0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
雨が降り続ける午前零時。私は公園で立ち尽くしていた。そして傘も差さずにずぶ濡れになっていく自分を見ていた。
どれだけ時間が経っただろう。急に雨が止んだかと思ったら傘を差されていた。傘を差している人物は男の人だった。差されていた傘は綺麗な花柄で何故男の人がこんな傘を差しているのだろうと不思議に思った。
「傘も差さずにこんなところにいたら風邪引きますよ」
全くの正論だ。でも私にはそんなこと関係なかった。私は逃げるように傘から出る。すると男の人は私を追うように傘を差してくる。
「貴方に関係ないでしょ!」
余りにもしつこいのでそう言うと彼はハハッと声を出して笑った。
「……何がおかしいんですか?」
「いや、付き合っていた彼女にそっくりで思わず笑ってしまって」
そう言うと彼はすいませんと丁寧に頭を下げた。
「別に謝らなくても大丈夫です。私も言い過ぎました」
いきなり頭を下げられて悪いことをしてしまったと思い、私がそう言うと彼はいいんですと言ってまた少し笑った。
その笑顔に少し懐かしさを感じた。何故だろう? この感覚は何? もしかしてどこかで会ったことあるのだろうか?
目の前にいる彼を見つめながら考えを巡らせていると彼がおもむろに口を開く。
「まぁ彼女はもうこの世にはいないんですけどね」
「えっ?」
「死んだんですよ、先月交通事故で」
私は彼の言葉に何も返すことが出来なかった。雨の音は激しさを増していく。
「こんな話してすいません」
そう言うと彼は笑えていない笑顔を私に向ける。その笑顔は痛々しくて見ていられなかった。こんな時に気の利く一言を言えない自分に腹が立った。
「この傘……使って下さい」
いきなり彼はそう言うと私に傘を手渡して走り去ってしまった。
「ちょっと待って!」
そう言った声も届かず、私は小さくなる後ろ姿をただ見つめることしか出来なかった。
手渡された傘の持ち手を見ると“速水 彩衣”と丁寧な字で書かれていた。
「はやみ……あい……」
そう、その名前は私の名前だった。
そして私はこの時全てを悟った。
「そうだ……私だったんだ」
雨は止む気配がない。
彼とはもう二度と会うことはないだろう。花柄の傘が風に吹かれてゆらゆらと揺れている。
最初のコメントを投稿しよう!