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「と、思っていたんだけどなぁ」  揺れるカーテン、遠くから聞こえるのは3年前と変わらないセミの声。  全く模様替えもしていない室内で、俺はまだ亜矢くんと密着していた。外も暑いのに、よく飽きないなとやや擦れた気持ちで天井を見つめる。 「リン、腰辛くない? 今日はオレがちゃんと面倒見るからね」 「……うん。ありがとう」 「どういたしまして」  上を見上げていた俺の視界に映り込んだ青年が目を細めて優しく微笑んだ。うん、天使は成長しても天使だった。たとえ俺より大きくなって、今や俺が抱えられるようになったとしても。たとえ、少し小悪魔だとしても……たとえ俺を襲ったとしても、俺の溺愛であることに変わりはない。  亜矢くんが目に見えて背丈が変わっても、何かと用を見つけては俺の家に上がってきていた。時には泊まりたいと言い出したりもした。もちろん俺は断る理由もなく受け入れていたが、日に日に変わっていく姿に何度悩まされてきた。  ある日はリビングに置いていたカバンに寝巻きを入れていたと、風呂場から腰にタオルを巻いたのみで現れ、またある日は別室で寝ていたはずなのに朝には人のベットに潜り込み。  そして気がつけば「リンさん」ではなく「リン」と呼び捨てされるようになった。少年の姿だったなら気にしなかった一つ一つの行動が、逸らせざるを得ないほどの目の毒になってしまった。  かといって出禁にするわけにもいかない。どんなに成長したって亜矢くんである事には変わりなくて、好きだという気持ちは熟成されてドロドロの情愛までになっていた。  俺は、亜矢くんが成人してまだこの家に来るようであれば告白する予定だった。少なからず思い合っているのかもしれないと、正直自惚れていた。亜矢くんが成人したらちょっと良いレストランに連れて行って、家の鍵を渡してちゃんと告白しようと決めていた。  だが、亜矢くんはそれまで待てなかったらしい。昨夜うつらうつらと寝る直前になった頃に、亜矢くんが部屋に入って襲ってきた。青少年のアレコレ的に、これはセーフかアウトか。なんて考えている内に服は剥かれて、止める言葉も虚しくペロリと食べられてしまった。  少年だった亜矢くんを抱き寄せるときにしていた、膝裏を後ろから抱えてのハグもされた。あれって身動きが全く取れなくなるんだね。されて初めて知った。その姿勢のまま俺のアレとかソコとかを弄られて……あぁダメだ。思い出したらあらぬところが気になってしょうがなくなる!  とにかく一夜で関係がひっくり返ってしまった。頭がまだふわふわしてしまう俺に、また優しい声がかかる。 「リン。何を考えているの?」  あ、違った。これは優しそうに見えて尋問している声だった。こういう時は正直に話すのが無難だ。 「可愛くて俺が愛していた天使が、いつの間にかねちっこい技能を持っていた事に驚いてます」 「ははっ心外だなぁ。嫌じゃなかったでしょ? もう三十路前なのにあんなに出してさ」 「三十路なめんな。じゃなくてだな」 「だって散々セックスアピールしたのに、いつまでも『天使』として見ようとするんだもん。オレだけリンにムラムラしてさ」 「……せっくすあぴーる?」  ……ちょっととんでもないワードが出たぞ。いつしたんだそんなの。  思わずオウム返しして首をかしげた俺に、亜矢くんは溜息を吐いて口を尖らせた。その姿はいつかの面影があった。 「わざと風呂上がりにタオルを巻いただけで見せたり、ベッドに忍び込んでちょっとボタン外して寝てみたりしたし?」 「……待て。あれセックスアピールだったのか⁉︎」 「だってどう考えてもリンの身長抜きそうだったんだよね。リンの好みから外れる前に襲って欲しかったし」  目を剥いて驚いたが、その続きの言葉にうっと喉に言葉が引っかかった。  これは俺がずっと可愛い可愛いと言っていたからだ。不安にさせてしまったと反省しかない。 「ま、実際はどんなに図体がでかくなってもリンはオレを拒んだりしなかったから杞憂だったよね。遠慮なく襲えたし」 「いや少しは遠慮してくれ。おかげで俺の計画が真っ白になったわ」 「リンが言ったんだよ?「大きくなったら別の方法で可愛がれる」って。ね、昨日みたいに可愛がってくれるよね?」 「ちょっと待て。昨日みたいって……ッ」  後ろからぎゅうぎゅうと締め付けられて息が詰まる。昨日みたいって。いわゆる俺が亜矢くんを受け入れたことを言っているのか。可愛がるというより俺がいじめられたようなものでもあったんだが! 止めてくれなかったし!  かといっても抵抗する体力も気もなく、どんなに肺を圧迫されてもされるがままだ。さらに肩に重みが乗った。サラサラとした髪が耳を擽る。 「リン、倫太郎……愛してる」 「っぁ、その呼び方、ひきょう……!」  第二次性徴を超えて低くなった声で呼ばれ、鼓膜を通して甘い刺激がゾクゾクと巡っていく。  今まで略称しか知らないかと思っていたのに、昨夜は散々突かれながら俺の名前を何度も呼ばれた。切なく乞うように、甘えるように口にされてしまえば、俺の名前はもうそういう意味を孕んでいるように錯覚してしまう。  首を巡らせて亜矢くんと目を合わせる。瞳はトロンと潤んでいて、愛情を語りかけてきた。  それに誘われるままにキスをした。互いに最初から舌を差し出して、絡めて快感を求め合っていく。  セミの合唱とくぐもった喘ぎと水音が混ざる。もうあの慈しんでいた日々は終わったのだ。
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