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にわかに、恋
肌にまとわりつく湿気を拭いきれない午後だった。
「げっ、また?」
スイカを手土産に幼馴染の家を訪ねると、ちょうど由希子さんが傘を片手に家を出るところだった。その様子からすべてを察したわたしは、不本意ではあるが、自然と由希子さんに片手を差し出していた。
「あら。美月ちゃん、いいの?」
「いいよ。由希子さん、忙しいでしょ」
由希子さんはエプロン姿だった。これから胃袋底なし旦那の為に、大量に夕飯を作らなければならない。
「いつもいつも、申し訳ないわねえ。あの子には毎日言い聞かせているんだけど」
王家の剣のようにうやうやしく、ビニール傘を差し出された。わたしはありったけの力でそれを握り締める。代わりにスイカを手渡すと、由希子さんはいよいよダメージを食らってのけ反った。
「美月ちゃん、今度ごちそうさせてね。どこか行ってみたいところある? おしゃれなカフェとか、美味しいケーキ屋さんとか……」
「由希子さんの手作りがいい。唐揚げか、ハンバーグか。デザートは紅茶のシフォンケーキ。生クリームつきで」
沈んでいた由希子さんの顔が、ぱっと明るくなった。まったく。十四歳にもなって、こんなに母親に気を遣わせるなんて。あいつ、小学生のままだな。
「行ってきます!」
わたしは旅立つ勇者のように声を上げた。といっても、捕らえに行くのは魔王ではなく、例えるならば猫。いや、猿か?
「気を付けてね。雷警報出てるから、高い木の傍には近寄らないで」
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