夜を越す、傘をひらく

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 頭はぬるい眠気の中に浸されているのに、夢の中に落ちることは出来ず、夜はもうすぐ終わろうとしている。彼を起こさないようにそっと布団から出て、スウェットパンツのポケットに家の鍵とスマートフォンだけ入れて出て行く。どうせ鳴ることはないのだけれど。  思うよりも夜は明るい。街灯、コンビニ、まばらにつく部屋の明かり。環状線を車のヘッドライトが泳いでいく。こんな時間でも起きている人がいて、ちゃんと社会活動をしている。人は朝起きて夜寝るもの、という曖昧かつ絶対的なルールから外れた場所でもきちんと生きている、その人たちの輪の中にすら入れてもらえる気がしない。ファミレスから出てきた、スポーツウェアを着崩した若い男たちが大声で笑いながら車に乗り込む、その横を足早にすり抜ける。緩やかな坂を登り続けている間に濃紺から瑠璃色へ、藍色の端にピンクグレープフルーツみたいな光が混ざっていく。歩道橋に登ってしばらく空と環状線を眺めている内に、手足が冷たくなってきた。一回りしてアパートに戻る。  冷えた身体を布団に潜り込ませると、彼の体温と湿度を感じる。人間の匂いがする。優しい寝息をたてながら眠る彼を、ほんの少しの間裏切ってしまった。ヘッドボードに置かれた彼の眼鏡をTシャツの裾で拭いて、元に戻す。大した距離でもないが歩き疲れたので、多分このまま眠ることに成功するだろう。そうして彼の居ない部屋で目が覚める。
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