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私はしばらく悪夢を見ていない。話し掛けても返事がない妹に挨拶だけを交わす。私の朝起きてからの日課は食事をとりながらテレビのニュースに目を向けること。そのニュースでは行方不明の少女の捜索が特集されていた。両親はそのニュースを見ながら胸を押さえていた。今の机の上には書類が散らばっている。その書類をまとめ、私より早く出かけて行った。そして少し遅れて私は学校に向かう。こんな毎日の中で私は今日も返事が返ってこない妹に「おやすみ」を伝えて床に就いた。
「ユンメイギャンブルへようこそ」
今日の夢は何かおかしな夢だった。やる気のないウエイターのような恰好をした男性がいて、カジノの賭博場のような場所で部屋の一室に連れていかれた。中には4人の女性がいた。私を含めこれで5人になった。
中にいたのは一人は有名な女優の平冴未美がいた。
「これですべてそろいましたね。これからユンメイギャンブルの説明に入ります。」
ユンメイギャンブル?聞いたことがない。
「目の前にあるのはブロックと呼ばれるものです。かける対象はこれからのあなたたちの未来です。最後にブロックが最も多く残った人にはあなたの理想の幸福が未来を、最も少ない量のブロックだった人にはあなたの望む理想とは逆行した不幸な未来が与えられます。このブロックは一夜に一度出た目のサイコロの数だけ箱に入れさせていただきます。」
完全に運で決まるゲームではないか。
「あの、一夜ってどういうことですか。」
「これは夢の中です。このゲームは五日にわたって行われるのです。」
まさか、夢だと断言する夢があったなんて驚いた。
「ただ、一つやってはならないことがあります。それは我々従業員や他のお客様、あなたたち同士との間にも危害を加えるようなことをしてはなりません。もし違反すると身に大変なことが起こります。今は言えませんが、決してカリギュラ効果を狙ったものではございません。」
このウエイターの今の言葉はどこか力が込められているように思った。しかしいきなりこのような賭博場に連れてこられて無理やりギャンブルをさせられるのが辟易した。まぁ、これで負けても死ぬわけではないのだから大丈夫だろう。そうしているうちにA~Eまで私たち五人は識別するための記号のようなものを付けられた。
あの女優の平冴(ひらさ)さんがDで、私はEだ。きっとここに入ってきた順番で決められたのだろうか。しかし、テレビで見る平冴さんはいつもニコニコしていて優しそうなのに、ここにいる平冴さんはそれとは打って変わっていつも不機嫌で小声で不満をぐちぐち言っている。心なしかたまに私の方をにらんでいるようにも思える。仕事とは全然別人なのだろうと感じた。まぁ、どうでもいいことである。
サイコロの結果、ブロックが残ったのははAさんが1、Bさんが3、Cさんが5、Dさんも4でEである私が6だった。
今回一番ブロック数の少ないAさんはブロックが増えるチャンスのある「ボーナスステージ」を行うため奥にある部屋へと連れていかれた。かえってきたAさんは常軌を逸脱していた。そして、ルールの違反となるウエイターへの暴力を行った。
あんなにやる気のなさそうなウエイターはAさんを止めるのに必死な様子だった。ルールを犯したAさんは駆け付けた数人のウエイターに抑え込まれながら別の部屋へ連れていかれた。すべては「ボーナスステージ」が原因だったのだろう。私は怖くなった。
目が覚めた私は夢のことをはっきり覚えていた。いつもならば見ていた夢に関してはすべて忘れていた。しかしAさんの絶叫が忘れられなかった。私もいつか「ボーナスステージ」を受ける日が来るのだろうか。そういえばAさんはあの後どうなったのだろうか。そう思いながら片手間でテレビを付けた。
「次のニュースです。昨夜港区で火事が発生しました。火は完全に消し止められましたが、会社員の北田美郷さん25歳一名が亡くなりました。」
そして亡くなった女性の顔が映った写真を見るとゾッとした。昨日夢に出てきたAさんだった。
「北田美郷さん、ではボーナスステージに移らせていただきます。」
「私の本名を知っていたのね。で、何をすればいいの?」
「あなたは自身が性感染症にかかっていると知りながら、その後も複数の男性と性行為を行い感染症を広めていきましたね?」
「え?なんでそんなことを知っているの?」
「あなたにはその事実について向き合ってもらいます。」
「いや、バレるわけにはいかない。」
北田は逃げ出した。絶叫した北田はウエイターを振り払い、四人の前に現れた。そして止めようとしたウエイターに暴力を振るってしまった。
学校が終わりもう夜になっていた。夢のことが原因で授業に集中できなかった。しかし私は勇気を振り絞って床に就くことにした。返事がない妹へ発した言葉は無意識に少し震えているように感じた。
夢の中に入ると私は二番目だったらしい。もうすでにBさんはいた。
「あ、Eさんね。私Bだから次がボーナスステージかなって思うと怖くなって。」
「アルファベットは関係ないんじゃないかな。サイコロでたくさんブロックが減っていく人の順番だと思う。私も眠ることが怖かった。」
「一緒に乗り切ろうね。」
「うん。」
そうしているうちにCさんとDさんも入ってきてゲームが始まった。
「あの、Aさんってひと、昨日亡くなった北田って人ですよね。ルールに違反したから亡くなったのですか。どういうことなのでしょうか。」
Dさんは強い口調でウエイターに問いかけた。
「私も罰則規定について詳しくは言えません。でもAさんがその亡くなった北田さんということは間違いありませんね。」
「何よ。遠回しにルール違反したら死ぬぞって脅しているようなものじゃない。」
「まぁ、ルールは守っていただけるならそのような罰則はないので。」
いや、そもそもこのギャンブルに負けたら不幸な人生が待っているのだが。まぁ、ルール違反をすれば死んでしまうが、違反をしなければそのようなことはいらしい。ただ、そのためには未知のボーナスステージを正気で乗り切る必要があるのだなと感じた。
サイコロの結果、Bさんが1、Cさんが3、Dさんが2、Eである私が4となった。ボーナスステージを受けるのはBさんとなった。
帰ってきたBさんは少しやつれているように感じた。しかし、ボーナスステージをやり切ったBさんはブロックの数が1だったのが最大の6にまで増えた。私はBさんに駆け寄った。
「がんばったね。よくやったよ。」
そして私は目じりに涙をためながら目が覚めた。
「今多杏さん。では今からボーナスステージに入らせていただきます。」
「あなたは大学時代のバイト先でやめる前日に横領をしましたね。」
「はい。当時私は1000円くらいならとポケットにこっそりしまってしまいました。それきりです。」
「そのバイト先の洋服店、あなたの1000円が原因で倒産したらしいです。」
「そんな、知りませんでした。」
「ここに当時店長だった神田さんがいらっしゃいます。何か伝えることはございますか。」
「神田さん、店が倒産した原因は私です。本当に申し訳ございませんでした。」
神田さんはゆっくりとした口調でいった。
「数年たってしまったが、謝ってくれて本当に良かった。倒産なんてことはあったが、私は第二の人生を歩んでいる。今多さんも頑張りなさい。」
「はい、本当にすみませんでした。」
その言葉は震えていた。
私が下校する途中に見慣れない車が停まっていた。不審者ではないかと身構えているとそこに現れたのはCさんだった。
「あなたはEさんね。私は福原穂波。ユンメイギャンブルではCさんと呼ばれている人よ。」
「私は夢野正美と言います。」
「早速だけど、ユンメイギャンブルについて。まずはルール違反した者は命を落とすということ。」
「はい、それはDさんが問いただしましたがウエイターの方にはぐらかされていました。でもそれで間違いないと思います。」
「次にユンメイギャンブルについてだけど、これは夢との関連性がわからないからまだ詳しいことはつかめていない状態。でも、何かの思考実験らしい。」
「あのウエイターさんの正体は?」
「それもまだわからない。でもその人も実際に生活していて、我々とは遠くの方に住んでいるのかもね。」
「そうですか。」
「そして、ボーナスステージについて。ユンメイギャンブルは5人参加で一人ずつ順番に回ってくると推察している。」
「つまり、あのサイコロの出目は調整されていると。」
「そういうこと。」
「そのボーナスステージの内容は何か知っていますか。」
「おそらく私たちが過去に犯した罪についてのものだと思う。」
「罪・・・ですか。」
「そう。」
「まぁ次のボーナスステージは私の番だけど、しっかりと向き合ってくるね。」
「どうか、気を確かに頑張ってください。」
私はまた床に就いた。また1回目や2回目と同じくユンメイギャンブルが始まっていく。一番ブロックを失ったのはCである福原さんで、ボーナスステージに連れていかれた。しかし、ボーナスステージから帰ってきた福原さんは凛としていた。私はやはり福原さんは強いなと感じた。
「福原穂波さん。では今からボーナスステージに移らせていただきます。」
「あなたは以前婚約破棄を行ったらしいですね。」
「えぇ。」
「その元婚約者の松山信二さんがいらっしゃいます。」
「信二が?少し話させてください。」
「えぇ、そのつもりで呼んできましたから。」
「ごめんなさい。あの時私は信二が浮気していると勘違いをして、でも後からそれが間違いだったことが分かった。」
「俺もあの時は穂波を恨んだ。でも今の妻が穂波の紹介がきっかけだったことを知ったから。その前になんでもっと早くに行ってくれなかったんだろうって。俺なら理解できたはずなのに。」
「私も何か信二に申し訳ない気持ちがあって・・・。」
「でも今になって話せてよかったなって。」
「本当にごめん。」
「ううん。もうそのことは忘れるといいよ。」
あと二日で私がボーナスステージに参加することになる。鼓動が高くなってなかなか寝付けない。いっそ二日間眠らなければ。いいや、今多さんも福原さんも自分のしてきたことに向き合ったんだ。私も向き合わなければ。しかしアルファベットの順にA、B、Cとボーナスステージが用意されていることは間違いないだろう。そんないろいろなことを考え込み、無意識のうちにユンメイギャンブルの賭博場にいた。そこにはDである平冴さんがいた。
「Eのあなたね。話すのは初めてかしら。」
「えぇ、あなたは女優の」
「そうよ。私はすべてを持って生まれた。あなたのような人を蹴落とすのが堪らないのよ。」
「そう、テレビで見るあなたと印象が全然違ってがっかり。」
「まぁ、処世術ってやつよ。あなたには一生使う機会はないでしょうけどね。」
「今日もエナジードリンクをたくさん飲んで眠りにつかないようにしてボーナスステージを回避しようとしたんだけどね。それも処世術の一つってやつ。まぁ、ここにいるということは無駄だったみたいだけどね。」
そうしているうちにBの今多さんとCの福原さんがやってきた。今夜もユンメイギャンブルが始まる。
前夜ではBさんが5、Cさんが0からボーナスステージで6に増えた。Dさんが1、そして私が3となっていた。
そしてまた順番にサイコロを振っていく。Bの今多さんが3、Cの福原さんが5、Dの平冴さんが0、私は1となった。やはりそうだ。一番ブロックの量が少ないDの平冴さんがボーナスステージに連れていかれ、それをもろともしない様子で帰っていった。ただ、表情が少しゆがんでいるように見えた。
「平冴未美さん。では今からボーナスステージに移らせていただきます。」
「えぇ、どうぞ。」
「あなたは中学生時代にいじめの主犯でしたね。主な内容は同じ女子生徒の全裸の写真を撮り、ネットにばらまく。校舎付近の外に手足を縛って放置する。ロッカーに閉じ込めるなどですね。」
「えぇ、そういったことはしていましたね。」
「あなたにいじめられた青柳美奈都さん。いまだにあなたにいじめられた時のノイローゼで苦しんでいますよ。」
「そうなのですね。でももうその人には興味ないのですが。」
「今その青柳さんがこちらにいらっしゃいます。」
「えぇ、今更。」
「ねぇ、私の事覚えている?」
「はっきり覚えているわ。あの頃はとても楽しかったのですもの。」
「ごめんなさいのごの字もないのですね。」
「謝る必要はないわ。あなたにとって私は永遠の悪役にでもなっていればいいのよ。」
両者は少し黙っていた。
「そうね、あなたもせいぜい芸能界から干されるといいわ。」
中学時代からの長い間ノイローゼに苦しめられていた青柳さんは、それ以来の笑顔を初めて見せた。ただ、なぜ彼女が笑顔を見せたのかはよくわからない。
「あなたはやはりいじめをしたことに後悔していたのではないですか?」
「私がそう思っているように見える?」
私は今夜ボーナスステージを受けることになる。それを回避しようとする術もなく、他の四人は受け止めた。ならば私もしっかりと向き合わなければならない。ユンメイギャンブルに着いたのは私が最初だった。よほど来るのが早かったのだろう。しばらく四人が集まらなかった。その間私は賭博場の絵画をぼーっと眺めていた。子犬が何かを探している絵だった。しかし、私にはその絵画が何を伝えたかったのか、またその子犬が何を探しているのかがわからなかった。
しばらくすると今多さんと福原さんがやってきた。二人は今日がボーナスステージだねと私の背中をそっと撫でてくれた。私は嬉しかった。しばらくして平冴さんもやってきた。案の定私には近づかない様子で、興味がなさそうにしていた。
現在Bの今多さんが3、Cの福原さんが5、Dの平冴さんが6、そして私は1だ。
サイコロの結果、Bの今多さんが2、Cの福原さんが4、Dの平冴さんが1、そして私は0となった。
一番ブロックの数が少ない私はボーナスステージの部屋へと連れていかれた。私は他の3人と比べて長い間こもっていたらしい。その後、私は胸を押さえながら帰ってきた。そして私は予め決めていたことをウエイターに話した。
「このボーナスステージで手に入れたブロックをすべて箱に入れることは可能ですか?」
「えぇ、可能ですが、本当によろしいですか。あなたは今のままだとトップでこのゲームを終えることができますが、あなたの持つすべてのブロックを箱に入れると最下位でこのゲームが終わってしまいますが。」
「えぇ、かまいません。もう決めていたことなので。」
こうしてBの今多さんが2、Cの福原さんが4、Dの広冴さんが1、そして私は0のままゲームが終了した。
2年後、4人の生活は目まぐるしく変わっていった。Bの今多さんは会社で一大プロジェクトのリーダーに抜擢された。Cの広冴さんは結婚し、現座は新婚生活を満喫しているという。Dの広冴さんはネット上で中学生時代のいじめのうわさが広がり、またスタッフさんなどに対して態度が悪かったことも災いし、テレビや映画の出演の仕事がなくなり芸能界を引退し、今は第二の人生を歩んでいるのだという。
「夢野正美さん。では今からボーナスステージに移らせていただきます。」
「あなたの妹さんは現在行方不明だそうですね。」
「えぇ、妹は私より運動もできて、勉強もできる人でした。そして周囲からは人気者でした。ある日私が中学1年生で妹が小学5年生だった頃でしょうか。私の幼馴染でずっと好きだった人がいました。でもその幼馴染の人は私の妹のことが好きだったみたいで、妹と付き合い始めました。」
「私はその幼馴染の人と一緒にいれば妹への劣等感も忘れ楽しくいられました。」
「そのことを知った一週間後の事でしょうか。私は妹を殺しました。」
「私と妹は川で遊んでいました。そして私はきれいな石を探そうという遊びを提案しました。妹はきれいな石を探すのに夢中になり川辺に近づきました。その瞬間を見計らって私は妹の頭を川に押さえつけました。」
「しばらくすると妹に息はありませんでした。私は気が動転しました。そのまま私は近くの森に妹を埋めました。今でもはっきり覚えています。」
「両親には私が高校2年生になった今でも言えずにいます。両親は妹が行方不明になっているけどまだ生きていると信じて、毎日ビラを配っています。そして一日中ビラを渡して回る母と、仕事をしながら合間を縫ってビラを配る父ですので、帰ってくる頃には机の上にその妹の探索のビラが散乱し、それを毎日見るたびに後悔の念が止まらないのです。」
「そうですか。他の四人には自身の罪の被害者を呼ぶことができましたが、あなたの妹さんは残念ながらもう亡くなっているので呼ぶことはできません。」
「なのであなたの気持ちをもう妹さんに伝える手段があなたにも、そして我々にももうありません。力が及ばず申し訳ない気持ちです。」
「私がしてしまったことです。これからは戻ってこない妹の帰りを願う両親の表情とあの日の記憶に囚われて生きていくことに決めました。」
「そうですか。」
そのウエイターが俯いた様子を見るのは初めてだった。
「最後に質問です。あなたたちは罪を忘れた人間と罪を背負った人間のために、そしてそこから生まれた被害者を救うためにこのようなことをしているのではないのですか?ただ、ギャンブルを楽しんでいるだけではないのでしょう。」
「さぁ、人を裁くことや救うことはということは神でもできない代物なので、なおさら我々には無力でしょうね。」
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