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☆
私はマンションの自室で、絵を前に、ぼーっとしている。
リョウが描いてくれた、私の裸体。
その何度も塗り重ねられた、薄橙と、桃色のお腹の部分をそっとなぞる。
その絵には、顔がなかった。
顔としての骨格はあるものの、目鼻口がない。
リョウが見ていたものはこれ。
きっと私の表情や感情は、彼のこころへは届いてなかったのだ。
そのことに気づいても、淋しくも悲しくもなかった。
「リョウってひとが描いたの?」
Yシャツの腕のボタンを留めながら、俊一さんが背後から声をかけてくる。
私は彼の姿を一瞬目に入れると、また絵に向き直った。
絵の下部には、赤い絵の具で“RYO”とサインがしてあった。
「……うん。私の彼氏」
「そう」
素っ気ない返事だ。
リョウという存在を、既に知っていたのか。
それともどうでもいいのか。
「……俊一さんにも、彼女いるよね」
「……うん」
彼に対して背を向けているので、その表情は見て取れない。
「……私はまだまだお子さまだから? その彼女さんと結婚したかったから、婚姻届出してなかったの?」
「……うん」
「父の恩があったから、私とのお見合いは断れなかった?」
「……うん」
彼は素直に応える。
「じゃあ、仕事行ってくるね」
まるで何事もなかったかのように、彼は私のあたまにぽん、と手を置いて部屋を出て行った。
俊一さんが家を出たあと、私はリョウの描いた絵を持って、出ていくことにした。
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