死婚

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 三年前の初秋、智彦さんとの交際が始まったんだ。  智彦さんは45歳で私が37歳になった年だった。  お互いの生立ちが余りにも似過ぎていて、智彦さんとの距離が急速に縮まったのを鮮明に覚えてる。  「えっ、私も七夕の日が誕生日です!」  私は驚き過ぎて、思わず叫ぶような声を出してしまった。  ピアノの音色が心地良い静かなレストラン‥‥、お客さんは何事かといった感じで一斉に動作を止めて私を見た。  私は咄嗟に口を押さえてお客さんと智彦さんに何度も頭を下げた。  「すみません」  「あはは、気にする事はないですよ、きっと私も同じくらい驚いてますから」  その時の優しい智彦さんの笑顔はとても印象的だった。  食事を済ませた私達は智彦さんが良く通ってる小さなバーへとタクシーを走らせた。    バーのカウンターに陣取り、お互い次の会話を模索するかのように、カクテルグラスを傾けては、氷の音で誤魔化していた。  「生まれは何方なんですか?」  私の右側でカクテルグラスを回しながら智彦さんが聞いてきた。  「‥‥長崎の壱岐島です」  「離島ですかぁ、憧れます」  「そうなんですかぁ、なぁ〜んにもない、退屈な島ですよ」  私は智彦さんが次に聞いてくるであろう両親の事を考えると少し重たい気持ちになっていた。  私はもう40.流石に何人かの異性とはお付き合いしてきた。  いざ、お付き合いや婚約既の所で生立ちが理由で駄目になってきたトラウマが脳みそをくすぐるんだ。  「鈴木さんは何方なんですか?」  悪あがきとも取れる時間稼ぎの為に、智彦さんが聞いて来る前に同じ質問を返した。  「私は東京、品川区です」  「‥‥そうなんですねぇ」  「大して話題にもならないみたいな、平凡な所ですかね、あはは」  私は重たい気持ちのまま、智彦さんの横顔に微笑んでいた。
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