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向日葵
スーパーの花屋で向日葵の入った花束を選んで、ペット売り場でひまわりのタネとまたたびをかごにいれたら足は自然とお魚売り場へ向かった。イワシ、アジ、イナダ、ブリ、ハマチ、シメサバ、悩んで小さなトロの切り身をかごにいれる。花屋から耐えていた涙が零れそうになって瞬きをする。
なんだかやたら感傷だ。
向日葵に胸が軋み、またたびに喉がつまる。
もううちにはまたたびを喜ぶ猫さんは居ない。無駄な買い物に躊躇わない自分に、だってシロコさんだからいいの、と当たり前に考える。もう居ないのに。無駄な買い物だと気づいてる事実に泣きたくなった。向日葵は彼女が好きだったわけじゃなくてワタクシのあてこすりでしかないってのに、記憶が改ざんされていく。シロコさんは向日葵のような猫だったと。上書きしている自覚があるうちはいい。いつかワタクシはシロコさんが向日葵のような陽だまりのキラキラシイ猫だったわね、と穏やかに話すのだろう。
シロコさんはタネが好きだったの。ドライフルーツにまざるカボチャのタネ、食用のひまわりのタネ。シロコさんはひまわりが好きだったわ。でも花が好きだったかは知らない。
満開の夜桜の中を抱きかかえての御散歩したあの夜のシロコさんは十二単を纏うような物語の黒髪のお姫様にみえたわ。ぼんぼりの灯りと田んぼ沿いの電灯と大きなおぼろ月の桜並木が、この世と何処かの境目の季節の幻想に、シロコさん越しに見上げる桜と春の夜の空に、きれいだねぇ、って心を震わせたの。シロコさんは桜のようだった。ワタクシの想う桜は儚くて、それをシロコさんと重ねたく無かった。だけど感傷は蓋した感情を引き出して、シロコさんは桜だったわ、と告げる。いやね。スーパーで鼻をすすり俯いて歩く。
ふふ。いやだ。ねえシロコさん。貴女が跳ねていたあの雪の花壇、あれは毎年咲かせてた向日葵の花壇だったわ。今更思い出すなんてどうかしてる。
貴女が向日葵に好かれてたのね。
それならいいわね。ワタクシはまた今年も向日葵を供えるの。まんまと向日葵に誑かされてあげるわね。それからひまわりのタネを剥いてお皿に盛ってあげるわ。貴女そうしないと食べないんだもの。せっかく帰ってきたんだからゆっくりしていってね。
せめて、一輪挿しの向日葵が咲いてるうちは。
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