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「よし、そろそろ行こうか」
引っ越しの手伝いに来ていた大樹が後ろから声をかける。頷いた美咲ちゃんは、ゆっくりと勉強机に近づいた。
そうっと、ぼくのお腹のあたりを両手で持ち上げた美咲ちゃんは、ぼくに向かってこう言った。
「マロン、行こうか」
お腹に美咲ちゃんの温もりが感じられる。おもちゃ屋で美咲ちゃんが抱き上げてくれたあの日。あのときのじんわりとした温かさを思い出した。
「ほんとに段ボールに入れなくてよかったの?」
呆れたように聞く大樹に、美咲ちゃんは笑顔で返す。
「当たり前じゃない。段ボールなんかに入れたらマロンがかわいそう。リュックも狭いけど我慢してね」
大きなリュックに押し込んだあと、美咲ちゃんはぼくの頭に軽く手を乗せた。その手が離れると同時に視界が暗くなる。ぐらりとした振動があって宙に浮いている感じがする。どうやら、美咲ちゃんの背中に担がれているようだ。
美咲ちゃんは、ぼくをおいていこうなんて思っていなかった。ぼくを、段ボールに入れたものたちよりも大事なものだと思ってくれていた。
結婚なんてしなければいいなんて言ってごめんね。
美咲ちゃん、大好きだよ。
ぼくのプラスチックの黒い目から、涙が一粒こぼれた。リュックが開けられるまでには乾いていますように。
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