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例え話が好きなんだ
「僕はね。例え話が好きなんだ」
そう言いながら、彼は真っ黒なコーヒーを一気に飲み干した。
こちらを見つめるカップの底が、甘党な私を馬鹿にしてきているように感じ、「そうなんだ」と曖昧に返事をする。
どこにでもある平凡なファミレスで、ドリンクバーしか頼まなかった、昼下がり。
やや傾いた太陽が、ブラインドをしていないこの席を、暴力的に照らす。夏の日差しは、現代人には刺激的すぎる。
カチャ、と彼がカップを置いた音が、ほとんど誰もいない店内に響く。有名チェーン店であれど、ピークを過ぎたら、こんなにも静かになるものだろうか。
「最近は、どんな例え話を想像したの?」
「うん……例えば、僕たちに手がなくて、代わりに羽が生えていたら、とか」
「それなら、私たちはきっと、鳥のように空を飛べるね。自由に、どこまでも」
「でも、互いに手を取り合って、繋ぎ合うことはできないだろう」
「じゃあ、背中に生やせばいいんだよ。そうしたら、空を飛べる羽も、繋ぎ合う手もあるよ」
「そうか。……君は、とても欲張りさんなんだね」
そう、彼は目を伏せて笑う。
あのカップとは違い、私を嘲笑しているようには感じない。優しく、道端に咲く花を愛でるように、小さく笑う。
彼の話は不思議なものが多くて、時折、ピンとこない時がある。
今の話もそうで、彼がどんな例え話を想像していたとしても、それは彼だけのもので。私には、その世界がいまいち理解ができない。
けれど、私が言った何気ない言葉に、彼がこうして笑ってくれるのは好きだ。決してウケ狙いをしたわけではないけれど、恋人が心の底から笑う姿が、私は好きだった。
それに――彼の想像が、彼だけのもののように。彼が目を伏せて笑うとき、右頬に浮かぶ小さなえくぼだけは、私だけのものだと思っていても、いいように思う。
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