ちふれ化粧品と黒皮症騒動

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1960年代「黒皮症騒動」が起こった。 『黒皮症』とは、文字通り皮膚が黒くなる病だ。化粧品などで、おこることが多い。しかし、おなじ化粧品を使っても、トラブルになる人、ならない人の差がありアレルギー反応的な側面が強い。 「黒皮症騒動」とは、その『黒皮症』を発症した女性が、資生堂やポーラ化成工業など7社などを相手取り、総額1億7690万円の損害賠償請求を行ったことなどをいう。結局、裁判所が和解勧告を行い、81年に被告が和解金5000万円を支払うことで和解は成立した。 この告訴は、消費者に対して化粧品が時として害をもたらすことがあるので、化粧品の使用には十分な注意が必要と喚起した。消費者運動的な役割を果たしただけでなく、有害性の低い、できるだけ肌にやさしい自然素材の化粧品を使いたいという志向を生み出す契機となった。 この後、化粧品の危険性が広まり、負のイメージがつきまとうこととなった。本当に化粧品は安全なのか、信用に足るのか。こうした疑問に応えようと生まれたのが『ちふれ化粧品』だ。 1947年に訪問販売化粧品メーカーとして設立された。『ちふれ化粧品』は、62年に100円化粧品の製造を開始した。化粧品の平均価格が300円~800円だった時代に全製品100円という思い切った価格設定に踏み切ったのは、香料や容器、包装、広告、宣伝に莫大なコストをかけて、必要以上に高い値段で売り付けている化粧品メーカーが多い現状に疑問をもち、「誰もが安心して使え、手に入れやすい価格の化粧品」の必要性を感じてのことだった。 着色料の使用をやめ、防腐剤や香料も最小限に抑え、成分を全て公表した『ちふれ化粧品』は、売上を飛躍的に伸ばしていく。名前の由来でもある全地婦連(全国地域婦人団体連絡協議会)の組織を通じての販売から、百貨店やスーパーにも進出を果たし購入場所は着実に広がった。 どんな、材料を使っているかが把握でき、それでいて安いちふれ化粧品は、肌に優しい化粧品を使いたいというナチュラル志向にずばりと当てはまった。その意味では、元祖ナチュラル化粧品である。 だが、誕生から30年以上すぎた現在、その人気は鈍化気味だ。理由は、2つある。1つめは、今化粧品売り場に出向けば自然、天然、安全を売りにした化粧品がいくらでも手に入る。また同社の商品はすでに100円ではないことがあげられる。 そして、2つ目にブランドイメージの問題だ。好調なナチュラル化粧品は、おしゃれなイメージをまとっているのに対し、ちふれは真面目で誠実な化粧品だという一定の評価は得ているが、堅実で地味。『ちふれ化粧品』がリサーチした結果でも、「ちふれ=おばさんの化粧品」などの回答をもつ人が多かったという。 1度は革命を起こした『ちふれ化粧品』今後どうなるのか、気になるところである。
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