紫瞳が映す花

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目は心の鏡って言うじゃん。 それは嘘なんじゃないかなって思う。 この言葉を考案した先人たちを一気に敵に回すようなことを言うけどさ、俺はこのことわざがホントに正しいのか未だに納得できないんだよなぁ。 だって鏡だよ。 目が、その人の心を映す鏡なんだそうだ。 すなわち目が美しいってことは心も比例して美しいってことでしょ? 逆に言うと綺麗な心の持ち主は、綺麗な曇りなき眼をしているって訳だ。 いや、いやいやいや。 嘘だぁ。絶対嘘じゃん。 だって俺の目の前にいるこいつは、曇りなき美しい瞳を携えたこの男は絶対腹ん中真っ黒だもん。俺は知ってる。 瞳はこんなにも綺麗なのに心は絶対綺麗じゃない。断言できる。 俺も人並み以上に自分の心が美しいとは別に思わないけどさ、少なくともこいつよりは絶対マシだと思う。 「なぁに考えてんのかなぁー?」 「…今週提出の課題について?」 「へぇー?そう?どんな?手伝ってやろうか?」 「要らねぇー」 瞳の中に花が咲くっていう言葉があるけど、この表現はホントだなってこいつの瞳を覗く度に思う。例えるならガーベラみたいな、大輪の花。薄紫のそれが花開く瞬間を、もう間近で何度も見ている。俺の意思とは関係なくだけど。 「なぁ知ってる?」 「なにを?」 「お前って嘘吐くときじぃっと目ぇ見てくる癖があんの」 「別にそんなことないけど…」 「無自覚なんだよなぁ…。かわいくねーぞぉ」 「カッコよくなりたいからいーいの。それより」 ちら、と視線を右にずらせば、目の前に座るこいつも視線を同じ方向に動かした。 月並みな感想だが相変わらず睫毛長ぇな。 そういや一回こいつのこと「下まつげ男爵」って呼んだらガチ目の力で叩かれたことがあるので、もう呼ばないと誓った。 ちなみに何で「男爵」なのかは俺も分からない。多分語呂が良かったからかな。 いや、そんなことはどうでもよくて。 見上げた先には、キラキラした目で俺たち…違うな、俺の目の前に座る男を見つめる観客が。 観客というか同じ大学の人たちなんだけど、まぁ…何かもうアイドルを見る目と変わんないからあながち間違った言い方ではないと思う。 「あれでうちわとかペンラ持ってたら完全にコンサート会場だわココ」 「誰が歌うの」 「………」 無言で「お前しか居ねぇじゃん」という視線を送ると、この男は面倒臭そうに頬杖をついて微笑んだ。それはもう雑誌の表紙みたいにカンペキな笑顔で。 そうして一言。 「ぜっっってぇーーーやだ」 言うと思ったよ。語尾にハートついてるよ。 その笑顔のまんま彼は上の階で未だ熱い視線を送り続けていた観客たちへウィンクを投げると、彼ら彼女らは一様に赤面してあわあわと逃げていった。 やっぱコンサート会場じゃん。 「慣れたもんだなぁ」 「要らない慣れだよ」 「そっか」 「そうよー」 「無視してたらいいのでは?」 「つけあがるんだよ、そうすると」 「そっかぁ」 「そうなのよー」 まぁ人によるとは思うけど、大変なんだなぁ。 だからってファンサするのもどうなのかなとは思うけど。 「俺もさ、歯並び悪いからよく奥歯にモノ詰まったりするんだけど、大変だよな」 「歯並びの悪さあるあると一緒にされんの複雑なんだけどまぁ…お前のそーいうトコ好きよ」 「ん?何か違った?」 「いんやぁ、落ち着くなって話ぃ」 「…そっか?」 「気が抜けるってのが近いかもなぁ」 「そっか」 「うん、さんきゅ」 何がさんきゅなのか分からんけど、さっきまでの貼り付けたような笑みじゃなくなったからまぁいいか。 根っこから真面目過ぎるんだよなぁ。 わざわざ頑張ろうなんて思わなくても、頑張り過ぎちゃうんだよ。初期設定からそうなってるんだ、多分。 だからこれくらいで、丁度良い。 バカだなぁって笑ってくれるその顔が、表情が結構好きだなんて言ったことはないけども。 やっぱりこっちの方がよく似合う。 知らんけど。 「そう言えばさぁ、スミレ」 「もっと生徒っぽく」 「はい、スミレ先生」 「はい、シオンくん」 律儀にもピシッと手を上げた幼馴染みを、俺もまたピシッと指差した。と言っても指差すのは礼儀的に良くないから、手の平を向ける。 突然の先生と生徒ごっこにもノリ良く乗ってきてくれた幼馴染みくんは、桜色の唇をにやりと歪ませて言った。 「あの噂ってまだあんのかな」 「どの噂」 「お前と僕が付き合ってるっていう、噂」 「へぁ」 皿の上ならまぁセーフ。 しかし箸で食うプチトマトって、油断したらすぐ落ちるよね。
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