窓際ロックンロール

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 「おう楠、ベーシストが見つかったぞ」  ここ一ヶ月、霧ヶ峰が挨拶がわりに使っていた言葉はこの日、ついに否定形から肯定文の過去形に変わった。なんの話かというと、俺たちがやっているロックバンドのメンバーの話だ。  俺が中学生だった頃は日本のポップバンドの全盛期で、世間もレコード会社もみんな揃って景気がよく、様々なJポップバンドがデビューし、多くの大御所バンドがミリオンヒットを連発していた。そんな中、多くの例に漏れずギターを始めた俺は、Jポップではなく、ローリング・ストーンズやドアーズ、クイーンやレッド・ツェッペリン、クリームに夢中になった。キャンディーズにも夢中になったが、こっちはバンドマンたちには理解してもらえなかった。もったいない事この上ない。  俺はゴミ捨て場に捨ててあったエレキ・ギターを持ち帰り、見よう見まねでキース・リチャーズに成りすまし、思い込みでジミー・ペイジが憑依した。バンドを組もうとメンバーも探したが、この手のロックンロールをやりたい同級生はいなかった。バンド活動に憧れたまま、今の年齢になってしまったのだった。  社会人になってようやく出会ったのが霧ヶ峰だった。どうやら同じ匂いを感じ取ったのは俺だけじゃなく、ヤツも俺を見た瞬間ビビっときたらしい。どちらからともなく「バンドやってみないか」となった。演奏している楽器も俺がギター、霧ヶ峰がドラムと、ちょうどよかったのだ。  先日、ふたりがよく遊びに行く練習用のスタジオの掲示板に、メンバー募集の張り紙を貼らせてもらった。それを見て興味がある人間は直接連絡を取るか、返答用紙に記入して、スタジオの受付に預かってもらうシステムだ。SNSの時代にえらく非合理的で時代遅れで面倒でデメリット溢れるシステムだが、ここのオヤジは音楽スタジオのオーナーのくせに、根っからのアナログ人間だから仕方がない。不便も多いが、とにかく安いスタジオなのだ。もちろん、機材の不具合はしょっちゅうだ。  スタジオには、さすがに同じ趣味の人がたくさんいたが、ベーシストがなかなか見つからなかった。演奏人口が多いギターや、楽器が演奏できなくても活動できるボーカルはすぐに見つかるが、曲を聴いただけでは魅力が伝わりにくいベースとドラムは演奏者が少ない分、見つかりにくい。バンドを組んだはいいがベーシストが見つからず、結局ギタリストがベースを弾き、あらたにギタリストを迎え入れるバンドもある。  「おぅ楠、ベースは見つけにくいんじゃけぇ、俺によぉ感謝せぇやぁ」  霧ヶ峰源治。大好きな「仁義なき戦い」の影響で、怪しさ以外に何もないエセ広島弁をしゃべる。契約を取れない理由もひとつはこのエセ広島弁だ。最近は観る映画が増えたのか、奇妙な関西弁が交じることもある。もちろん、こちらもエセである。生まれも育ちも栃木である。  「ベース歴八年じゃと。結構長いのぉ。期待できるのぉ」  そう言いながら、俺に応募の用紙を渡した。渡しても尚、横から覗き込んでくる。
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