「おやすみなさい」の声をきかせて

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「俺、本当は親がリコンして、母さんとふたりでばあちゃんちに引っ越してきたんだ。この先に竹田ってばあちゃんいるだろ、あそこの家」 ぎゅっと抱きしめられたまま、そう話されてもあまり頭に入ってこない。シャンプーのいい香りがよけいに思考をにぶらせる。自販機の光は、まるでふたりを照らすスポットライトだ。 「正直、精神的に親のリコンがこたえてて。毎日、眠れなくて。気晴らしにジュース買いにきてたんだ。でもお前と話して『おやすみなさい』をして帰るとすっと眠れた」 「なにそれ、あたしは睡眠薬か」 手をだらんと下に伸ばしたまま、そう答えるのがやっとだった。 「だからこれからも、『おやすみなさい』してくれる?」 「……うん」 私は思わず聡太の背中に手を回した。距離がぐっと縮まって、聡太の心音がトクトクとやさしく聞こえてくる。 「じゃあ……」 聡太は私の耳元で「おやすみなさい」とささやいた。息が耳にかかってビクッと躰が小さく跳ねる。 「……おっ、おやすみなさい」 私が言い終わるとすぐ、聡太は走って帰っていった。あれ、ジュースは買わなくてよかったのかな。 私は聡太が見えなくなるまで見送っていた。あしたから、どんな顔して会えばいいんだろう。 とにかく受験に集中、集中、集中……そう暗示をかけながら、10歩もかかって家に着き、玄関の前で立ち止まる。 聡太に抱きしめられたときの体温や、シャンプーのにおい、やさしくつつまれた感覚。それをまだ、味わっていたかった。 (了)
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