提灯小僧〜ゾンビ遣い〜

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 自分の小部屋にて、アリスと言う名の少年は、読み終えたファンタジー小説を閉じた。今日はボチボチ外に出たいと思ったからである。土曜なので休日、従って、明日も休日と言う訳だ。午後の日差しはカーテンの隙間から微かに眩しく、時計を見るともう二時を回っている。天気は悪くないので、カーテンを開け、そして窓を開ける。換気したまま出掛けようと思ったのだ。両親とも今日は家にいるので、二階の窓を開けていようが、一階の窓を開けて出掛けようが、そう心配はいらないようだ。  出掛けて来ると両親に告げ、アリスは玄関へ向かい、動きやすい靴を選んで出掛ける。 自宅を後にしたアリスは、いつもの道を延々と歩いて行く。裏道から、やがて交差点に出る。中学2年にもなるアリスだが、まだまだ好奇心は旺盛だった。性格は真面目だが、趣味としては空想や冒険、ファンタジーものの漫画や小説、ゲームが大好きだった。好きな音楽も、声優さんやアニソン等の、マイナーなものが多いが、ある程度名が知れ渡っている物では、特にバラードとアップテンポの物を好んで聞くタイプである。基本的な性格は内向的で控え目で心優しく、几帳面で神経質だ。いつもは夢を見がちで、思考が散らばったりこんがらがる時もある模様。  漸く、広い交差点に出た。ここでふとアリスは思った。新しくてちょっくら危険な冒険がしてみたいと考えたのだ。  ここも、今となってはすっかり都会となり、中心地にはビルが立ち並び、周りを幾多もの民家が囲んでいる。街の喧騒を逃れようと思えば、半ドーナツ状に囲んだ家々を北へ少しでも越えると、そこにはいつの間にか見渡す限りの田園とかが広がっており、木々が疎(まば)らに立ち並ぶ。そして小川のせせらぎや小鳥の囀(さえず)りが聞こえ、湿った土や草の匂いが微かに漂っている。この先は、即(すなわ)ち”山”である。 ここでアリスは、「今日はこの先へ行ってみたい。」と思ったのだ。この十二年間、ここより向こうへは行った事がない。何故なら、 この先、立ち入り禁止!! と、この看板が掛かっているからだった。山道を横断するかのように太いロープが両端の木に括られ、中央にはこの札が吊るされるように掛かっている。木製ではなく、しっかりとしたプラスチックだ。錆びる事も腐る事もなく、少し汚れているか、傷が少し付いているだけである。この先は、きっと大人でも入らないのであろう。  アリスはここに入る前に、昨年の事を思い出したのだった。アリスは昨年、近所に住む、導夢(どうむ)と言う名の友人と、サイクリングでここまで来た事がある。その時、この看板を見てその友人・導夢とはこう話したのだった。 ** 「『立ち入り禁止』かあ。じゃあ仕様がないか。」 アリスが言うと、導夢は、 「そうだな。多分何か危険があるに違いないって事だろう。」 「熊や狼でも出るとか?いや、ここは田舎だから、流石に熊はないか。」 「熊はないけど、狼ぐらいは、あるかも知れないな。」 「つまり、餓えた野犬って事ね。」 「そうそう。狂犬病に罹(かか)った野良犬が、現代では狼とか呼ばれるものかもしれない。ともかく、そんなのとかがいると、襲われたら洒落にならないから、これぐらいにして引き上げようか。」 「だね。」 **  あの時の事を回想しつつ歩くといつの間にか、アリスは何の躊躇(ためら)いも無く、ロープの下を潜(くぐ)り、その看板を越えてゆっくりと歩いていた。好奇心に釣られて、勇気も昨年より更に上昇しているらしい。このままこの好奇心と勇気が災いしなければ良いのだが…………。  因みに、学校でも家でもいつも一緒によく遊ぶ、その導夢と言う友人は、金曜日の夜から二泊三日で旅行に出掛けており、家にはいないのだ。それでアリスは今日も明日も、一人で過ごす事にしている。  半年前には、「知恵袋」と言う質問サイトの掲示板にて、動物カテゴリーではこのような記事を読んで学んだ事も思い出したのだった。 「狂犬病になってしまった犬は、狼よりも悪いので、狂犬病の野犬と狼を一緒にしてしまうと、逆に狼の方が可哀想になりますよ。」 とか、 「日本の狼は、もう明治時代には絶滅していて、現代日本には生息している筈がありません。他には、日本や中国の狼は人を襲いますが、ヨーロッパ大陸に生息する狼は、人を襲った例がないそうです。」 等であった。 大型犬が狂犬病になれば、普通の狼よりも更に凶暴だと言う話を、アリスは覚えていた。 それでもやっぱり、アリスは大丈夫だと信じるようにして、先へ先へと進み行くのだった。 どれぐらい歩いただろうか?二十分か?三十分にはなる頃か?緊張のあまり時間を忘れるなとアリスは思う。好奇心と恐れは、特に同時進行はしないだろうが、だが後から遅れを取ってでも比例するように付いてくる、と言うものなのだろうか?恐怖心は、皮肉にも好奇心よりまごついてやがては追い付く。そして追い抜く時もある。こうなっては、帰りたくとも道中遭難してしまってはもう遅いかも知れない。時計や財布を持ち歩く習慣を持たないアリスは腕時計も持って来ていないし、携帯電話はまだこの年ではまだ買っては貰えないのだ。欲しいとも特に思わないようだ。アリスの親は導夢の親と比べて比較的大らかで平均の親より甘いタイプのようだが、常識人として、小学生に携帯電話は持たせないのが普通だろう。中学生ぐらいなら最近は持つようになった子が増えたと聞く。本当はそれも良い事かどうかは解らない。しかし、アリスの親なら、「中学へ入ってから塾へでも入る気になって成績が上がったら、考えても良い。」と言う。これは要するに、成績が上がればの話であろうと言う事だとアリスでもすぐに解った。導夢は、高校に上がるまで期待は出来ないとの事らしい。嘘嫌いで現実的で誠実な導夢本人が言うのだから、間違ってはいないのだろう。  話が変わるが、そう言えば、方位磁針さえ狂わせると言う富士の麓に広がる、あの青木が原樹海。自殺者が頻繁に入り込む事で有名なスポットだ。表面(おもてめん)では観光スポットとして散策コースになっている場所もある。携帯電話さえ圏外になりかねないなら、このアリスが入り込んだ森の中でも、まさか方位磁針を狂わせたり携帯電話まで圏外で全く繋がらなくなったりはしまいか?しかしこれは考えても仕方が無い。そう、アリスは最早携帯電話は愚か、方位磁針も時計も持って来ていないのだから。高い置時計は、わざわざ持って来ない。落としたりぶつけたりして衝撃を与えて壊したりしても、小学生にとっては大変な損失になるからだろう。リュックの中には、以外にも懐中電灯が二本も入れてある。非常食ではないが、まあ”おやつ”として、カロリーメイトや源氏パイ、御茶入りの水筒を入れてある。他はタオルハンカチとティッシュぐらいのものだろう。用意周到と言われるまで後一歩と言うところだろうか。オオクワガタがいる事も期待出来ない田舎だが、絶対いないとも言い切れないなら、虫取り網や虫籠、蜜とか図鑑がないと言う時点で、用意周到には程遠い、と言う話になる。マツタケも絶対無いとも言い切れないなんて話にもなる。未確認生物も一パーセントより遥かに低いくらい僅かな確率で、生存してはいないものか。いたとしても、まだ幼いアリスにはどれがどうかとかが見分けられないだろう。動物や虫にはそんなに詳しい方ではない。将来の色々な病気を恐れるアリスとしては、栄養学の方がまだ詳しい。しかしスポーツ栄養学等は除く。第一、俊敏な動物を捕まえる知恵もまだ備わってはいないと思う。あってもいざとならなければ役に立てるのかどうかの知恵である。しかしそれは利益を求める人間から言わせればの事であって、用意周到かどうかの定義も人によりけりではないか。  さて、そろそろ事細かな事は終わりにしよう、とアリス自身思った。アリスはもう一時間近く歩いているようだ。思ったより曲がりくねり、道路が徐々に獣道に変わるかのように、道は狭くなる。雑草や伸びる樹木が道を塗るかのように邪魔をしつつある。道の横も眺めつつ歩く。森の方には、幾つかの小屋が見えたが、どれも空き家か古い倉庫や便所だろうと思った。近付く気にはなれない。  漸くアリスは立ち止まると、何やら大きな建物のようなものが初めて見えた。五階建てくらいだろうか。  あれは、どうやら「病院」のようだった!そこでアリスの好奇心は、再びパッと明かりを灯したのだった!正真正銘の、病院、とは言えまいが、廃病院だ。アリスは入ってみたいと思った。そして気が付くともう病院の玄関の前だった。 アリスが、山奥のこんな、廃墟になった病院みたいな所に入ってみたくなったのは、純粋に好奇心と言うばかりか、他にもある。もうこの場でこのようなものを見つけた以上、この先にこれ以上面白い物が見つかる事は期待出来なかったからと言う事がもう一つだ。もう一つは、それに獣道へ入りこんでそのまま遭難すれば洒落にならないし、このまま進んで他に対した物が何も見つからないと草臥(くたび)れ損になる、とか言う事が更にもう一つだ。また更にもう一つは、しんどい、と言う理由だろう。体力もそんなにある方でなく、熱い性格をしている訳でもない。熱し難(にく)い且つ、冷め易(やす)い性質とも言える。以上の筈だ。 病院へ忍び込むからと言って、別に残されていた薬品や注射器があれば持って帰る、等と変な事を考えている訳でもなかった。第一、期限は過ぎているばかりか、腐ったりカビが生えているような物ばかりだろうし、アリスには薬品の知識も無く、家族や親戚、知り合いに薬剤師がいる訳でも、薬に詳しいマニアがいる訳でもない。爆弾や毒で人や動物を殺そう等と考える気違いでも決してない。純粋な小学生だし、内向的と言っても常識を解らない訳ではない。分別はあり、頭は悪くない。玄関の入り口から病院の中まで入りつつ、アリスはこう考える。寧ろ現実的な、親友の導夢と比べれば、自分は夢見がちな面は確かに強いが、決して現実から目を逸らしているばかりの人間ではない。現実逃避を一度もしない人間もいない筈はないからだろう。現実逃避ぐらい、生きている人間なら皆する。するからこそ、生きている証拠になる。現実ばかり見ていても面白い筈もない。ここにいる現代人であればやがては疲れ切って精神が破綻してしまう他無い。小説や漫画や映画、大げさなドラマ等、虚構も楽しみながら生活するのが人間と言う知的生命体になろう。 現実に話を戻してみる。何の躊躇いも無く、アリスは病院の門の所まで歩いて来ており、門を潜って数歩のところで、次第にスロウになっていた。玄関の前では十秒程立ち止まり、前後左右を見回したが、また徐(おもむろ)に歩き始める。昔の病院の為、ドアは矢張り自動ドアではなく、二枚付きのどちらかを押して開けるようになっている、分厚い硝子戸と言う仕組みのドアだった。左側は最初から開いていた。右側の閉まった戸は、二か所も大きく割られた跡がある。誰が叩き割ったのかも解る筈はないのだが、アリスは一先ずそう思ってみた。 中へ入り、アリスは、はっと息を飲んだ。それは、ホールからロビーの受付のカウンターのある目の前まで来た時だった。受付のロビーの左横には廊下が真っ直ぐに伸び、奥まで見えるようになっている。 病院のロビーのホールの待合コーナーの右奥の方の壁と左奥の壁には、血の染みのようなものが広がっていた。それだけではなかった。数多くの、ズタボロに引き裂かれた、主に白や水色や桃色の衣服らしかった。人骨らしい骨もあった。猫の物とも思える小さな頭蓋骨も幾つかは転がっている。赤ん坊の頭蓋骨もありそうだ。そう、どうにも看護師や患者を大半とした、無残にも衣服や骨を残したままの、数々の屍(しかばね)が散らばっていたのだ。廊下の方を見て行くと、ボロボロの、白や桃色のナース服、ナースシューズやサンダル、スリッパが、バラバラの骨と一緒に散乱していた。白やベージュのストッキングらしい物も、破られてボロボロ、矢張り黒っぽくなった血が付着している。奥の待合室を見ていると、セーラー服らしい物と、ボロボロの白ハイソックスと黒のストラップシューズ、すぐ横辺りには、破れたベージュのOLスーツと白ブラウス、白いパンプス、そしてやっぱりベージュのストッキングは血が付着してボロボロだ。割られた頭蓋骨や肋骨のような形の骨。これはきっと、祖父母か、その他親戚や知り合いの見舞いにでも来た親子、そう、母と娘と言えそうである。仲良さそうに、崩れた白骨死体として並んでいるのでアリスはそう考えていた。しかし、こんな呑気な事ばかり考えてはいられなかった。 これは、何と言う事だろうか?まるで、何かに食い荒らされたような、若(も)しくは殺人鬼によって皆チェンソーか何かでズタズタに切り刻まれたり、殴殺されたかのような跡だ。それらと考える他は無いのではないか。 受付のロビーの奥を見ると、やっぱり白骨死体があった。白い、ナース服に似たようなスーツに包まれた白骨だったが、これは多分、受付の事務の人だったのかも知れない。 アリスは、唖然としたまま、このフロアをじっと眺めていた。じっくりと身体を捻るように動かしてもう一度全体を見回す。やっぱり引き返そうかと思ったその時だった。 犬の唸るような声が廊下の奥の方から聞こえたばかりか、何と人間の唸り声や話し声のようなものが聞こえて来たのだ。犬の方は、一匹や二匹とは限らない。耳を澄ますに連れて、何匹にも、いや何十匹にもなるかも知れない。それも、ここが飢えた野犬ばかりの溜まり場だったら、食い殺されても仕様がない。絶滅した筈の狼はまさかいまいと思うが、しかし、その狼以上に凶暴な、大変危険な狂犬病の野犬がいるかも知れないと言う事だ。それは最初考えた通りの事を指す。そうなれば、アリスと言う少年一人なんて、一溜まりもない。ここで帰ろうにも、アリスの好奇心が矢張り、アリスの足を掴むかのように、帰るな、奥へ行けと強く何度も訴えるようであった。ここまで来て、引き返そうものなら、確かに恐怖も危険もここで終わりだ。だがしかし、挫折感と言うものが残るに違いない、それは未練の一つとして、濃い靄(もや)の如く永続的に残るだろう。夢見勝ちなアリスの事だ。毎晩のように夢に不気味なものが現われては尚且つアリスを襲い、神か悪魔の手によってだか解りはしないだろうが、またアリスを再びここへ引き戻す事になるだろう。アリスは、活発でもなければ、勇敢とも言えはしないかも知れない。でも好奇心と言う神秘のものがある。それは時に、何らかの力となってアリスに試練を下す事もある筈だ。好奇心とはそう言うものだろう。芸術家の多くは、好奇心や第六感、潜在意識等と言う未知なる秘められた力を編み出して、成功を遂げているものだろう。限界を突き破り、偉業をも成し遂げいている。それは不可解な力となるとも言えようか、とかアリスは思う。そんなモヤモヤを残すのは、アリスは嫌に決まっていた。頭の中のモヤモヤはスッキリさせて一日を終えたい。そんなものを残してまで夢を見たいとは思わないし、楽しい夢だって見れる筈もないだろう。 ここまで来てまた一度引き返してまで、親友の導夢をわざわざ呼んで来る訳にもいかない、それは導夢にも申し訳ないように思った。麓からここまでは、約一時間もかかっちえるのだから。アリスの住む地区としては相当な山奥に来ているだろう。どんなに自宅から近くともすぐそこだろうとも、山の中の奥深くには、人はあまり入らない。近所でも、森の茂った所は、割と遭難したりもするのだ。偶にニュースでも放送されているだろう。それも導夢がイエスと言うかノーと言うか以前の問題になる。導夢も、アリスの冒険に一々付き合わされる程暇でもない筈だ。例えそれが無二の親友であろうと、恋人であろうと、親子であろうとだろう。遺跡を調査しに来ている訳でもない。この辺りにそんな大きな物があれば、既に発見され、発表されている筈だろう。 アリスはゆっくりとフロント横から廊下の奥を覗き込む。そしてまた一歩と踏み出す。 するとその時だった! 「ウウ~~、ワオオォォーーン!!」 犬の鳴き声だ。野犬だ。複数重なって聞こえる。一匹でない事は確かだ。 もうアリスは奥まで来てしまっている。突き当りの廊下を曲がると、更に長い廊下が続いていた。少し進んだ時だった。 「ウウ~~ッ……。」 「い、犬!犬の……!」 最初は瀕死の犬なのだと思ったが、瀕死状態の動物があんなに元気に動ける筈が無いだろう。そう、それは、”犬のゾンビ”である事がすぐに解ったのだ!同じようなのが三匹ぐらいはいた。腹部は特に抉(えぐ)れて腸(はらわた)は飛び出している奴がおり、口周りは血だらけだ。片方の目玉は飛び出ており、もう片方は目玉が無かった。見るからに、生ける屍(しかばね)こと、ゾンビだ。 英訳してリビングデッドとも言うが、ここにいるアリス自身は、そんな事している暇は勿論無い。  犬のゾンビが襲い掛かって来る。前方には奥から来たゾンビ犬(けん)が二匹、そしていつの間にか、後方からもゾンビ犬が一匹と来て、こちらへ向かって来る。アリスはここで危うく挟み打ちになりそうになったので、まだ幸いにも長い廊下の途中に角があったのでそこを急いで曲った。 「ウウ、グルルル、ワン!ワン!」 更に伸びた廊下を走り続けて行くと、人間の胴体が凭(もた)れかかった車椅子があったので、アリスはそれをそのまま掴み挙げると、ゾンビ犬に向かって投げ付けた。すると一遍に二匹に命中し、少し怯(ひる)ませる事が出来た。その後、三匹はその人肉に貪り付いていた。近くにあった、血や肉片の付いたナースシューズも犬の所へ投げると、そのナースシューズまで、ゾンビ犬はガムのようにしゃぶりながら必死で噛み付いている。これでもう暫くは凌げそうだと思った。あれは患者か誰かの肉だろうか、とアリスは思った。子供か年寄りかは分らないが、噛み応(ごた)えがありそうにしていたので老人かとは思えど、柔らかい子供、女の肉でも、死肉だとすぐに固くなるだろう。従って、老若男女の判別は不能。そもそも、そんな事はどうでも良い。早く逃げて何処かに隠れつつ、脱出しなければならない。裏口、勝手口ならあるだろう。そこいらが塞がっていない事を祈りつつ、アリスは進む。 「はあ、はあ…はあ……。何なんだろう、あれは?ゾンビの犬かよ。マジか…。」 「マジ」とか言う俗語をやたら使う事を、いつも真面目で几帳面なアリスは好きでないのだが、今ばかりは気が動転している以上、これは自然に仕方無く出たものになるのだろう。 「他にも、ゾンビいないだろうな?人間とか鳥とか…………。」 アリスはこう考える。誰でも考えるに違いないのではないだろうか。  少し歩くと、浴室があった。勿論そう書かれた札が掛かっていたからだ。医務室があれば、ワクチンの入った瓶や注射器を探して、それをゾンビに向かって投げ撃てば何とかなるかも知れないのだが、期待は半分にしていた。これはゲームでも映画の世界でもなく、現実なのだから、と考えたからだ。取り敢えず、アリスは浴室に入ってみる。武器になる物が見つかればと思い、奥まで進んで行った。 そこでアリスはふと意外な者に出会った。 「あら坊やも、ここに来たのね。」 そこにいたのは、若い女性だった。十八歳から二十歳ぐらいだっただろうか。白いワンピースを着たまま浴槽の水に浸かってじっとしていたのだ。結構ロングヘアの美人だったが、生きている人間とは考え難(かた)い。アリスはこの光景に、目を擦ってその目を大きくした。驚いて言葉も出なかったのだ。 「あの、どうしたんでしょうか?」 「ふふ。この綺麗な水にはね、ゾンビ達は皆近付けないのよ。さあ、坊やもいらっしゃい。」 「う、うん。でも、どうして、こんな……。御姉さんは??」 アリスは浴槽に近付きつつ、尋ねてみる。 「私ね、ここの入院患者だったんだけど、ある日この病院は、狂犬病に罹った、無数の野良犬達が侵入して襲われたの。半分以上、その野良犬に食い殺されちゃったのよ。患者さんも看護師さんも、御医者さんもね。その後がまた大変!犬が共食いを始めたの。そして更に、何者かの手によって、死んだ犬はゾンビに変えられたわ。それによって、残りの人達はまた残さず食い殺されたのよ!逃げ延びたのは、ワクチン注射を握っていた御医者様一人だけよ。院長さんだって殺されたわ。」 「そんな……何故……。」 「解らないの。でもここにいればずっと安全よ。」 「でも、ここを動けないし。」 「そうね。でもね私はね、ここに何日も放置状態になったまま、飢えと凍えで死んでしまった女の子なのよ。」 「ええ?!本当に!?」 「そうよ。でもね、どうせ白血病で、助かる見込みもなかったし。野犬やゾンビに食べられないだけでも良かったと思うわ。理不尽な殺人祭りだったわね、本当に。私は自殺に等しいんだけど。うふふ。」 「笑い事じゃないですよ!御姉さん、僕がいつか供養してあげるから、心配しないで。」 「もう済んだ事だもの。良いのよ。」 「済んでません!何とかしたいですよ!でないと,他の人達も浮かばれないと思います!」 「死ねば御仕舞いなのよ、生き物なんてね。ゾンビは別だけど。だけれど生きた死体も、 ”本当は死んでる”のよ。」 「兎に角僕は、もう一度偵察に行ってきます。医務室を探し、ワクチンを探し出します。」 「医務室なら、もっと奥へ進んだ突当たりにあります。気を付けて。」 アリスは、医務室を目指して徐に歩いて行く。 「ワワン!ウウーッ!」 再び犬が襲って来る。数を増して、五匹にもなっている。横にあった、金属製の掃除用具入れのロッカーを倒すと、二匹は下敷きになったようだった。またそこには、患者か医者か解らないが、人間の腐った首と、看護婦の下半身らしい肉の塊があったので、それを投げ付けた。もう一つが、ボロボロに破れた白いスカートや薄手の白いストッキング、片足だけは白いナースシューズを嵌めている事から、看護婦の下半身である事はすぐに分かったのだ。何と哀れな死に方なのだろう。生命の大切さを考える人が、何故、こんな風に死ななければならないのだろう。 「生命を救う仕事してる人は、野獣やゾンビの餌って訳なんかじゃないのに!クソ!」 とアリスは声に出して嘆くように言う。そして一瞬だけ、硬く目を閉じてまた開けた。 目まで疲れて来た。 「医務室だ!有りっ丈のワクチンを!」 アリスは必死で中を探す。デスクの引き出しも一応調べる。ガラス棚の中を片端から見て行く。 「あった!ラベルにちゃんと書いてあるじゃないか!」 英語塾にも行っている英語も好きなアリスなら尚の事、アルファベットの綴りを見て、すぐにアリスには分かった。他にも色々あるが、アリスはこの瓶だけを全部袋に詰め込んで、デスクの上の注射器もある分全部を詰め込んだのだった。注射器は、適当なケースを探してその中に入れた。するとその時…………。 「ガルルル。」 また、狂犬病とゾンビ化がミックスした、狂犬ゾンビだ!一匹だけだが、数が半端無いなら、一匹ずつではきりがないと思ったのだ。だが、ここは腕試しだった。  犬はゆっくりとアリスに近寄って来る。噛まれたら自分も時間が少し経てばゾンビに…………と思った。 「喰らえ!これが最高の餌さ!」  一本目は外したが、二本目はワクチン注射をダーツの矢の如く投げ撃って命中した。 「ウグウ。」 「よし。これでゾンビの素(もと)になるウィルスも死滅の筈だ。ただの犬の死体になったな。取り敢えず、あの浴室に戻ろう。またそこで手立ては考えれば良いさ。あの女の人は色々な情報をくれると思う。ゾンビじゃなくて、幽霊だけど、それは本当は言っちゃいけないな。」 アリスは微苦笑すると、部屋を出た。また向こうからゾンビ犬だ。あちらの階段からも、犬は降りて来る。一体この廃病院だけで何匹いるのか!?想像が付かなくはないが、今は急いで浴室に戻る事にした。それが先決になる。無理に出ようとしても無駄だった。 アリスはガチャンと、ワクチンの液体を小瓶に入れて床に投げると、犬はワクチンの匂いに怯えて、去って行った。一時は凌いだだろうか。いや、もしかしたらすぐに外へ出られるかも知れない。 「戻って来たよ!御姉さん!しかもワクチン大量だね。あれ?御姉さん?」 そこにあの女性の姿は無かった。腐臭やカビ臭さと一緒にしんと静まり返っているだけだ。 「ここよ。」 「ん?あ。」 すぐに女性は、浴槽の中から姿を現した。 「坊や。戻って来てくれたのね。」 「う、うん。」 「御免ね。死んですぐ沈んだ幽霊だから、いつもは水の中に姿消してるのよ。この湯船の水の中は、私の全身の白骨があるだけだけどね。」 「そうですか。これ、ワクチンです。」 「良かったわね。それでゾンビを全滅させる事が出来ると良いんだけど、それぐらいの数で、期待出来るかどうか、だけど。何かあれば私も力になるわ。幽霊に同情は無用よ。坊や、貴方は生きているのだから、命を大事にしてね。」 「ありがとう。僕、アリスって言います。望月(ぼうづき) アリスです。」 「そう。私は、兎(うさぎ)って言います。白井(しろい) 兎(うさぎ)と言うの。」 兎と言う名の女性は、再び微笑して言った。 「苺とかと並んで、可愛い女の子らしい名前ですね。」 「ありがとう。アリス君。さあ、それより今はゾンビを倒す事が先決よ。もうこちらまで来てるんじゃないかしら。」 「そ、そうだね。」  この時、アリス達は知る由も無かった。あのゾンビ犬達が全員、二階のホールに集まり、合体して巨大で強大なるターミネーターの姿に成り掛けている事を。 「さて。これで残らずあいつらを。」 とアリスが言った時だ。 ガシャン、ガシャンと言う、巨大な人型メカが足踏みするように歩いてこちらへ向かって来るような音だった。 「何だろう?ロボットまでいるのかな?いや、そんな筈ないよ。」 アリスは浴室前に出たところでそう言った。 「グオオオーーンンッッ!!」 「ぐわ!何だ!」 階段を降りて来たのは、洋画SFのターミネーターやロボコップに出てくるような奴等(など)よりは、もっと凄味のあるものだったに違いない。 それは、無数の骨(小さい骨ばかりだから、矢張り犬の物だろう。)と、疎らに毛が付いたような犬の肉がくっ付いて人間のような形になっていたのだ。後少しで天井を突き破るぐらいの大きさだ。何て巨大なターミネーター?だろうか。 「こ、こんな事って…に、…逃げよう!!」 アリスは大急ぎ足で走って出口へと向かう。ゾンビ犬の姿はもう一匹も見当たらなかった。 「ゾンビ犬は、残らず合体したな。僕が殺した者を除いて。一目見りゃ分かるさ。」 出口まで来た。そのまま玄関ホールから出ようとした。 ところが、……。 「ウウーー。」 「グオンン。」 「う、うわああ!!またゾンビか!!」 何と、玄関に出た矢先、病院の庭となる芝生からは、無数の人間のゾンビが這い出てきた。看護師や医者もいれば、患者もいる。腸や目玉が出ている他は、なかなか原型を保っている。殺された者は、ゾンビとなって来る者を待ち受けていたのだろうか。知能を持たない筈のゾンビが、そんな作戦を考え付くとは到底思えない。賢い親玉が一匹でもいるのではと言う考えにまで至った。アリスは、想像力や洞察力は、友達の誰にも負けないのである。 「こ、これじゃ外に、出られない!!もう生きては帰れないのか!!」 今度こそ、本当の挟み撃ちになった模様だ。前には無数の人間ゾンビ。背後からは、犬ゾンビ合体形のターミネーター。 「くっ!!もう駄目、かな。」 「えいっ!!」 「グググオオ。」 「え?!!」 振り返ると、ターミネーターの後ろには、あの御姉さんがいた。洗面器に組んで来たあの湯船の水を、ターミネーターにぶっかけてくれたようで助かった。 「御姉さん、いや、兎御姉さんなの!ありがとう!」 「坊や、こっちよ!裏口へ向かうのよ!早く!!」 御姉さんに招かれて、アリスはまた来た廊下を走って行き、浴室でバケツ一杯に水を組むように指示を受けた通り、アリスも水を汲んだ。 「裏口はこっちよ。アリス君。」 「うん。」 トイレや食堂、売店まで越えて、只管奥を進むと、外に繋がるらしいドアが見つかった。 「あれ、嘘!?鍵が掛かってる!私も全然知らなかったわ。」 と兎は言う。 「鍵は何処?」 アリスが聞くと兎姉さんは、 「これでぶって抉(こ)じ開けるのよ。」 兎姉さんは、モップや鉄の杖等を渡してくれた。 「そうだね。えい!えい!」 アリスはモップの先で突いたり、杖の先で振り下ろし叩いたりしてドアを開けようとする。 「急いで!野犬のターミネーターや、ゾンビ達が来るわ!」 「はい。」 もう少しでドアが壊れて開きそうだ。元々傷んでいるから、壊しやすかったのだ。 「ググオオーー!サッキハヨクモ!カクゴオオ!!」 「き、来た!しかもちゃんと喋ってるし!少ない知能が合体して大きくなった!?」 「そのようね。」 「よし!こうなったら!」 「アリス君。」 「アイツには、ちゃんと頭と心臓らしい物が付いてる。あれで一つの、れっきとした知的生命体だな。これを、…………。」 アリスは、何と、ワクチンや注射器を沢山取り出して、注射器に入れてアイツの頭部や心臓目掛けて撃ち付けたのだ。頭部に三本、心臓に二本撃った。一応、手足とかにも撃ってみた。痛み出したのは、頭と心臓を撃たれてからだったのだ。他の部位には効果が見られなかった様子だ。 「グ、グ、グ、ググワアアアアアアアアアアウウッッ!!」 ターミネーターは、そのまま原型を崩して、身体をバラバラにしながら後ろに倒れ込む。 「や、や、やった!!」 「す、凄いのね!!アリス君。」 「やっぱり頭脳と心臓が、生命体の弱点だよ。どちらかでも潰せば、死んだかも知れない。蛇とかなら、尻尾や胴体切ってもなかなか死なないけど、頭を潰せば一発だね。」 「アリス君、見直したわ、やるじゃない。」 「そ、そう?」 アリスは微かに照れるが、また真顔に戻る。いつもは純粋だが、結構クールなアリスだ。 「見て!他のゾンビ達が、肉を!」 「本当だ。」 見ると、ゾンビ達は皆、バラバラ木っ端微塵に崩れたターミネーターの肉を貪り食い始めている。 「今だ!チャンスは十分、いや十二分にある!片っ端からあいつらも、頭さえ潰せば…………。」 アリスは再び杖を構える。 「ええい!役立たず共め!!もう良いわ!!!」 「うわ!な、何だ!?」 残ったゾンビ達は、次々と木っ端微塵に砕け散って行く。それもバーン、バーン、と言う鈍い音を立てつつ、張り裂けているにしては、細かい肉片はそれ程飛び散る事も無く、あっさりと床に落ちて行くのだ。 「だ、誰かいるわ!気を付けて、アリス君!」 アリスに倒される前になって、人間のゾンビ達は、あっと言う間に粉々になってしまった。ゾンビそのものは消滅したと言って良い。骨まで綺麗に砕けたらしい。まるでボールの中で綺麗にすり潰されたかのように粉末のようになっている。後は、青やら黒やら紫やらを混ぜて、区別が付かなくなった色をしたミンチ肉や血糊は、そのまま床に散乱しているだけだった。狂犬ゾンビはやっつけたし、他のゾンビ達はもう全滅したようだ。アリスはそう思い、横にいる白井兎とは顔を見合わせて頷き合った。 「ええ、よくやったわね。ゾンビも犬ももういないみたいよ。アリス君。」 「そうですね。でも……今のは……。」 「そうね。気を付けてね…………。」 「兎さんも知らないんですか?」 「ええ。」 その時だった。またあの低い声だ。 「くっくっく!中々(なかなか)の見物(みもの)だったぞ!」 「え?!」 「誰?!」 アリスと兎は、廊下の奥から響いて来る方向に向かって問い掛ける。 「ふっふっふ。見事な芸だったな。ま、この俺に言わせれば、まだまだ模範演技だと思うがな。」 そこに立っていたのは何と、着流しを来た、背はあまり高くなく、頭には右斜めに飛んだようなチョンマゲがある。顔は子供っぽい童顔だが、眉毛は太く、眼は細く眠そうだ。身長は百五十五センチぐらいだろうか。それでも声を聞くと、意外と立派な大人の男性らしい、低くて野太い声をしていた。右手には、小さな棒で吊るした真っ赤で大きな、明りの点(つ)いた提灯を提げている。 「だ、誰だ!?アンタは!?あのう、兎さんはやっぱり知らないの。」 アリスは兎の方へ向き直って尋ねる。 「皆目知らないわ。私も長い間ここにいるけど、あんなのは……全然……。」 するとその着流しの男は言う。 「ははははは。御前、アリスとか言ったな。俺は、彷徨える死者共の魂やをかき集め、操り人形として味方に付けたり、肉体があればゾンビとして復活させ、自在に操る事の出来るようになった妖怪よ。!俺の名は、『提灯(ちょうちん)小僧(こぞう)』だ!!人間ではない。正真正銘の、妖怪だ。昔から生まれながらのな。」 「ち、提灯小僧?何処かで聞いたような…………?」 「よくぞ、ここに巣食っていた、俺様の家来なるゾンビ共を片付けてくれたようだな。褒めてやるぜ!小僧!……ま、俺も小僧なんだがな……。」 「妖怪……。こんな所に。」 「まだ信じられないかも。私は幽霊だけど。」 と兎も言う。 「死霊(しりょう)・ゾンビ遣いと言えど、俺もまだ未熟の身でな、御前のような、それ程純粋な心を持った人間の魂は、操る事が出来ぬのだ。輝ける希望を強く持った者の霊もな。」 「そうか。でも、人の御霊(みたま)や、あらゆる生物の命を弄ぶなんて、僕は許せないな!!」 とアリス。 「ほう。小僧独りでこの俺を倒すとでも言いたいのかな?」 「誰も一人とは言ってないよ。仲間だって一杯いるし。これからも作るんだ。」 「仲間か。だがな、この俺は、これからもどんどん強くなるつもりだぞ。心しておけよ。そうだ。俺は、日本一の死霊遣い、そしていつかは世界一のゾンビ遣いとして名を挙げるつもりだ!この世界は、生ける屍(しかばね)で埋め尽くすのだ!所詮、絶対的な正義等、そんな概念はこの世には存在せぬ。誰が支配しようが、自由なのだ。この世さえ、死後の世界にして楽にしてやれば良いさ。この地上の世界をリビングデッドの楽園、それもゴーストワールドとしてな。」 「何だって!これって、確かに夢ではない…悪夢じゃないよな…いて!」 アリスは自分の両頬を力いっぱいつねってみる。やっぱり大いに痛い。 「アリス君!大変な事になったようだわね!」 「ここにいる死霊やゾンビ共は滅んだが、まあ良い。本番はこれからだ!また創れば良いわ!はっはっはっ!これしきの事でめげる俺ではないわ!……では、さらばじゃ!!また会おう!!(シュンッ)」 提灯小僧は、言葉と真っ白な煙だけを残して、姿を消した。 「ま、待てっ!提灯小僧!」 アリスが言うと、また提灯小僧の声。今度は病院中に響く。 「だっはっはっ!ふっふっはっはっ!この提灯小僧は昔から、理不尽な殺人が行われた事のあるような場所に姿を現し、人を脅(おびや)かす存在であった!昔は出て来て驚かすだけだったが、今は違うぞ!俺は生まれ変わったのだ!苦節数百年、漸く、真にしたい事を見付けられたてものよ!生けるとは、良いものだな。くくく。」 今度こそ、提灯小僧は去って行ったようだ。もうここには、アリスと兎の二人以外に、気配はない。 本来の提灯小僧について言えば、提灯小僧は、元々は、理不尽な殺人が行われた事のある場所に出没する、提灯を手にぶら提げたような、小僧の姿をした妖怪であった筈だ。アリスも妖怪事典では既に読んだ事がある。一見しただけでは妖怪と言う感じはしない。先程の提灯小僧もそうであったのだ。すぐに昔の提灯小僧に話を戻すと、提灯小僧は特徴が無い訳ではなく、顔がほおずきのように赤かったと言う。雨の夜道を歩く人を、奇妙な行動で困惑させるだけと言う妖怪で、暫くすると消えてしまうそうだ。一つの例はこれだ。 雨の降る晩に仙台の城下町を歩いていると、後ろから提灯を提げた小僧がついて来る。小僧はやがて追い越して行くのだが、何故か先の方で立ち止まり、振り返って追い越した相手を見ているのだと言う。不思議に思って小僧を追い越して歩き続けると、再度小僧はついて来て、自分が立ち止まると矢張り追い越して行く。これを繰り返すだけで、特に害を与えると言う事はなかったそうだと言う。 「へえ、よく知ってるわね、アリス君。」 「まあね、この手の分野は詳しい方だから。で、何をしたい妖怪か皆目分からなかったよね、当時は。人や動物に危害を加える訳でも、贈り物をする訳でもなかったそうだから。」 「それで、その提灯小僧は、とうとうやりたい事を見付けた、そう言う事になるのかしらね。」 「そうだね。あ、それで理不尽な殺人が行われた場所って言ってたから……。」 「大変よ!あのまま悪い霊達やゾンビ達を操って、理不尽な殺戮(さつりく)をあちこちでどんどん繰り返されたら……!」 「日本全土が、そして放っておけば海外へ渡って、世界全土が提灯小僧と、そのゾンビ達のモノに!!」 「アリス君!私も、提灯小僧が退治されないと、成仏出来ないわ!」 「兎さん……。」 「アリス君!私はここに残るから、今日はもう遅いから帰った方がいいわ!」 「え?でも……。」 「大丈夫よ。わざわざここへ来なくても、私と会える方法があるわ。」 「え?!どんな?」 「草木も眠る丑三つ時、つまり午前二時から四時までの間に、家にある鏡なら何でも良いの。鏡の前で、私の名前をフルネームで、それも心の中で、ゆっくり唱えて。それで大丈夫、私の姿が映って、私と会話も出来るようになってるから。昔から、初めて会って親しくなった幽霊と会いたいにはそのようにすれば良いと、親から教わったの。それで私も、それで時々ひい御婆ちゃんと会話してたのよ。」 「分かりました。考えておきます。」 「でもやり過ぎると、悪い霊も誘(おび)き寄せられてついて来てしまうから、注意が必要らしいわ。」 「成程。では兎さん、色々有難う。僕はこれで。人が死んだ場所を、どうにかして突き止められるようにします!御元気で。また会いましょう!必ず提灯小僧の野望を打ち砕いて、兎さんも成仏させてあげられるようにします。」 「有難う。さあアリス君。もう帰りなさい。家の人達が心配するわよ。それにここは山奥よ。気を付けてね。」 「うん。兎さん、さようなら。また会いましょう。今夜でも良いです。」 こうして、兎は口を小さくして静かに微笑むと、浴室の方へとすーっと戻って行った。 ゾンビが滅んだ後でも、あそこが憩いの場となって執着しているのだろう。成仏出来ないと、霊は生前の事は繰り返し行うようになっている、それが霊の習性のようだ。本能と言って良いかどうかは難しそうだ。  アリスはこうして帰路に付いた。ゾンビや提灯小僧なら、真水が苦手であると言う事を頼りに、色々考えを巡らせながら病院を出て林を抜けて行く。そして来た道を戻る。 アリスは自宅に着いてからも、その日のあの出来事を、親など、家族に話そうとは先ず思わなかった。躊躇ったのもほんの束の間である。話しても、こればかりは証拠でも無い限り、信じてもらえそうには到底ないからだ。カメラも持ってはいなかったし、例え写真やVTRごときを見せても、最近はCGを使った偽造や高度な特撮映画で何でも出来そうでるので、分かって貰うには難しいと考えた方が良いだろう。矢張り現場をみるのが一番である。アリスが体験した事なので、あんな場所まで案内しても、もう同じ事が起こるような事はないのだろう。兎と言うあの女性も、アリス独りでなければ、ちゃんと姿を現して事情を説明してくれると言う保証も無い。アリスにしか心開いてくれなかったならどうしようもないと言う話にもなるだろう。兎を信用しない訳では決してないのだが、親友でも全てを分かり合ったり信用し合う、打ち明け合う、なんて事も有り得ない。ここでアリスは、せめて親友の導夢にだけ、電話で話してみる事にしたのだった。先ずは会わずに、電話越しで行った方が、いつもより冷めた”声を聞くだけ”で、信憑性は上がりそうと思ったからだ。 その晩、導夢に電話を入れてあの立て札より先の場所の出来事を一応最初から最後まで、出来るだけ分かり易く打ち明けてみた。すると、半信半疑ではあったが、取り敢えずそう言う事にしといてやる、俺も現場が見てみたいけど、都市伝説の現場を見たみたいで怖いね、と言う風な返事が返って来た。アリスに似て疑り深い導夢なら、これも導夢らしくて良い、寧ろこれが普通だろうと思った。現場を見ない限りは、何事も意味無く信用したり、そして疑ったりする事も出来ないのだから。幽霊の存在にさえ、アリス自身もずっと半信半疑だった。怪奇小説やファンタジー小説が好きなのは、元々の好奇心旺盛な性格からであって、非科学的なものや超常現象に対して半信半疑であるのは、標準な人間なら大体そうだろうと思える。更に妖怪やゾンビとなると、如何なものだろうか。 「じゃあなアリス。また月曜日に学校で会おうな。そしたら、……切るよ。」 と導夢は言って電話を切った。  その後、アリスはあの話を導夢以外の誰にも話さず、普通に毎日を過ごしていた。 「じゃあさ、またあの向こうへ、行ってみるか。」 と導夢は言って来た。 「そうだね。」 とアリス。  あれからはまだ丑三つ時の、兎と会う為の例の事も試してはいない。 いつの間にかもう一週間が過ぎていた。アリスは夕食の時、家族とニュースを見ていた。何と、少し離れた大通り沿いの「和福(わふく)」和食料理屋前の駐車場で、殺人があったらしい。後ろから突然刺された。傍で見ていた人より通報があった為、犯人はすぐ捕まったが、その犯人は精神病院から飛び出して来た、思い精神異常を抱えた者だったのだ。 裁判が行われた時、精神病患者だったなら無罪同然の扱いになる可能性ありと言われたのも、その為であって、殺された側と、その親族の皆はどうなってしまうのか。一人の命が理不尽に奪われ、関係する人達の悲しみの心の傷は一生消える事もない。まだ裁判は続くそうだが、このままで本当にどうなってしまうのか、とアリスも思った。アリスの親もキッチンの流しの前で洗い物をしながら可哀想に、と繰り返すように話していた。 少し前に、この週末にはあの料理屋へ親戚も誘って夕食に行こうと話していたのだが、あそこで殺人があったからと言う事で、そこへ行くのは取り止(や)めになってしまったのだ。代わりに違う店へ食べに行く事にした。  アリスはある日、少し遠いレコード屋へ一人で行って帰る途中、例の事件があった「和福」の前を自転車で通ったのだった。その時、久し振りに遠出して疲れたので、漕いでいた自転車からは降りて、自転車を押して歩いていた。その時だった。何やら朧気(おぼろげ)な人影が、料理屋の駐車場の奥の影に見えたからだった。それは良く見ると浴衣を見ていた!しかも数センチ宙に浮いている……?  やっぱりあれは、あの提灯小僧だった!また会ったのか。今度と言う今度こそ、夢ではない、間違いないとアリスはまた同じように思う。周りの人間は気付かない様子だ。近くにいるアリスにしか見えないのだろうか。霊感や好奇心の強い者にしか見えない者なのだろうか? 「ふっふ。また会ったな小僧。いや、アリスと言ったな。アリスよ、また会ったな。」 「提灯小僧。今度は何を……。」 「くっく。聞かなくとも答えてやろう。この間、ここで理不尽な殺人があっただろう。そんな場所に、この俺様、提灯小僧は現れる。それはもう御存知だろう。何をしているかだって?くく。俺は、ここで理不尽にやられたあの人間の怨念とやらを、この場で回収しているのさ。俺特有の力でな。これは俺の持つ妖術だ。したい事を見付けた妖怪であるこの俺だけが特権として習得出来たものだ。その邪念とやらを吸い取り、それを魑魅(ちみ)魍魎(もうりょう)に似たウイルスとして死体にばら撒くと、ゾンビとなる。彷徨える死霊の魂をも操ってゾンビ遣いとして事を行う俺は、これを繰り返すのだ。やがて、全ての死体が俺の味方になる。まだ未熟の身だからな、今のうちはワクチンがあればゾンビとやらは倒れるが、やがては俺の力が強くなれば、ワクチンはゾンビに効かなくなるであろう!ふはは!そして勿論、この俺は人間でもゾンビでも幽霊でもなく、妖怪だ。故に経文もワクチンとやらも聞かぬぞ。塩を掛けても無駄だ。」 「何だって!!」 「本当の祭りは、もうすぐ始まる!それまで、楽しみに待っていろ!普通の提灯はなくとも、彷徨う亡者の魂が提灯行列の代わりになってくれる!その時こそ本格的に賑わおうではないか!ではさらばだ。」 提灯小僧は、また煙らしい物を残して消える。その煙もすぐ消えた。 「ぐぐ、まずいな。早く何とかしないと。でも、どうやって……。」 近くの御坊さんにでも頼んでみるしかないかとアリスは思った。ベテランの除霊師に御願い出来るかなと思った。 「君!大丈夫か!」 そこへ出て来たのは、その店の店長らしい人だった。三十は過ぎた、見た目は普通の会社員らしいような感じの気の良い男性のようだ。 「あ、はい。大丈夫です。」 「そうか。なら良いんだ。いや、店内からは、まるで誰かと喧嘩しているように見えたもんだから。」 「いえ、何でもありません。その……たった今友達とここで別れただけです。」 アリスは取り敢えず嘘を言って通した。無駄な事は極力しない、ここにいた精神病の殺人犯みたいな変な子だと思われないようにと考えたが為だから決して悪気のある嘘ではない。 提灯小僧は、恐らく他の大抵の者には見えていないのだろう。提灯小僧はもしや、自分のライバル視したアリスと言う者にしか、生きている人間には姿を見せないようにしているのかも知れない。そんな妖術が使えないとも限らない。相手はれっきとした妖怪だからだ。  あの廃病院の出来事があってから三週間ぐらいして、漸くアリスは、午前二時半頃、家族も皆寝静まった時刻に、座敷にある祖母の鏡台の前へ行く。アリスやアリスの両親の寝室は二階になるが、一階の座敷のその隣の部屋が祖父母の寝室になる。祖母も祖父もトイレを終えて寝室に入った事を確認し終わると、アリスは早速、鏡の前で、心の中で兎の名を呼んでみた。 「アリス君。ここよ。」 「兎さん!本当だ。あ、静かにしなくちゃ……。」 とアリスは一瞬隣の部屋へ続く襖(ふすま)に向かって一瞬脇目を振り、鏡に向かって苦笑する。 ここでアリスは、提灯小僧の事について、白井兎に相談してみた。 「そうね。御坊さんとか神主さんとかに一旦は相談するべきかも知れないわね。」 「やっぱりそう思う?」 「ええ。だってアリス君。霊能力が強くある訳でもない未成年の、それも小学校に通う棒屋でしょう。専門の人に聞いた方が良いかと、私は思うわ。」 「そうだよね。分かった。やってみる。でも、友達は事故に巻き込みたくないな。」 「じゃあ、先ず霊能力者の方に聞いてみた方が良いかしら。」 「そうだね。有難う。兎さん。」 「また何かあったら呼んでね。私も、答えられる範囲でなら全力全霊を出して答えられるから。私、一応幽霊だから、全身全霊は無理ね。でも実体はなくても”力(チカラ)”は出せるから。」 そしてアリスも明日に響かないように、すぐ寝床に就いた。  次の日、アリスは学校へ行くと、導夢が廊下で誰かと話していた。 「よおアリス。丁度良いところに来たな。凄い話があるぜ。」 導夢と一緒に話していたのは、隣のクラスの美智雄(みちお)と言う男子生徒だ。美智雄の父親が、市内のテレビ局に音声スタッフとして勤めているらしく、どんな番組の取材に出掛けるのかが、いつものようによく話してくれるから、彼にすぐ分かるらしい。彼自身もテレビ局に何かの職種で就職する事を目指している。多分、音声スタッフかレポーターだろう。美智雄自身は、成績優秀でスポーツもかなり出来る明朗快活な生徒で、年に一度は級長を務める優等生だ。いばる事もなく、皆を気長によく纏めている頼りになるリーダーだ。おまけになかなか容姿端麗でセンスも良いので、レポーターかアナウンサーぐらいになった方が良いかも知れない。ここで頑張れば、一流大学へ進んでテレビ局の、局長ぐらいになれはしないかと言う声もある。あくまで私見による期待だが……。 「やあ、君は隣の一組のアリス君だったな。僕は二組の池井美智雄だからね。知ってるかな。」 「う、うん。どうも。」 「アリス、まあ聞きなよ。今度な……。」 「僕の父さんが、明後日、県外のD山の山奥へ取材に行く事が決まったんだけどね。その場所その事情は何とさ、少し昔に、女性が誘拐されて殺されたとか言われる、その場所へ取材に行く事になったんだ。音声スタッフだから撮影する横で音声取るだけだけどね。山の麓から、そこまで歩くところまで撮るみたいだよ。」 と美智雄は目を大きくして言う。これも自慢になるのだろう。 「そう言えば、あんな事あったな。またあんな理不尽な人殺しがあったらしい。物騒な世の中なのは、今だけじゃないだろうけどな。美智雄。なあアリス。」 と導夢は半分表情を強張(こわば)らせて言う。 「そうなんだ。頑張ってね。僕からも応援するよ。」 アリスは口先ではこう言ったのだが…………。 (また理不尽に殺人があった場所…今度はそこを調べて捜索し、撮影…。はっ!いかん!「提灯小僧」が出るぞっ!!) アリスはすぐに感付いてこう思った。隣の県のD山か。県境の近くになる。アリスの自宅の最寄りの駅からほんの二駅乗り換えするだけで良い。そこから歩いて行ける距離に聳え立つ、少しばかり高く木の多い山になる。カブトムシやクワガタムシが良く採れる場所としても有名だ。その明後日とは、土曜日。アリスはそう思う。  当日、D山の車は局の車が九時には現地へ向かって出発するとアリスは聞いていたので、その日アリスは早く起きて、朝食を済ませ、友達や友達の親と皆で隣町の遊園地へ出掛けると、また嘘を言って家を出たのだった。アリスは最寄りの駅で、最後に降りる切符を買い、二駅乗り換えて、D山近くの駅へ降りた。 アリスの計算は辛うじて当たったのか、アリスが昼前の十一時頃に駅から電車に乗り始めてやがて最後の駅に着くと、丁度あの局の車がD山麓(さんろく)の小さな駐車場に停まっていた。スタッフ達が車からぞろぞろ出て来て、早速山を登ろうとしている。カメラマンとレポーター、ディレクター、そして、池井美智雄の親父さんになる、池井音声スタッフもいた。リュックを背負った、見るからにピクニック姿のアリスは尾行するように、追い掛ける事にした。ある男性も一緒だった。そう。前日の夕方にアリスが御馴染みの寺院を訪ねて、そこの院主さんに話して御願いしたのだった。すると院主さんは、笑顔で引き受けてくれた。毎年のように初詣で参る、近所の御寺さんなので、アリスとも大変仲は良いのだ。何かいれば除霊でも何でも、力になってくれると仰っている。一応、数珠や経典、御札などと、除霊用具は一式きちんと揃えている。清めの塩も木刀もある。アリスは良かった、これで何倍も心強い、きっと何とかなるかと心の中で強く思った。提灯小僧に清めの塩は例え効かなくとも、ないよりはマシだろうと思った。ゾンビや悪霊、怨霊には少しは聞くかも知れない。 「アリス君。ゆっくりで良いと思うから、行こうか。」 「はい。宜しく御願いします。」 アリスも院主さんも緊張したが、足を竦(すく)ませるには、まだ早い。 山の中をどんどん進む度に、景色は薄暗くなる。腕時計を見るともう午後一時を回ると分かった為、アリスと院主さんは簡単な昼食を、草叢の少し奥で摂る事にした。案の定、局のスタッフ達も全員、あちらの広場のような場所で、しゃがみ込んだり立ったりして、食事を取っている。二人のカメラマンは、交代でカメラを回しているようだ。 「今回は、どうかなあ。」 とこれは一緒にいるディレクターが言っているようだ。 「まあ大丈夫だと思うけどね。野犬とかには注意しないといけないかな。」 と、休憩中の、髪の毛を七三分けにした方のカメラマンが言った。 「まあゆっくり行こう。」 と池井音声スタッフ。美智雄の親父さんだ。Tシャツの上からは濃い目の紺に近い色をしたジーパンと言う姿だ。紐付きの、ローファーに近いような靴を履いている。多分ローファーだろう。そうハンサムではないが、頭はとてもよくてスポーツ万能だったと、美智雄は言っていた。抜群にハンサムと言えそうな美智雄とは似ていない。美智雄はやっぱり、容姿ばかりは母親にでも似たのだろうか。美智雄の母親は、デパートの中の洋服売り場で店員として働いており、なかなかの美人であるらしい。男の子の場合は、大抵は顔立ちは母に似ると言われる。 「ああーあ、パンプスの中が蒸れて来たなあ。この辺に座り心地良さそうな大きな石もないし、ベンチもないわね。ゴザも空気椅子も持って来てないからゆっくり座れないし。片方だけでも脱いでおこうかしら。」 と、女性の若手レポーターは言う。肩までの髪を、耳の後ろに向けて右手で揺らし、左手はコンビニで購入したおにぎりを持っている。弁当作る時間がなかったのだろうか。服装は上下とも白い夏用のスーツだ。 「おいおい、食事中だよ。それに毎度毎度我儘言うなって。……ってもう靴脱いでるじゃないか。髪の毛とか泥とか手に付いても知らないよ。」 と七三分けのカメラマン。 「てへへ。高校の時も短大の時も偶にこれと同じような事言ってたもん、私。」 こう言いながら、もう片方のパンプスを脱いで、スーツスカートの下の夏用のベージュストッキングに包まれた足の指をクネクネ動かし、空気にあてて乾かしている。 「ううーーん、イイ気持ち。これで家に帰った時、そんなに玄関とかで嫌な匂いを放たなくて済むわ。ちょっぴり安心した、かなっ。」 「食事が終わったら、また気を引き締めて行こうな。私も、局長にどやされるのは真っ平だから。」 と音声スタッフの池井は言う。  そして、昼食を終えたスタッフ達は更に奥へと進んで行く。アリスと院主さんは、軽食だった為、早目に食べ終えて、三十分は休憩しながら待機していたのだ。アリス達もここで動き出す。 「もうすぐだ。相変わらずの旧街道だねえ。」 と池井は言う。 「皆さん。この旧街道を奥へ進んで行けばもうすぐ、例の殺人が三十年程前に実際にあった現場に到着です。地図にも載っていない未開の場所になります百年ぐらいの昔は、この辺には村があったと言われます。果たして、今はどのようになっているのでしょうか?」 とレポーターはマイクを片手に言う。 「よし、その調子、その調子。」 とディレクターは横から言う。  もうどれぐらい歩いただろうか。一時間半ぐらいか。放映される時は丸々の時間でなく短編にカットされるとは思うのだが、アリスが近所の山の奥の廃病院へ行った時より遠い。 アリスはゆっくりと、ペットボトルに入った黒烏龍茶を喉の奥へ流し込んだ。院主さんも、矢張り魔法瓶のような水筒に入った緑茶を飲んだ。 「アリス君。君はやっぱり烏龍茶か。私は、ほうじ茶だ。煎茶や玉露茶は、今日はないよ。」 「へえ、そうなんですか。緑茶はちょっと苦手ですね。」 「黒い烏龍茶が飲めたなら、緑茶だって飲めるようになるさ。烏龍茶は健康に良いけど、緑茶も良いよ。特に胃腸にはね。」 と院主さんはにっこりしたままアリスの方を向いて話し掛けて来る。  一方スタッフは、立ち止まる。 「つ、ついに、着きました!こちらです!間違いありません。」 「ここが、殺された場所……。」 と付添のディレクターはボソッと言う。  とうとう着いたのか。道を逸れた所に、地蔵と白い花束が供えられてあった。慰霊の為だろう。交通死亡事故現場にも自殺があった場所にも、これは勿論供えられてある。林に囲まれているが、そこだけ木が生えていない場所が楕円形のように広がっている。あるのは雑草や落ち葉、木切ればかりだ。ここに、女性が連れ去られて殺され、埋められていた場所らしい。周囲は樹木が多い。 「ある日、棺桶から死体が消えたらしい。」 とディレクターは言う。 「本当ですか!」 ともう一人の、坊主刈りのカメラマンは言う。 「葬儀に出す前に、亡くなっていたと言う事態まで起こったそうです。」 「まさか、ゾンビになってここへ戻って来ているなんて事は……。」 「それはまた不気味ですね。何者かに盗まれたのでしょう。でも犯人は行方不明になり、暫くして死体として発見されたらしいです。死因は不明でしたね。」 とディレクター。 「ここが、殺された位置になるのですね。まるでど真ん中だ。」  この位置が、テレビに映った時、赤いテロップのようなもので大きな丸印を記すように囲まれるのだろう。 「アリス君。あの人らは、僧侶を連れていない。何かあると危険だな。」 「そうですね。」 「御札や塩ぐらいなら持っていようとも、幽霊と言うものは放っておけば、悪霊、怨霊へと成り下がって行くのだよ。霊を甘く見てはならんよ。」 遠く離れた影から二人はひそひそ話している。  そしてスタッフ一同は、手を合わせて拝み始めた。 「皆様。御坊さんはいませんが、(本当はすぐそこにいるが)黙祷(もくとう)を捧げましょう。」 とディレクターはここに来ているスタッフ全員言う。 「南無阿弥陀仏……南無……南無…………。」 「皆様。ここでは、こうして供養を上げなければ、毎晩幽霊が出ます。テレビの前で見た方もこうして心の中で何回もしっかりと拝んでおいて下さいね。以上です。皆さま、御疲れ様でした。」 「はい、カット。御疲れ様です。」 と監督の代わりとして来ているディレクターが言うと、全員変える方向へ足を向けた。 「さて。今日はもう御終いです。また、後程供養して貰いましょう。」 「もう出る頃には暗くなりますかね。」 と交代した七三分けのカメラマン。 「ですねー。だいぶ遠かったですしね。」 と池井スタッフ。 「ああ、今日も働いたなあ。あの被害者の女性、悲劇ね。私より美人だったのかな。だから、殺されたとか……。」 こう言いながら、レポーターは歩幅を広げて両手を首の後ろに組んで歩く。一番後ろを遅れてゆっくりと歩いており、またレポーター一人、立ち止まって少しの間、あの現場を眺めていたまた歩き出そうとする。するとその時だ。 「う、うぎゃあああぁぁ!!い、嫌あああーーーっっ!!」 「ど、どうした!?んっ!?わあああ!!」 「た、助けて……痛い…肉が…。」 「や、や、山猫。こんな所に!しかも、手負いの豹みたいじゃないか!レポーターのあの子が、襲われ、食われてる。」 「フギャアオオーーッッ!ニャアアーーオウウ!」 「フギャー!ニャー!」 二匹もの、大きな山猫は、どちらとも身体中のあちこちが抉れたり目が出ている。山猫のようなのに、ジャングルにいる猛獣の豹のごとく、レポーターに食らい付いている。まるでゾンビだ。待て。ゾンビ……。 「う、うえっ………助けて…。ぎゃっ。」 山猫は、レポーターの腹部や腕や脚にむしゃぶりついている。とうとう肉を噛み千切った。内臓が出て、腕からは動脈が破れて血が吹き飛んでいる。捕食されている。これはもう助からない…………。脚は、ストッキングを穿いていたが、ストッキングは綺麗にプツプツと滑らかに破られ、すぐ脛肉や腿肉は山猫によって引き千切られた。豹や虎やライオンも、こうやって着ている物を破いているのだろう。ブラウスや上着、スカートは、もうボロボロだ。パンプスは穿いたままだがもう泥だらけだ。 「うちのレポーターが!」 「うわああ!」 と坊主頭のカメラマンは号泣し出した。 「泣いても遅いでしょう。もう逃げる他ありません!ナイフはありますが、太刀打ち出来ないまま私達も殺されます。さあ!」 とディレクターは皆を促す。 レポーターは、地面に倒れこんでひくひくしているが、間もなく息絶えるだろう。気の毒だが、彼女はもう山猫ゾンビの餌になってしまったのだ。 「アリス君。矢張りあの話は……。」 「提灯小僧の仕業だと思います。奴の力だと思います。ここで死なれたあの被害者女性も、多分、奴に……。このままでは、あのレポーターの御姉さんまでもが、ゾンビとして…………。」 とアリスは答える。 「うわ!また出たああ!」 とまたあのカメラマン。 「女性の幽霊…いや、実体がリアルに見える!血塗れで!ゾンビか!?」 と七三分けのカメラマン。 坊主頭のカメラマンは、携帯していたナイフを、飛び付いて来た山猫の額に思い切り刺した。山猫は仰向けに一度倒れ込んだものの、また起き上がって再び襲い掛かって来ようとしていた。今度は右足で力一杯踏み付ける!一匹はくたばったようだ。  しかし、すぐにもう一匹のゾンビ山猫は、カメラマンの胸に突進して来てかぶり付き、倒れ込んだカメラマンに向かって、山猫は肉を食い千切ろうと夢中になっている。その女性の霊らしい者は、暫くレポーターの残った肉を食らっていたが、すぐ坊主頭のカメラマンのところへ来て、彼の腹部に食い付いた。この女性は、もうゾンビだ。半分以上が骨人間と化したレポーターはゾンビのようになって起き上がり、カメラマンに食い付く。 「ぎゃあああ!!助けてく…れ…ぐふっ……。」 カメラマンも息絶えた。 「人食い幽霊…じゃなくて、ゾンビだ!わああ!!こんな事って…ホラー映画だ!ゾンビは増えるぞ!逃げろおおぉぉ!!!」 と池井スタッフは呼び掛ける。 「無駄だ!!」 この時、空高くからこちらへ向かって響き渡るような不気味な声が響いた。それは人の姿となって、林の一番大きな木の上へゆっくりと姿を現す。またあの提灯小僧だ。 「うわああ!浴衣を来た男の幽霊だ!いや待て、幽霊か?」 「申し遅れたな。俺は、提灯小僧と言う、妖怪よ!この前な、死者を操る能力を身に付けたのだ。」 「妖怪…?提灯小僧…?聞いた事があるなあ。だけど、御前!何なんだ!」 と池井音声スタッフは慌てるように問う。 するとそこへアリスは急いで出て行き、 「気を付けて下さい!皆さん!そいつは、本物の妖怪です!ゾンビ遣いとなった妖怪、提灯小僧です!理不尽に殺された人や動物の怨念からウィルスを作り出して、遺体にそれを吹き掛けて、生きている動物を襲うゾンビとして蘇らせるんです!」 「そうだ。アリス君の言う通りだ!無念。私達が出て行くまで、間に合わなかったか。二人やられてしまったのか。南無阿弥陀仏…南無阿弥陀仏…。」 と院主さんも遺書に出て来る。 「何ですと!!本当か、君!それに私達の後を…。じゃあ何でもっと早く…いや、すまない。あ、君は確か、うちの美智雄と同級生の、アリス君か!どうして君がここに!?」 と池井はアリスに問うが、 「説明は後です!皆さん!早くここを離れましょう!」 「言われなくても、そうするよ。」 とディレクター。 「御前達と同じ人間のようにな、妖怪もやりたい事を見付ける事がある。昔のように俺は可愛くも何ともないぜ。そして必ず実行する!人間共の大半は、どうせいい加減な奴が殆どだろ!くく。だが、俺のような妖怪は、愚かで軽率で飽きっぽいような人間とは違うと言う事を、ここで思い知らせてやっても良いぞ!」 「大切な命を、弄ぶのは許せない!」 「その通りだよ。アリス君!」 と院主さんは右手を握り拳(こぶし)にして言う。 「『人間の命』と書いて『屑』とでも読んでやるとするか。真っ赤な提灯に真っ黒な墨液でそう書いても良い。かかかかか。」 「あの野郎!!」 ともう一人のカメラマンは叫んだ。 「くっくっくっ。はっはっはっ。くーーっくくくくくくくくっ。」 「その嫌な笑いも、辞めろーーっ!!」 「哀れな子羊や子牛共(ども)程(ほど)、よく鳴く。これ程笑える事はない。」 「今に笑えなくしてやる!!」 「その通りだよ!アリス君!」 「言ったと思うが、わしには御札も塩も経文も効かぬ!わしが作り出したゾンビ共にもな!魑魅魍魎が何百、何千と無数集まって強大な一つの生命力を持つ。甘く見ると痛い目に遭うぞ。」 「そうかい!でも、負けない!」 「はっはっは!これを見るが良い!」 「うわ!何だ!?」  すると、提灯小僧のいる周囲のその森林の中の至る樹木に、無数の提灯がいつの間にか吊るされ、中の明りは薄暗い森を照らし出している。 「この提灯行列は、何だ!?」 と池井。 「かっかっかっかっ!日本征服の”前祝い”と言う事にでもしておいてやろう!いや、世界征服でも三千大千世界の征服でも良いかな??」 「何だと。」 とカメラマン。 「それにこの明りはな、聞いて驚くが良い!この俺が集めた死者の怨念の魂だ!綺麗な色をしているだろう!この赤は心霊写真にも写る、怨念を意味するのだ!」 「いかん、このままでは…………。」 と院主さん。 「大変ですね。」 「もっと山猫を呼んでやろうか?勿論、ゾンビのな!」 「にやああーーおおーーうん!!」 と、じっと黙っていた山猫ゾンビは不気味に鳴き出した! 「わしが何とかしよう!皆は逃げなさい!こう見えても私は、剣道の師範も持つのだ!!竹の槍も隠してあるぞ。」 と院主さんは木刀を翳す。 「でも、数が……うわわ。」 アリスが言い終わらぬうちに、山猫のゾンビは向こうの影からぞろぞろとやって来た。レポーターのゾンビも、その被害者女性のゾンビも再び襲い掛かって来た。 「ふっ…はあぁぁ………。」 院主さんは、木刀を構えて深呼吸をする。 「幾ら院主さんでも、これでは流石に、無理ですよ!あそこに力を得た親玉もいるんですから!一緒に逃げましょう。」 とアリス。 「人を救うのも仏の道。無理を承知でやらねばならぬ時もある。その時、人の内部には限界を超える力が……。」 「そんな…。でも今回ばかりは…。」 山猫と、あの女性のゾンビは、早速院主さん目掛けて走って来る。鋭い牙と爪を向けて…………。 「くっ!!」 と院主さんは顔をしかめ、冷や汗を流している。  アリスは後ずさっているが、院主さんの事が心配である。 「ははは!愚かな!人間も、野蛮な動物も虫も、皆死ね!死に絶えるのだ!」 と提灯小僧は更に目を吊り上げて罵るように言う。まるで二等辺三角形な目付きだ。 (白井兎さん!僕達は、一体どうしたら!) アリスは心の中で叫びたい思いだ。その時はもう既に叫んだも同然ではないか。 アリス君!聞こえる?  アリス君!何か光ってるよ?アリス君の後ろよ。 (え?)  アリスは、誰かの声が頭に響いて来たような気がした。あの廃病院にいた女の子だ。 それは白井兎さんだとすぐにアリスには分かった。 (兎さん?兎さんなの?声で分かる。うん。え?光る物?) アリスは、後方から何かを感じ、振り向くとその断崖の草の辺りで、何かが光っている。 「何だろう?」 アリスはそっと近寄る。スタッフの皆はもう逃げたのか。そのようだが、何匹かの山猫があちらも追い掛けて向かおうとしている。足をそちらの方向へ向けているので間違い無い。  アリスは取り敢えず、急いでそこの生い茂った雑草を掻き分けてみる。  すると、何やら刀の柄のような物が刺さっていたが、泥だらけだ。 「刀?刀かな?でも、錆びてたりしたら使い物にはならないかも。でもそんな事言ってる場合じゃないよね。中から光は出てる。どうせ玩具かなあ、いやでも、でも、武器は無いよりはマシ……。うん。」 アリスは力一杯引っこ抜こうとしたが、……抜けそうにない……。 「うう、この!クソ!」 「だっはっは!食われてしまえ!祭りは始まっておるのだ!ふっ!愉快だ。」 と提灯小僧は余裕の高笑いをやめない。 院主は、念仏を唱えながらレポーターや被害者女性のゾンビを木刀で突き倒し何とか山猫の二匹を叩きつぶしたが、数は膨大になりそうなので、どうなる事か……。 「む!何だその光は!」 と提灯小僧はうろたえ出した。 「え!?え!?嘘!!」 「ん?どうしたんだアリス君。まだ逃げて無かったのかね?…………ん。」 その光は輝きを増して、四方八方に広がって行ったのだった。 「ギャワワワ!!」 「なぬ!ゾンビが!何事だ?ええ?」 と提灯小僧が声を上げると、みるみるうちに、ゾンビ達は倒れて行く。山猫も、女性ゾンビ二人も。そして動かなくなり、やがては肉も骨も土の中へ吸い込まれて行った。 (アリス君!ただの刀じゃないみたいよ!引き抜いてみて!もう一度。) 「そうか。分かった!えいっっ!」 今度はスポンと簡単に抜けた。 すると刀と一緒に、何やら変わった鏡のような物も出て来た。 「何だこれ。確か、歴史の教科書に、いや資料集に、……。真ん丸い変わった形の派手な色をした鏡だなあ。」 見た事もない鏡だった。 「御皿に鏡が付いてるみたいだなあ。骨董品になるかな?いや、でも今はそんな呑気な事言ってられない。」 「ア、アリス君!それは、『天(あまの)叢(むら)雲(くもの)剣(つるぎ)』と、『八咫(やた)の鏡(かがみ)』ではないかね!!」 「え??」 「三種の神器と言われている、そのうちの二つだ!!恐らくそれは本物だと思うよ。間違い無い。だからあんな神々しい輝きを放ったのだ。しかし何でこんなものが?」 院主さんも片手をあごの下に当てて、首を捻っている。 「く、くそ!くそ!おのれええ!またしくじったか!やるな、小僧!だが、その強力な輝きによってここのゾンビ軍団は全滅したがな、しかし!今の輝きなんぞはただ一度切りで、もう二度とないだろう。だが、俺の提灯は裂かれなかったようだ。今日のところは、これぐらいにしておいてやる!!そんな刀で雑魚(ざこ)を倒せても、この俺を倒せるとは思うな。ふん、倒せぬわ!俺はもっともっと強くなるのだ。ふぁっふぁっふぁっ!(シュンと消える効果音)」 また提灯小僧は、煙を残して消える。提灯の中の明りも全て消えていた。 「提灯小僧とやらは何処かへ行ったか。だが、また何処かで必ず現れるぞ。提灯の中の彷徨える人や動物の怨念、邪念は消え、ゾンビの元となる魑魅魍魎は死んだそうだが、まだ死んだカメラマンや二人の女性の怨霊は、ショックで気を失っただけのようだ。また供養はして必ずあげる必要はあるだろう。」 「はい。そうですよね。」 「うむ。それで、その『天叢雲剣』だがね、『草薙(くさなぎ)の剣』とも言うそうだよ。弥生時代に、須佐之男(すさのお)命(みこと)と言う神が、出雲(いずも)国(こく)で八(や)岐(またの)大蛇(おろち)と言う、八つの首を持つ、山のように大きな蛇の化け物を退治した時、奴の尾から出て来たと伝えられている。しかし、ここは出雲ではないからね、どうしてこのような所にあるのかは謎だ。彼が隠した物になるのかも知れない。」 「そうですか。歴史が苦手な僕でも、興味深くなりますね。で、もう一つの、これは?」 「おお、『八咫の鏡』か。これはな、石凝(いしこり)姥(ど)命(め)と言う神が作った物と言われている。石を鋳型して鏡を鋳造する老女の事を指すのだ。」 「色々難しい事はまだ分からないですけど、凄いですね。」 「アリス君。それは必ず役に立つ。提灯小僧と張り合うには必需品になるかも知れん。持って帰って大事に取って置きなさい。」 「はい!勿論!……ん…うわ!院主さん!鏡から、何かが!」 「んんっ?何ぞや?」 今度は、鏡が強く光り出したようだ。 「うんっ。」 「う、兎さん!?白井兎さんだね!?」 「ううーん。ん。アリス君ね。やったわ。」 鏡の中からは、あの兎と言う女性が飛び出して来た。 「知り合いかね。アリス君。この女の子は。」 「うん。だけど、……。」 「初めまして。でも私、幽霊なの。」 と兎は院主の方へ向いて答える。 「幽霊か!」 「提灯小僧が倒れるまで、成仏出来なくなってますの。」 「兎さん。凄い物が見つかったんだよ。」 「三種の神器ね。剣と鏡でしょ。私も本で読んだ事あるわ。」 「うむ。じゃがのう、三種じゃから、もう一つある筈なんじゃ。しかしそれは見つからん。最後のもう一つは、ある特別な勾玉だが、……。」 「勾玉……。ああ!!それでしたら、私持ってますぅ!勾玉って、これかしら?!」 「おお!、そうだ!正(まさ)しくそれだ!三つ目の三種の神器、『八尺瓊(やさかにの)勾玉(まがたま)』ではないか!天皇の印でもあったそうな。『神璽(しんじ)』とも言う物じゃ。これで全部揃ったね。でかしたよ!!アリス君、兎君!!」 院主は目を輝かせ、大きな赤い勾玉を見つめながら受け取る。 「それは、昔私が病院の庭の奥にある一本の孤立した柳の木の下で見付けましたのよ。でも三種の神器とは思っていませんでしたから、誰にも言わずに大切に持っていましたの。」 あの、廃病院の庭の、柳の木に……。アリスも目を大きくして吃驚している。いや、これは感激しているのだろう。 「ほお。柳の木の下か。柳は、幽霊が集まる木と言われている。慰霊や魔除けに、枝にでも吊るされていたのかも知れんのう。いや、浅く埋められておったかも知れん。」 「これで揃いましたけど、あのう院主さん、この三種の神器なんて大切な物、院主さんに預けておきたいです!僕が持つなんてとんでもない!」 「何、良いのか?アリス君なら整理整頓も几帳面だから失くす心配も盗られる心配もはないとは思うのじゃが……。」 「はい。ですが、流石に、流石です……。」 「分かった、分かった。私が預かろう。」 院主は、三種の神器を全部アリスから受け取り、大きな鞄の中に入れた。 「うふふ。アリス君。私、三種の神器の『八咫の鏡』があれば、いつでもその場所に出て来られるみたい。でも、やたらめったら出て来る訳には行かないわ。じゃ、そろそろ戻るわね。」 「これがあれば、いつでも病院の浴室と、鏡の外をワープ出来るんですね!兎さんだけ特別に!」 「そう言う事みたい。じゃ、また会いましょうね。何かあったら御話しましょうよ。私戻るけど、また提灯小僧が出て来たら私を呼んでね!幾らでも水とかは汲んで来れるから!」 「うん。また宜しくお願いするよ、兎さん。」 ここでアリスも兎も大きく笑った。院主さんもつられてはっはっと笑う。  そして兎は鏡の中へまたと姿を消した。 「さあ帰るか。アリス君。帰って様子を見よう。」 「そうですね。もう夕方が近いようです。テレビ局の人達、もう本当に帰っちゃったみたいですね。」  それから数日後までの間に、アリスは、新しいファンタジー小説を読んだりゲームをしたり、次の戦いに備えて、木の枝を竹刀代わりにしたりして剣道の素振りをしながら稽古をしていたが、院主さんがすぐに本物の竹刀を貸してくれた。それに、それはもう古いから一本あげる、好きな時に練習すると良いと言ってアリスにくれたのだった。休日は、時々稽古を教えて貰いに行ったりすると言う話もしている。精神統一の為の、座禅や茶道、経典を読んで祈りを捧げる勤行も教えて貰ったりしている。それは、提灯小僧打倒の為ばかりではなく、その後も将来の為の自己啓発にも役立つのだ。座禅とかは、自宅でも出来るので、間でしようとアリスは考えた。  読む本についても、ファンタジー小説や漫画ばかりでなく、中学に入ってからぼちぼちで良いので、芥川龍之介や太宰治、現代では村上春樹や安部公房についても、この辺りはアリスなら多分気にいるだろうからと勧められたのだ。SF御三家の、筒井康隆、小松左京、星新一についての話もしてくれた。院主さんは幼少時から読書家だったらしく、様々な物を読んだらしい。文学や哲学、倫理学には造詣が深い。また、剣道や柔道、弓道等、日本武芸の心得もある。数学と英語を除く、文科系の科目は成績優秀だったらしい。一流大学の文学部を出て、出家して寺院を継いだとの事だった。  それから、御寺へ行った日には例の鏡で、いつも兎と会話したりした。時々、親友の導夢も誘って御寺へ遊びに行き、一緒に剣道や座禅を習ったり、勤行をあげたりした。院主さんは御菓子もくれた。メンコや囲碁、将棋も教えてくれた。囲碁、将棋は、文科系のアリスはずっと関心が無かったらしく、それも初めてだったので、アリスより導夢の方が強かった。そして導夢は一度、院主さんにも将棋で勝ったのだ。 学校の科目では、算数はアリスも導夢も好きではなかったが、導夢は将棋やパズルゲーム、理科、スポーツはなかなか出来る方だった。導夢は、算盤や英会話も出来た。習い事でも導夢はしているのだ。アリスは、将棋やパズル、スポーツはあまり出来ない代わりに、国語や社会科、図工はよく出来た。作文や漫画のイラストを描くのは、アリスが一段と上手だった。作文と絵は、アリスは、優等生の小池美智雄からも「俺よりずっと上手いな。流石。」と褒められた。その時はアリスでも軽く照れた。  導夢は、まだ提灯小僧の存在は現場を見ていない故に知らなかった。それでも一応、アリスの行った事は信じる事にしている。音声スタッフとして心霊スポットになる山へ取材に出掛けていた美智雄の父から提灯小僧を名乗る変な妖怪に会った事を話され、アリスと会った事も話されたが、美智雄は、アリスにだけ話した。アリスはその事を導夢にも取り敢えず話してみた。でも導夢は、ほうほうと聞いた後、誰にも話さなかったので、クラスで話題になる事はなかった。美智雄は軽薄な少年ではないので、誰彼構わず話すような事もしなかった。  そして瞬く間に一か月が過ぎていた。  ニュースでは毎日のように、理不尽な殺人や暴行事件はあった。  そしてこれがまた一つの例となる。 都会の附属小学校に、変な男が乗り込んで来て、二年生の子供が七人も刺され殺害された。男の子三人と女の子四人も鋭いナイフで刺され殺されたのだ。 第一発見者の教師により通報されて、その男は人質も盗らずに只管子供を追い掛け回したり殺戮を続けていたので、すぐに逮捕された。取り調べを受けている時、男はこう言っていた。 「反省するつもりも何も無い。早く死刑にでもして欲しい。」  その犯人は、見た目は普通の、二十代前半の青年だった。犯罪を犯しそうな人相もしていない。 弁護士との談話でも、このように答えた。 弁護士「何が原因でそのような犯行を?」 犯人「何もかも気に入らなかった。親父からは捨てられ、職場はクビになり、離婚も三度繰り返している。怒りの矛先を社会一般に向けた。ここで敢えてエリートを襲ってやろうと思った。」 弁護士「刺されて叫んだ時のその子供さんの声は覚えてないか?」 犯人「全く覚えてない。」 弁護士「その前の、必死になって怖がって逃げ回る子供さん達の姿も顔も何か覚えてはいないか?」 犯人「覚えてない。」 弁護士「犯行を働く前は、何か他に考えていた事はあったか?」 犯人「東の商店街へでも行って、アーケード内で車を思い切り飛ばして、一遍に皆を轢(ひ)いてやろうとでも思っていた。」 弁護士「東の商店街の人達に、貴方は何か嫌な事をされたのか?」 犯人「されたかも分からん。」 弁護士「された”かも” って……されてないでしょう!何を言っているのか!?これは皆目分からない。」  その犯人は、実のところ、海上自衛隊員と言う国家公務員として働いていたが、器物損壊罪や窃盗の繰り返し、上司や先輩、同期に暴行を次々と行ない大変な怪我を負わせる等の問題行動を起こした事で除隊させられていたらしい。刑務所に一年ぐらいいて出所してその後、家庭内暴力によって、離婚を三度も繰り返している。後は何をやってもうまく行かず、何処かを襲ってやろうと思ったと繰り返し供述していた。全く反省の色を見せない様子だった。これまでにいない、相当の悪心を持った悪人に違いない。  公判では、裁判長に対して「命をもって償います。」と発言していた一方で、「あの世で子供をしばいてやる!」「お前らのクソガキ七人の命はワシ一人を殺して終わりの程度の価値だったんやぞ!」等の暴言を叫んだり、公判中に足を組んだり、アクビをする等の悪態をついており、また「死ぬ事には全くビビっていない。死は一番の快楽」などと、本心なのか虚勢を張っているのか分からない発言もしていた。その被告人の悪態ぶりに対し傍聴席からは「早く死ね」「一人で死ね」等の怒号が飛び交っていた。  間もなく、その犯人は死刑判決が確定した。絞首刑によって生命を絶った。  その後も色々な殺人事件が都会を中心に、全国あちこちで起こった。少年による犯罪も多かった。動機は意味不明なものだった。 A「神によって指令を受けて、人を殺した。」とかB「悪魔に命令された。」、C「むしゃくしゃしてやった。」D「誰でも良かった。」E「どうせ人は皆死ぬ。生まれつき不幸な自分も、他の幸福な連中も。」等。以上からすれば、犯罪心理は限りなく難解なものになる。犯罪もゼロには中々ならないものだ。  E以外は、皆死刑判決だった。Eは求刑では懲役二十年ぐらいだったが、まだ裁判は続いていた。何となく人を殺したと言う理由だった。理不尽だ。  他には、「遊ぶ金が欲しかった。」と言って道行く五十代のおばさんを刺した者がいて、それは殺人未遂に終わった。偶然、巡回をしていた警官によって取り押さえられ、背中の左辺りを刺されたその女性は救急車で病院に搬送され、一命を取り留めたのだ。  アリスは思った。相変わらずな毎日だが、この間に、提灯小僧の奴もどんどん強くなっている、殺された人々の怨念をどんどん吸い取り、魔力を強めているだろう、と。そしてもっと強くなった死霊・ゾンビを作り出すだろう、と。殺人未遂の場合でも、被害を受けた側は生霊(いきりょう)となって舞い、そこから湧き立つ怨念がまた、提灯小僧の為の軽い栄養源になっていはしまいか、と。  更に、最近アリスが自分の父親から聞いた話では、アリス宅から近い場所ではこのような事があった。増田と言う煙草屋のおばさんの妹が時々店を手伝いに来ていたのでアリスも良く御菓子を買いに行って知っていた。その女性が前からいなくなっていた点についてだった。それは昨年の秋、隣町を繋ぐ橋の前で交通事故で亡くなったと言う事だったが、それも理不尽な殺人事件であり、単に悲惨な事故と言うものでもなかった。そう。それは、「嫁と喧嘩してむしゃくしゃして乗用車を走らせていた一人の男が、自分でそっくりな嫁と似ていたが為に、間違えて道路で見掛けた女をそのまま思いっ切り轢いたらしい。人違いされて轢かれた人が、その店のおばさんの妹さんだった。」との事だったそうだ。アリスは絶句した。何て無残なのだろう、そして提灯小僧はそこにも出ただろう、と。アリス宅の近所でもそのような殺人事件とかはあったそうだ。そして死んだ人間はもう戻る事はない。心の狭い人間は世の中に多くいるものだ、とアリスは次第に痛感して行った・ そろそろ、提灯小僧を無理に呼び出してでも、一刻も早く倒さなくてはならないのではないかと、院主さんと話をしたりした。このままでは怨霊やゾンビを支配下とする提灯小僧によって、日本中、いや世界中が支配されてしまうと……。この世界が提灯小僧のものになってしまうからどうにかしなければならないと思い、また三種の神器の事を思い出したのだった。  そう考えた翌日、何者かによって、動物園の、豹のいる檻が破壊された。日曜日だったので、中に人は多かったのだ。破壊された檻は、何と高温で熱せられたようにねじ曲がっていたのだった。あまりにも不自然だ。誰かが火炎放射機でも発射したのか。今度は何処の何処の気違いか…?ん…待てよ……?  すると、近くにいた、男女含んで六人もの制服を着た不良グループのうち三人が、全員、やられてしまった。 「お、おい!大丈夫かよ!?」 「きゃあああ!」 「ひいい!豹だ!次はこっち来るぞ!!逃げろ!!」 「ガルルルルルルル!!」 「ウグワッ!」 「うぐう!」 「ひっ!!」 三匹の豹(父豹と母豹と、大分成長した子供豹)によって、残りの三人もあっと言う間にやられてしまった。他の観光客は、とっくに管理センターの方へ非難している。 豹の檻の傍には、ボロボロになった制服とぐちゃぐちゃにされた内臓を残して倒れている、高校生の無残な死体があった。女子の不良の中には、スカートの下の脚、特に太腿や膝下の脛の肉もところどころ食い千切られている子もいた。酷いやられようだ。白いルーズソックスは血塗れで、まるで赤白のルーズソックスだった。一人、素足の女子高生ヤンキーは、脛も沢山齧(かじ)られている。  アリスは生のニュースを御寺の御堂のテレビで院主さんと見ていて、急いで三種の神器を取り出したのだった。警察やレスキュー隊がもう早くに動き出したらしい。アリス達も急いで駆け出して行った。導夢も一緒だった。提灯小僧の仕業かどうか分からないが、提灯小僧は、あそこに必ず現れるだろう、と。ゾンビもきっと出るに違いない。  その時だった。三種の神器が、途中で再び強く光り出したのだ。  最初に光ったのは、天叢雲剣(草薙の剣)だった。  そして、何やら遠く離れた向こうから響き渡るような声が聞こえる。もうすぐ動物園の近くに着く頃だった。 「少年よ。今こそ、この剣(つるぎ)を、天高く掲げるのだ!!」 そう。まるで剣の中から聞こえるようである。剣の目の前と言っても良いかも知れない。まるで剣が喋るかの如く、になるだろうか。 「え!?剣を!?だ、誰??」 また剣が答えるかのように聞こゆる。 「我は、須佐之男尊。長年を経て、三種の神器は、再びやりたい事を見付けたようだ。さあ、少年アリスよ!剣を翳せ!そして行け!」 「アリス君!私にも剣の中からの言伝(ことづて)が、聞こゆるぞ!さあ、やりたまえ。急ぐのだ。」 院主は催促した。 「よし!!」 アリスは、思いっ切り、片手に持ったままの天叢雲剣を、空高く翳した。 すると剣はまた光り出し、刃の部分は何と、銀から黄金へと色を変えたのだった。 「おお、金色だ!黄金の剣(けん)だ!」 とアリスは驚きの余り目を輝かせて言う。 「凄いな!!」 と横にいた導夢も言う。 「うわ!何か出て来た!」 その時、頼もしそうな剣士のような姿をした男が姿を現した。弥生時代の人が着るような、白い着流しのような物を着ている。半透明で、宙に浮いている。見るからに神様か精霊のようでもあった。 「私は、須佐之男尊と申す。少年、これまで良く頑張ってくれたものだ。褒めて遣わそう!だが、戦いはこれからなのだ。今、その剣は、『忍耐と希望の剣(つるぎ)』と呼んで良かろう!物も人間と同じく、やりたい事を新たに見付ける事が出来る。それを現在、漸くにして見付けられたようだ。さあ、残りの二つの神器も、現代の、新たなる三種の神器として生まれ変わるであろう!」 こう告げると、彼は剣の中へと姿を消した。 「あれは、嘗(かつ)ての……?!」 「正しく、須佐之男尊の、御魂(みたま)のようだ。この時代にあのような者は生きている筈はないからな。」 「そうか。」 アリスは言うと、導夢は目を大きくした。 「う、うわ!次は、俺の持ってるこの玉がポケットの中で……!」 と導夢は、ポケットから八尺瓊(やさかにの)勾玉(まがたま)を取り出すと、それは輝きを放ち始めた。 「おお!これもアリスの持ってる剣(けん)と同じく、黄金色に変って行くぞ!」 流石の導夢も驚き、アリスより声を大きくして言う。赤かった勾玉は、次第に黄金色に変って行ったのだった。 「我(わ)が名は、玉(たまの)祖(おやの)命(みこと)。玉造部(たまつくりべ)の祖神であり、古くから勾玉を作る役目を持っておった。それは、只今、『熱意と誠意の勾玉』に変わったのだ。さあ、それを何でも良いから、老人の持つ杖に当てがえ!高齢の者より扱いを受ける事で、その玉と杖は初めて偉大な力を発揮出来るのだ。長年の熟された思いによる力でな。それで『熱意と誠意の杖』が出来る!その杖を、邪悪なる提灯小僧や死霊を葬る為に役立つ筈だ!杖を掲げて邪悪な物や悪霊に向ける事で、慰霊の念を込めた火の玉が飛び出す!炎の壁を張って敵の攻撃を防衛する事も可能だ。」 「ええっ!?杖に!?攻撃魔法が使えて、ガードも出来るのか。へええ。」 と導夢は少し嬉しいような困ったような表情になった。 「杖か。僕の家では御爺ちゃんも御婆ちゃんも持っていないなあ。」 「俺の所も、爺ちゃんも婆ちゃんも元気で丈夫だから、杖はないな。あ!そうだ!小池の所…!小池の所の、九十歳ぐらいの爺ちゃんが持っていたと思うぞ!それも、小池の家は、もう近い!動物園の近くにある!小池の家へ急いで行くか!」 「そうだね。」 「成程。それは急がねばならんな。」 と院主も言う。 このように話しながらも、早歩きで三人は進んでいる。 「おっ!最後は、案の定、私の持つこの八咫の鏡が光り出したぞ!」 その時、飛び出して来たのは、あの少女、兎だった。 「う、兎さん。」 「誰かの女の人の声が、私に、鏡の向こうへ出ろって言って、私はこうして押されるように出て来たわ!あら、アリス君達、御揃いかしら?」 「アリス!この人、もしかして、幽霊?」 「うん。でもただの幽霊じゃないんだよ。強い心、意志を持って、山奥の廃病院にずっといるんだ。兎さん。今から、僕達は提灯小僧を退治しに行くんです!」 アリスは途中で兎の方に向き直って行った。 「そう!じゃあ私も協力するわ!あ、その鏡、また光ってる…。」 「おお、光に染められるかの如く、黄金色に変っているな!よし、これで全部黄金になったな!」 「わしは、石凝(いしこり)姥(ど)命(め)と言う名の、女の神じゃ。さあ行くが良い!その鏡は、最早、八咫の鏡とは呼ばぬ。今からその物は、『愛と勇気の鏡』じゃ!戦闘の時に、結界を張る事の出来る力を持つ!現代では英訳されて『バリア』と良く呼ばれるものになろう!それからな、掠り傷程度なら、癒せる力も持つのじゃ。さあ行くのだ!皆の者!」 着物を着た老婆のような姿をしていた。それもまた、鏡の中へ姿を消した。 「石凝(いしこり)姥(ど)命(め)だったのね。」 と兎。 「彼女が、その鏡を作ったのじゃったな。」 と院主。 「これで、平成の三種の神器なる物が、揃った訳だね!!」 と導夢。 「その通り!!!さあ!!いざ行け!!!」 先程姿を現した神々一同の声が大きく響いて来た。それぞれの神器の中から……。 「僕達にだけ聞こえる声なのかも。あの姿も……。」 「ああ。」 「で、私だけ声も姿も見えるのね。」 「さあ、先ずは小池の家へ急ごうぜ!きっと貸してくれるよ!」 と導夢は先頭を走りつつ皆の方へ向き直りながら言う。  小池美智雄の家へ着くと、インターホンを押した。流石の豪邸だ。 「おお、アリスと導夢じゃないか。ん、ああ、あの御寺の和尚さん。どうもこんにちは。ん、そこの綺麗な女の人は……?」 「こんにちは。話は後だよ。」 とアリス。 「美智雄、すまん。御前の御爺さんの持ってる、杖を貸してくれないかな。」 「え?杖を?まあ良いけど。」 「おお、これは皆さん。」 すると、奥の座敷から、老紳士のような男性が出て来た。前髪はオールバックではないが、綺麗に後ろへ固められている。灰色をしたスーツのようなズボンを穿き、白い長袖のワイシャツを着ている。これが私服だろうか。 「爺ちゃん。杖を貸してくれるかな?」 「皆さんのしようと思う事は分かっているよ。これを持って行きなさい。杖は、わしは三本も持っておるからの。」 こう言うと、玄関前の下駄箱の横の傘立てに刺してあった、焦げ茶色の杖を取ってアリスに差し出した。 「ありがとうございます!!」 とアリスと導夢は口を揃えて言う。 「うちの爺ちゃんは町長さんだったからな。人を見る目も鋭いんだよ。」 「では、必ず御返しします!」 「いや、別に構わんよ。」 と美智雄の祖父は柔らかい笑顔で言った。 「後で何があったのか教えてくれよ。」 と美智雄はアリス達に言う。 「分かった。」 とアリス。 「御邪魔しました。」 と四人は口を揃えて言うと、小池家を後にした。 「さあ、動物園はすぐそこだ。行くよ。」 「わあ!杖と勾玉が!」 「おおお!!」 「凄(すげ)ええ!!やるな。」  この時、杖と勾玉は空中に浮かんで、輝き出す。クロスして一体になり、更に強く眩しく光り出した。アリス達が反射的に目を瞑(つむ)ると、黄金と茶色が合わさった、輝く黄土色のような色の杖になった。 「そう。ここにして今、『熱意と誠意の杖』と言える物に成せたのだ。」 勾玉の中から聞こえたあの声だった。 「動物園の入り口前に着いたぞ!!うわ、ゾンビだ。」 「もうこんなにまでなっていたとは!この中には生存者はいないのか?周りには多量の血が至る所に飛び散っている!それに、あの提灯行列…正(まさ)にこれは………。」 その時、スーツを着た男性と女性のゾンビが襲い掛かって来る。受付の人だったのだろうか。そして入り口前ばかりか、動物園中に、真っ赤な提灯が張り巡らされている。 「今こそ、これを!」 アリスは、その「忍耐と希望の剣」を大きく掲げた。 「ハッ!…………これはやっぱり凄いな!」 ゾンビは真っ二つに切り裂かれ、そこへ倒れて動かなくなった。 「くくく、来おったな!小童共(こわっぱども)!」  提灯小僧が、ついに姿を現した!! 「提灯小僧!!」 「あれが妖怪、提灯小僧なのか!!?」 「うん!!」 導夢が聞くと、アリスは答える。 「気を付けなさい!前よりもかなり強い妖力が感じられる!」 院主はアリス達に忠告する。 そこで提灯小僧が怒鳴った。 「やい!いつもいつもいつも、俺の邪魔ばかりしおってからに!もうそろそろ堪忍袋の緒が潮時を迎える頃(ころ)合(あ)いだぜ!!むむむ!そ、それは!いつ黄金になったのだ!それでハッタリのつもりか!?ふっ、まあ良い。三種の神器とか言ったな。成程。それがあるから、これまで私の邪魔が出来た訳だな。さあ、それも全部こちらに渡しても貰おうか!!」 「何だと!?誰が、御前なんかに…………渡すもんか!」 とアリス。 「ほう。では、向こうの豹の檻を、俺が灼熱の火炎を吐き出してドロドロに溶かしたように、てめえらもそんな風にしてやるとでもしようかの。」 「何いいーーっっ!そんな事まで!も、もう許さんぞ!!」 とアリスは怒鳴った。 「相変わらず、威勢だけは一人前のようだな。だが!最早そうは行(ゆ)かぬ!ここまでに成したこの魔の力を、今こそ思い知らせてやる!!ふっふっふ。見るが良い!!」 提灯小僧の体は、紫やら黒やら何やら複雑な分からない色に点滅を繰り返しながら、邪悪らしい光を放ち始める。 「来るぞ!!提灯小僧が…………。」 と導夢。 すると提灯小僧は、大きくした目を吊り上げて叫んだ。 「今こそ見るが良い!!静岡の富士山麓の、青木が原樹海を彷徨う亡霊達から頂いた怨念の力を!!」 「行き倒れも自殺者も多い、あの富士の樹海からか!?」 と院主。 「大変そうだけど、これはやるしかないようね!私も勿論協力するわ!」 と兎は片手を胸の前で握り拳にして言った。 「俺もやるぜ!行くか、アリス!」 「うん!そうさ!導夢!!」 「うぬぬぬ!!やるのか、こうまでになったこの私に、勝てるかな!?もう邪魔はさせんぞ!昔の、ぶらぶらしたような提灯小僧ではない!!」 「アリス君、導夢君、院主さん!気を付けてね!大切な命はくれぐれも落とさないで。」 「分かってる。大丈夫だよ。力を合わせれば。……やい!提灯小僧!理不尽な殺人祭りもゾンビ祭りも、これまでだ!……覚悟しろ!」 「ほう。何故だ?普通の祭りなんぞは、出る物も決まっておるではないか。屋台や御堂の前で戯言(たわごと)ばかり垂れて他愛も無い戯(ざ)れ事(ごと)を催して、ぶらぶらと家へ帰るだけの、つまらん物だ。だがな、この殺人祭り、幽霊祭り、ゾンビ祭りは、無数の生命ある限り、限りなく愉快に広がるぞ。この広大無辺なる地上にな。命は死んでも死にきれぬ。霊魂は永遠だ。美しい提灯を照らす為の、華麗なる品となる!!良き道具よ。」 「人や動物の命は、道具なんかじゃない!御金とかで買えるような品物でもないよ!命は、大切な命だ!!かけがえのない物さ!!!」 「そうだ。アリス君の言う通り。貴様のような奴に扱われるような奴隷ではない!役目を終えては次へ次へと移ろい行(ゆ)く、旅人や冒険家のような一つの宝だ!」 と院主は力強く言う。 「宝だと……。ふふはははははははは!!その宝は……宝は、俺が一つ残らず頂いてやるわ!!」 「提灯小僧!覚悟!この剣で御前を……。」 アリスは剣を構えて向かって行くが…………。 「フンッ!フワアアーーッ!」 「うぐわっ!!」 提灯小僧は、ドラゴンの如く、口から大量の炎を吐き出した。アリスは慌てて避(よ)ける事が出来たが、暫く辺りの芝生等が炎上して、アリスは提灯小僧のいる方までは足を踏み出せそうにはなくなっていた。 「やっぱり、火を噴くんだな!ドラゴン小僧でなくとも、やっぱり提灯小僧だな。」 と導夢。そして院主も、 「矢張り奴は提灯の心そのものの具現化、いや火の付いた提灯の親玉のような物か??」 「手強くなってるわ!皆さん注意して下さい!」 「ハッハッハッ!!俺がこれで直接斬り殺してゾンビになった者共が殆どだぜ!!まあ、他には焼き殺された者やゾンビに食われてゾンビになった者もいるがな。てめえらも殺されてゾンビになりてえか!!それとも焼き魚のようにでもなって動物ゾンビ共に食われる方が良いか?」 提灯小僧は、持っていた、鍔(つば)の無い包丁のような刃(やいば)の長い刀をぶんぶんと振り回しながら脅すように言った。全然余裕そうにしている。 「えい!やっ!」 「フンヌ!フンッ!」 アリスと提灯小僧は斬り合いをしている。その時だ。 「タッ!!」 「んん!!」 アリスの方はうちに、提灯小僧の胸部を深く突き刺し、引き抜いた後、胴体の橋をザシュッと切り刻んだ。 「く…………。」 「どうだ!提灯小僧!」 「おお!アリス、ついにやったか!」 と導夢が歓声を上げる。 「アリス君。」 と院主も絶句している。 「やるじゃねえか、小童(こわっぱ)よ。」 アリスは提灯小僧を無言でじっと睨み付けたままだ。 「…………だが、そこまでだな!!」  この時、提灯小僧の体はこれまでに無い、天空まで届きそうなぐらいに巨大化したのだった。 「提灯小僧が、デカくなったな。こんな事初めてじゃないか。」 と導夢。 「来る!!」 続いてアリス。 「気を付けて!!」 兎も忠告を言う。 「戦うしかないようだな!!」 と院主。 「馬鹿め!戦ってどうにかなると、いつまでも思うなよ!なっはっはっ!!これでどうだ。」 提灯小僧の身体が今度は大きく膨れ上がり、破裂するのかと思えば、提灯小僧の身体は、……まるで色々な人間や動物の死肉をパーツにして寄せ集めたような、またあの病院で進化した野犬達のターミネーターように、提灯小僧が姿を変えた。黒や焦げ茶色、黄土色が混ざったような、見ていて気持ちが悪い。上部には、大きな目玉が三つも剥き出しになっている。まるで肉片が集まって巨大になった、マッチョな三つ目小僧のようだ。 「あれが、提灯小僧が進化を遂げた姿!?」とアリスは驚嘆するが、そんな場合でない事はアリスは分かる。そしてアリスは更にこう告げる。「へ、へん!こ、こ、こんなの、御約束のパターンさ!色んなロープレゲームとかやってるから、分かるもんな!く、来るなら来い!提灯小僧!醜くなった化け物めい!!」 「肉の塊のような、マッチョな三つ目小僧みたいになったな。確か、ぬっぺふほふとか言う妖怪も、死んだ人間の肉の塊で出来てるらしいけど、あれと似ているな。でもあいつには開いた目がちゃんとある。でも、絶対やっつけてやる!!」 と導夢。 「行きましょう!!」 と兎。 「私が念を押すが、気を付けたまえ!!」 「アリス!三種の神器を!」 「うん。」 アリスは「忍耐と希望の剣」を構えた。 導夢は、「熱意と誠意の杖」を構えた。 兎は、「愛と勇気の鏡」を両手で構えた。 「者共(ものども)!かかれ!」 その時、複数の人間の姿をしたゾンビが現れて、豹や虎、象やキリンのゾンビがぞろぞろと現れた。狐や狸のゾンビも出て来た。アリス達の方へ向って来る。 「うわ!一杯出て来たな。危険な奴から倒すか!」 と導夢。 「ええ。それがいいわ。」 「よし。」 とアリスは剣を前に突き出すようにしながら言う。 「くっくっく。御前らもワシの仲間になれば良いものを!愚かな!負の力は膨大な量と質がある事を知らぬか。愚かな。」 と提灯小僧はにやけながら言う。 アリスは、黄金の輝きを放つ剣で、ゾンビ達をスパスパと一閃で倒して行った。小学生でも扱える剣で、素晴らしい物だ。流石は三種の神器の一つだ。 人間ゾンビを次々と薙ぎ倒し、豹を二匹斬った。すると最後の残ったゾンビ豹が飛び掛かり、アリスの右腕をバンと引っ掻いた。 「うぐっ。」 「きゃっ。大丈夫?アリス君。はい。」 兎が鏡から、輝く癒しの力を放つと、アリスの傷は次第に癒えて行った。 「ありがとう。兎さん。まだ浅い傷で良かったよ。あ、兎さん、後ろ。」 「え?えいっ!!」 兎は鏡を上に掲げるとバリアが現れ、豹を弾き飛ばした。そこを、アリスが剣を豹の腹に突き立てた。 「動物達が可哀想だけど、仕方ないよね。」 「ええ。」 一方では、導夢が杖から火の玉を放って、ゾンビを焼き払って行った。そこで、導夢は炎で出来たバリアを張った。 「おし!このまま体当たりだ!」 導夢は、バリアを張ったままの状態で、ゾンビ達目掛けて体当たりする。ゾンビは倒れて行くが、まだまだいる。院主は、残りのゾンビ人間や、狐や狸のゾンビを、木刀で殴り付けたりしている。やがて、少なかった人間のゾンビはこれで全滅したようだ。虎ゾンビも火達磨になって死んだ。 院主達は、虎や人間のゾンビがいなくなると、今度は向こうから、チンパンジーやオランウータン、熊のゾンビまで現れた。 「象や熊は、協力して倒そう!!」 と導夢はアリスの方へ向き直って言う。  その時、象の突進で、院主は向こうへ五メートルも吹き飛ばされてしまった。 「院主さん!!」 「私は大丈夫だ。」 「よくも院主さんを!提灯小僧の命令でも許せない!」 「私も協力するわ!私はもう死んでるから大丈夫!」 と兎も走って来て言う。 「これでどう。」 兎は鏡からバリアを出し、傍にいたキリンのゾンビは威力で押されて、ゾンビ象の方へ倒れ込んだ。象はパオオーーンと痛そうに悲鳴を挙げている。 「はっはっは!!面白い!もっとやれ!やるが良い!!!」 と提灯小僧は横で高笑いを繰り返しながら言う。 「喰らえ!!」 と導夢は思いを込めると杖から大きな火の玉が飛び出し、アリスは剣で何度も象やキリンを斬り付けた。 アリスはキリンの脚でバシッと蹴り飛ばされたが、めげずに再び剣を振り翳(かざ)した。頭部、そして目や胸を中心に斬る事にしていた。 「ババオオーーンッ!!」 と象は悲鳴をあげたまま、息絶えた。キリンも、もう動かなくなっていた。 「次は、あの熊か。」 「やるしかないな!!」 「アリス君達!猿とか狐とか狸とか、他のゾンビ達はこの私に任せて、あいつを力を合わせて倒したまえ!きっと出来る!!」 院主は木刀を構え直しながら言う。 「う、うん!分かった!」 「熊が来るわ!!」 片目の潰れたゾンビの熊はウウーーッと唸りながらこちらに向かって来る。 「火の玉を幾ら放っても手強いな。」 「胸や腹を刺したのに、まだ死なないよ。」 「バリアで一度弾き飛ばしましょうか。」 兎は鏡から聖なるバリアを張って熊の方へ走って行ったが、熊はほんの一メートルぐらいしか吹き飛ばなかった。 「流石は、耐久力のある熊だな。」 と導夢。 「首を斬り落とせば終わりかな。」 アリスは向かって来る熊に注目しながら言う。 「アリス、今だ!!」 導夢は、杖から放ったバリアにより、熊の動きを止めている。熊は火を恐れているようだ。 そこを、アリスは熊の首目掛けて斬り付ける。 「まだか!!」 首を斬っても、熊は足と胴体だけでまだ動いている。 「何でなんだよ。」 「少年アリスよ、諦めるでないぞ!!」 須佐之男尊の声だった。剣の中から響いて来るようだ。それは、アリスの頭の中に響いて来るようなものでもあった。 「そうさ。一か八か。ここは!!」 アリスは言うと、熊に真っ向から向かって行った。 「ヤーーッッ!!!」 「おお、アリス!」 アリスは、熊の身体を首から尻まで、真っ二つに切り裂いた。 真っ二つにして倒れた熊は、これでもう動かない。 「アリス君、ついに熊もやったのか。でかした!!」 院主は、チンパンジーや他のゾンビ達を片付けながら、振り向いて言う。 「まあ、やったけど、ね。」 アリスは軽く引きつったような微笑を浮かべて行った。そして肩で息しながらフウフウ言っている。  ここで漸く、他のゾンビを片付けた院主はアリスの近くへ来て言った。 「アリス君、君ならここまでやってくれると思っていたよ。……う、兎君。君の持つその鏡の力で、ちょっと御願い出来ぬか。左腕と背中をやられてしまってね。」 「はい。これぐらいの傷は大丈夫です。」 兎は鏡から力を放ち、院主の負った傷も治した。 「ゾンビ達はもう皆片付いたのかな。」 とアリス。 「そのようだな。生きている動物なら、まだ何匹かは檻の中にいるだろう。」 と院主。 「良かったわ。後は、提灯小僧ね。それにしても、これは可哀想過ぎるわね。」 と兎。 「うん。」 とアリスも、眉を八の字にして表情をしかめて言う。 「ふん、やりおるな!!だが…………。」 「提灯小僧め!それ以上、生き物を殺してまでゾンビにして襲わせるような真似は許さんぞ!」 「真似だと?俺様のオリジナルに生み出した特技のつもりだったんだがな。誰の真似をしたと言うのでもない。」 「提灯小僧!今度こそ覚悟しろ!」 「まだ言うか!日本中、この世界中!そう、地上が死霊やゾンビで埋まれば、それらが生ける者、その世界がそやつらの息とし生ける世界だ!正しい答えなぞ、この俺様が今ここで創造してやる!さあ覚悟せよ!!」 「やかましい!!行くぜ!!」 と導夢も叫ぶ。 「そうじゃ!私も全身全霊でやるぞい!」 と院主も、提灯小僧のところに顔を向けつつ、目は横眼でアリス達を見ながら言う。 「私も提灯小僧を打倒して見せるわ!!」 院主は木刀を構える。弓矢や竹槍も用意した。そして、三人はそれぞれの三種の神器御両手一杯に抱えている。 「んん?御前は、白井兎と言ったな。生きている人間ではないと来ている。どうじゃ?今すぐ俺の仲間にでもなるなら許してやるぞ。」 提灯小僧は兎に言う。 「嫌よ!アンタのような悪い妖怪の仲間になんてならないわ!それに、私はアンタのせいで浴槽の中で命を絶ったんだから!!」 「そうか、なら仕方無いな。まあ何れは無理にでも全員を下部(しもべ)にそうしてやるんだがなああっっ!!その代わり、ゾンビや魑魅魍魎にな!!」 進化した提灯小僧は、また火炎を吐き出した。目の下には大きな口が隠れていたようだ。 「おっと!また更に凄い火炎だ!温度は半端無いな。わわ、あっちの壊れた檻が、全部溶けたぞ!!鉄で出来てる筈だけど。」 「あれは、この世のただの炎ではない!まるで獄炎だ!気を付けないといかんね。」 と院主は言う。 「ふっふ。流石(さすが)は、仏教の世界を勉強した者だな、そこの坊主よ。今のは、焦熱地獄に近い灼熱の炎に当たるぞ。実を言うとな、俺はこれからもどんどん妖力を極めて、八熱地獄の中の大焦熱地獄、そして最下層の無間(むげん)地獄の炎まで使えるようになろうと思っておる。最下層は阿鼻地獄とも言うがな。そこまで行けば、この世の物質等、全て糸屑のように一瞬にして軽く焼失させる事が出来る。貴様らなんぞは、屁でもない。世界一の、いや異次元の地獄や三千大千世界で最強の熱い提灯、最強の死霊遣いとなるのだ!!その為に、先ずは貴様らを片付けねばならん!!」 「させるもんか!この三種の神器がある限り!」 とアリスは性格に似合わず、これまでにない程に熱くなっている。 「それもよこすのだ!尊(とうと)い命とついでにな!」 今度は、鋭い爪の付いた大きな手で叩き付けて来た。 「地球は、地上の世界は俺達が守るしかないな!!」 「その通りだ!!」  アリスは、剣でその手を突き刺した。掌(てのひら)の半分は砕けたように見えたが、すぐに再生してしまう。 「ふっはっはっ!!」 今度は大きな足で踏み付けて来る。兎は、バリアで持ち堪(こた)えようとしているが、苦しそうだ。 「はっは!!小娘!!御前も地獄の苦しみを味わうが良い!!」 「身体の部分は、死んだ生き物の肉が混じっている!焼き肉にしてやれるかな!」 導夢は、こう言って火の玉を放つ。足の甲や足首の辺りにも放った。 「むっ!!」 提灯小僧は、足をどかしたが、苦しそうな声はあげなかった。 「くっく。くすぐったいぐらいかのう。行くぞ!!灼熱の眼差(まなざ)しを!!」 提灯小僧は、三つ目の真ん中の目玉からレーザー光線を出した。それは街灯を降り、街灯が倒れて来る。 「危ない!」 導夢は、走って来てアリスをさっと抱えて一緒に避けた。その光線は、導夢の肩を掠ってしまった。 「うわっ!!」 「大丈夫?それっ!!」 兎は、鏡の力で導夢の肩の傷を治療した。 「ありがとう。兎さん。でも何か、身体の中が熱い。火照(ほて)ってる。」 「危ないところだったわ。」 「導夢君は、今ので熱が出たかも知れん。」 「ええ!?」 とアリス。 「肩や膝を銃で打たれても、熱は出るそうだね。」 と導夢。 「後で熱冷ましを飲ませてあげよう。さあ、提灯小僧が来るぞ!!私もやろう!!」 院主は、弓矢を三本ぐらい放った。一つは左目に当たった。残りは腹、肩と命中はしたが、目以外のところは、余り応(こた)えた感じがしないようだった。 「うっ!目が!おのれ。まあ良い。放っておけばこれは元に戻る!!他の部位は痛くも痒くもないわ!!」 「提灯小僧!これも喰らうが良い!アリス君、続くのだ!!」 院主は、竹槍を数本投げ付けると、木刀と竹槍を持って奴にかかって行った。アリスも後に続いて向かって行く。 提灯小僧は、火の玉を噴いたり手足を振り上げたり振り下ろしながら、二人とやり合っている。 「こいつ、まるでサイクロプスやギガンテスが三つ目になって知力まで加えられたような奴ですね。本で色々な怪物や幻獣が出て来たのを読んでますが。」 「ああ、こやつは相当の強敵に当たるだろう。人々の邪念まで吸い取り、自分の栄養源や魑魅魍魎にまでする。怨霊や死体をも自在に操る事が出来る。放っておけば幾らでも強くなる。」 「うおらあああっ!!小癪(こしゃく)な!!」 「うわっ!!」 「院主さん!!」 院主は、ビンタで弾き飛ばされてしまった。案内板にぶつかった。 「よくも院主さんを!!この!!」 アリスはその右腕を薙ぎ、斬り落としたが、すぐまたこれも再生するだろう。 「ふん!いい加減観念したらどうだ!ただの小僧めが!!」 「黙れ!!提灯の化け物め!!醜い妖怪め!!」 「ただの提灯に見えるのか!俺の使う、俺の中にある提灯が!」 アリスは、身体のあちこちの部位を剣で斬り付ける。提灯小僧はそれでもあまり痛がらないようだ。傷が付いてもすぐもとに戻る。 「やっぱり目を狙った方が良いのか。」 「愚かなか弱き人間達よ!おぬしらが、この私を強くしてくれたようなものだぞ!理不尽な殺人でな。」 「そんな人間ばかりじゃないよ。誰でも、心に闇を持つかも知れない!!でも、その闇に負けないように尽くすのが人間だよ。最初は誰もそう強くはないんだ!!」 とアリスは更に声を大きくして叫ぶように言う。 「ふっ!!その人間が、他愛の無い争いで、いつかは我が身を滅ぼすのだ!!」 アリスは、デコピンで吹っ飛ばされた。 「イテッ!!」 アリスは尻持ちを結構強く突いた。  その時、導夢が援護射撃を放ってくれた。一番大きな火炎弾としてそれは、提灯小僧の真ん中の目に見事に命中し……。 「ぎゃあああ!!」 「提灯小僧が、かなり痛がってるぞ!!」 「効いたのか!!」 「あれじゃ、もうあの目は再生しないかも。」 「もしや、『目には目を。』って事が効いたのかも知れん。」 と院主は感心したような様子で言った。 「あの『目には目、歯には歯。』が?」 とアリスは問う。 「うむ。火を放つ目に、火の攻撃に最も弱かった感じじゃな。邪悪な火は、聖なる火によって抹消されたようだ。それであの目はもう蘇る事はない。それと、導夢君の、その熱き心も備わっている。情熱がな。」 「俺は熱も出てるんだけど。」 「導夢、凄いや。」 「そうか。この杖の御蔭だろ。俺は平凡な野郎さ。」 「ううん。そんな事ない。」 とその時だ。 「俺の事を無視して、そうやってそこでごちゃごちゃ話しておるのか!!おらっ!!」 「まだ来る!!」 提灯小僧は、両手をロケットパンチのようにして、両腕を飛ばして来た。四人とも飛ばされた。 「ぬおっ!いかん!」 「痛いっ!!」 「うわ!」 「アリス、皆、大丈夫か!おお、イテテ!クソ!」 「後は、どう奴を……。」 流石の院主もうろたえ始めたが……。 「そうだ!はっ!」 アリスはその剣を提灯小僧に投げ付けると、右目に命中した。 「ぐおおおお!!ふん!目はもう一つあるわ!覚悟せい!!俺を本気で怒らせたら、どうなるか…………。」 提灯小僧は、また口元に炎を溜め出した。地獄の力を借りて来てそれで炎を作り出しているのだろうか、とアリスも院主も思った。 「ここは私も、出来る限りを…………。」 「兎さん!!」 兎は、鏡を地面に置き、両手を合わせて目を閉じた。そして祈りを捧げるようなポーズを取った。  蒼白色をしたようなオーラがかすかに輝き、兎を包み込んだ。 「兎君!?大丈夫か!?その力は……。」 「…………。」 兎は答えない。黙って祈り続ける。そして再び鏡を拾った。 「兎さん!」 「兎さん!」 「この清心(せいしん)よ、今こそこの鏡と共に、愛と勇気を得てして、邪(よこしま)を……打ち払えよ!!」 オーラは、眩しい程に輝きを強くして広がった。そして兎は、提灯小僧の元へ飛び込んだ。 「何を!!身体が、言う事を聞かぬ!!うぬぬぬ!!ぐはあ!頭も割れそうに痛(いて)ええ!おのれーーっっ!!何をする!!」 兎は提灯小僧の目の前で手を広げて全身から蒼白な光を放ち続けている。 「アリス君!今よ!チャンスだから。」 「え!?そうなの!?でも……。」 「早く!!あ、導夢君も早く!!」 「うん、分かった!」 「うん!」 「てめえらああ!!う、うおお!!」 提灯小僧は呻き続けるばかりだ。 「ヤアアーーーーーーーーッッ!!!」 「俺も!タア!!」 アリスは剣を抜いて提灯小僧の左目も突き、心臓に当たる、左の胸にも突き刺した。 導夢は、杖で頭部の頂(いただき)を思い切り突き刺す。 「やったのか!!」 「うぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!俺の野望があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」 進化した提灯小僧の身体はバラバラと崩れ落ちた。そこからは無数の光の欠片(かけら)のような物が、紫色の花弁(はなびら)のように散って行くのが見えた。 「これは、多くの亡くなった人々の御(み)魂(たま)か。残らず成仏して天に召されるようだ。良かった。」  気が付くと、もう奴の姿はなかった。真っ白な提灯が一つ、ぽとんと落ちているだけだった。後は、静まり返った動物園だ。 「やったのかな。」 「ああ。」 「そうじゃな。もう提灯小僧はおらんよ。完全に消えたようだ。」 「見よ、真っ白い提灯だ。あの提灯小僧の操っていた提灯は全部、赤かった筈であろう。」 「あ!そう言えば本当にそうですね!」 アリスは面食らった。 「私がよく預かる心霊写真でもな、赤い色をした光が映っている場合が、その霊の怨念が最も強いと言われておる。」 「そっか。それで、提灯小僧はあんなに赤い提灯に……。」 導夢は納得したように腕を組んで言った。 「そうじゃ。ここで提灯は、清廉潔白、つまり穢れのない白に戻ったのじゃろう。奴は、怨念を現す赤に提灯の色を自ら変えていたのじゃろう。」 院主は、汚れた白い提灯を見下ろしながらこう述べた。 「それで昔はあんなに無邪気だった提灯小僧が、人々の怨念の力に憑かれて、自らあんなに邪悪な妖怪に……。」 とアリスは述べた。 「その通りじゃろう。妖怪も、あのように人間の心によって創り出されたものである場合も多いと考えられるな。」 「そう言う事か。まるで自然と人間・動物との関係みたいだね。それと同じかな。」 とアリスは更に答える。 「そうじゃ、そうじゃ。」 院主は、柔らかく微笑むようにして目を閉じて言った。 「でもまあ、提灯でも実際は白もあれば最初から赤い提灯もあるよね。」 と導夢は笑って言った。 「それは色々なデザインを人々が考えているだけじゃな。純粋とか不純とかは関係は別じゃな。ほっほっほっ。」 「そうだ。あれは俺とアリスが最近よくする、キャッチボールみたいだね。自然によって創られた人間が、その自然環境を破壊して、その荒んだ環境の中で、人間はじわじわ滅ぼされて……。」 と導夢。 続いてアリスも、 「じゃあ妖怪も、何処かの人間が創り出して、その妖怪によって何処かの人間が被害を受ける。」 「その通りじゃ。よく解っておるなあ。流石。感心じゃ、感心じゃ。」 「やめて下さいよ。和尚さん。これぐらい、俺達の年では常識ですってば。」 導夢は微苦笑して言った。 「一般社会でも同じ事が言えるじゃろう。誰か一人がその企業や組織で変な事をすれば、その中にいる他の関係無い人間も悪い目で見られたりな、そのグループの全体の印象が自然と悪くなったりな…………。」 「そこまでになると、やっぱり理不尽ですね。」 とアリス。 「…………うむ。」 「あ、兎さん!!」 兎は、そこへ倒れていた。三人は無事だ。三種の神器もそこへ落ちている。剣と鏡、そして杖と勾玉が元通りに分離して、散らばっていた。 「兎さん!兎さん!」 「アリス君……。」 アリスが揺さぶると、兎はゆっくりと目を開けた。 「アリス君、良かった。皆さんも無事だったのね。私の最後の力が、役に立って本当に良かったわ。」 「え?最後の力?」 「アリス、院主さん。もしかして…………。」 「うん。御二人さんよ。兎君は、どうやら持ち前の清らかな心を輝きの力として有りっ丈振り絞り、邪悪な力を打ち破ったようなのだ。これで彼女も、この世からは……。」 「そんな……。」 「アリス君。私は前から幽霊なの。この世の人間じゃないから。」 「でも、兎さんは、生きた幽霊みたいなものだったじゃないか。」 「ふふ。そうね。」 兎は微笑して答える。 「アリス君、最後に兎さんを、ここで供養しよう。これで彼女は、成仏出来る。いいね?アリス君?導夢君も。」 「うん。」 アリスは目に涙を浮かべている。嫌だとは言いたくても言えない。兎は、前から幽霊であったのだから。 「兎君。君のような、穢(けが)れの無い純粋な強い心と意志を持った霊は久し振りに見たよ。生前から君はそう言う子だったのであろう。君に出会えて、私も良かった。一つ成長出来た。」 「兎さん。もう行っちゃうんだね。天国へ行っても、元気でね。」 「ええ。アリス君、皆さん。貴方達に出会えて、本当に良かったわ。私の分まで、元気で長生きしてね。アリス君、導夢君、和尚様。貴方達の事は、ずっと忘れませんわ。例え、生まれ変わる事があっても、ね。」 「兎さん。俺の事も忘れないでいて下さるんですね。」 と導夢。 「ええ。勿論よ。」 「見たまえ。太陽は一つしかないが、この世界全体を照らしておる。強い思いがあればな、そのお天道様の象徴となる太陽が、きっと皆を巡り合わせてくれる。きっとな。」 「そうですね。」 とアリスは微笑んで言う。 「だがあの提灯小僧は、その輝かしい太陽を、自分の操る怨念の力で大きくした提灯そのそのに作り変えようとした事は間違いなかった。この世が、生ける屍で埋め尽くされるところじゃった。危うく、闇の暗黒祭りに終わるところじゃった。」 「そうよ。私達が世界を救ったの。」 と兎は言う。 「さあ、私達で手を合わせて念仏を唱えよう。」 三人は、院主に合わせて念仏を唱え上げた。 「ありがとう。皆様。アリス君、初めてあの病院の浴室であった事も私は忘れないからね。さあ、御別れの時間よ。でも、さようならは言わないわ。また何処かで会えるかも知れないから……。」 「う、うん。きっと、そうだよね。兎さん。僕も忘れないよ。」 「ええ。頑張って生きて…ね…皆様なら大丈夫…その忍耐と希望があれば、どんな困難にも…打ち勝て…る………わ。」 兎は、無数の光の玉となってそのまま消え、その粒は天高く消え去った。 「ありがとう。ただ一つしかない命。かけがえのない友情、そして愛。勇気。守る物事は沢山あるわ。大切にしてね。」 「ありがとう!兎さん!『さようなら。』は言わないからね!きっとまた何処かで会おうね!忍耐と希望を忘れないよ!!」 「俺も誓う!!誠心誠意尽くして、熱意を込めて頑張るよ!!」 「うむ。天道へ入っても達者でいてくれたまえ!!兎君、この度(たび)、君の力はこの世で一番、偉大だった。」 院主も、アリスも導夢も、揃えて涙を流していた。  この時、院主は空を見上げながら言った。快晴ではなかったが、天気は悪くなかった。 「見たまえ。空はこんなに綺麗に晴れている。天気が悪ければ祭りは中止になるのと同じように、あの提灯の妖怪、提灯小僧も、雨が降る日は現れる事すら出来ないようだ。雨天等の日は、あの提灯小僧は、この次元に姿を現す事すら出来ないと見える。」 「やっぱりそうですよね。外の祭りでなくとも、提灯小僧は、蝋燭に灯された火の妖怪みたいなものでしょうね。怨念の炎も、地上の世界では出す事も出来ないものだったんでしょうか?」 「雨が降れば、奴は力を発揮出来なくなるからだろう。しかし、伝わる熱情や怨念のような心の炎は、雨天だろうが外を漂う事は出来る。しかし、奴は太陽の下である晴れの日しか力を出せないものだったのだろう。」 「おおーい!!」 その時、アリス達を呼ぶ声がする。 振り向くと、小池美智雄と、その祖父が立っていた。 「通り掛かった人とか、テレビ局にいた親父からも連絡を貰ってさ!!アリス、導夢達、凄いね!!三種の神器の力だって!?」 その後、アリスが提灯小僧を打ち破り、日本を救った話は瞬く間に全国に広がり、三人は一躍有名になった。だが白井兎の事は、特にこの世の人々には知られなかった。でも白いワンピースの少女が空を浮遊する姿は誰かがこの目で見たと言う。 三種の神器は、市の博物館に展示された。名前は、自然と「忍耐と希望の剣」、「愛と勇気の鏡」、「熱意と誠意の勾玉」と名付けられた。これも兎の力なのかも知れない。いや、あのそれぞれの三名の神の力によるものになるのかも知れない。 あれから二十年の歳月が流れた。人気ゲームライターとして成功したアリスは、同僚の女性と結婚して子供も産まれていた。それは可愛い女の子だった。アリスは、名前を「兎(うさぎ)」と名付けた。その兎と言う名の子供が五歳ぐらいになったその時、顔立ちを見て思った。あの時に廃病院で出会った、白井兎にとても良く似ている、と。まるでそっくりだった。 もしやと思いながら、アリスは考えた。 前世の記憶は、普通は残らないものだが、稀に残る場合があったり、また成長してから微かに現れる場合も無い事は無い、そして実際にあったと言う説もある。それでも真相は定かではない。  自宅では小説やライトノベルを書き、ファンタジーやSFの作家としていつかは独立する夢も見るアリスは、いつも忙しい頭を今日は掠めながら、出掛ける準備をしていた。 そう。地元の旅行会社へ勤める導夢は、添乗員になる夢が叶っていた。小池美智雄は、一流大学を卒業後、地元のテレビ局で人気アナウンサーになっていた。 今日と明日は、三人で同窓会を兼ねたツアーへ出掛ける日だった。導夢の勤める会社が企画した一泊二日の楽しい旅行だ。導夢は、丁度休みを取っているので、今日は添乗員ではない。 「さあ、夢のツアーへ出発だ!皆でいつかはこうする事が夢だったよね。」 とアリスはバス停で二人に言った。娘は、妻と留守番だ。アリスの嫁は、今日ばかりは皆で楽しんで来てね、と言って見送ってくれたのだ。二人の息子と一人の娘を持つ美智雄の嫁も、導夢の息子も嫁も、アリスの妻子と同じだった。温かく見送ってくれたのだった。  彼らの旅は、これからもまだまだ続く。自分の中にある妖怪と戦う時もあった。  生(せい)ある限り、夢、希望はこれからもずっと信じて追い続ければ良い。時には孤独とも戦い、挫けながらでも構わない。
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