って浴衣コンテストが開催されることになった。運悪く町内会の中でその実行委員になった両親。バイトも休みの貴重な休日に引っ張りだされ奏はあちこちを駆けずり回っており、ようやっと休憩が取れたところだった。  自分なら、まろやかな薄紅色の生地の浴衣を薦めただろう。瑠衣は快活でさっくりした性格で、けれども感受性豊かで涙脆い。奏以外気がついていないはずの彼女の儚い一面を表すには、春の桜を連想させるような薄紅色に染められた浴衣が一番合うだろう、と。そう思っていた、けれど。
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