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引っ越しの日にちが決まってから、美咲ちゃんは大忙しだった。いるものといらないもので分け、いらないものは処分する。いるものの中で、新しい家に持っていくものだけ段ボールに詰める。
引っ越しが何かあまり分かっていないぼくから見ても、美咲ちゃんの荷造りが捗っていないことは明白だった。
「うわ、懐かしい」
と言って昔のアルバムやプリントを引っ張り出し、そのまま思い出の中に引きずりこまれてしまったり、
「もう入らないよ〜」
と嘆いて散らかったまま片付けを放棄してしまったり。
これじゃあ片付けているのか泥棒に入られたのか区別もつかないよ。
それでも、一つだけ言えることがあった。
それは、美咲ちゃんがあまりぼくを相手にしてくれなくなったということ。
ぼくはじわじわと、焦りのようなものを感じた。これが嫉妬というものだろうか。大樹に、結婚に、引っ越しに、ぼくは嫉妬をしているのだろうか。
部屋に段ボールの数が増えていくにつれ、ぼくの不安も風船に空気を入れたように膨張していった。
あの段ボールには、新しい家で使うものだけ入れるんだと美咲ちゃんは言っていた。あの中に、ぼくは入っていない……。
ぼくは美咲ちゃんにとっていらないものなんだ。だから、新しい家に連れて行ってもらえないんだ。
あんなに美咲ちゃんのことが大好きだったのに、美咲ちゃんのやることは何でも素晴らしいことだと思ってきたのに。
引っ越しなんてしなければいいと思った。
結婚なんて、やめてしまえばいいと思った。
ぼくが美咲ちゃんを否定するのは、初めてのことだった。
ぼくは鬱々としているのに、美咲ちゃんはここ数日上機嫌だった。
「マロン、私ね、今日ウェディングドレス決めてきたんだー」
何も答えないぼくにかまわずドレスのパンフレットを広げて見せる。これ、と指さしたドレスは、真っ白でふわふわしていて、美咲ちゃんらしいと思った。ふん、でもそんなの興味ないもんね。
「マロンも祝福してくれているみたい。嬉しい」
ぼくの気持ちなんて何も知らない美咲ちゃんは、呑気にケタケタと笑った。
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