にわかに、恋

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 雷警報出てるから、高い木の側には近寄らないで。  ふいに由希子さんの言葉を思い出す。 「美月ちゃん! こっちだよ、こっち!」  やっぱ木、登ってるよ。 「どぉしたのっ? そんなに急いで」  建物の二階くらいの高さだろうか。太く逞しい木の枝に、那智がちょこんと体育座りしていた。 「どうしたのじゃない! わたしはあんたを捕まえに来たの!」 「僕を? なんで?」 「あんたね! 高いとこ登るなら、天気予報くらい気にしなさいよ! 雷警報出てるの! さっきゴロゴロいってたでしょ!」  きょとん。とした顔で、那智はゆっくりと空を見上げた。 「夕立ちかな? きっと降っても、すぐ止むよ」  生い茂る葉っぱに視界を邪魔されて、じわじわ黒さを増していく雨雲が見えなかったようだ。降ればきっと、大雨になる。 「話聞いてた? 雷だっつってんの! 危ないでしょ。降りて来て!」  のんきな那智のペースに合わせていたら、雷に撃たれて丸焦げになってしまう。わたしは苛立ちに任せて、頑強な木の幹に蹴りを入れた。 「わ! 美月ちゃん、すごい! 今けっこー揺れたよ!」  楽しそうにしてやがる。那智はいつだってそうだ。こっちの苦々しい心境をよそに、子供みたいに無邪気にはしゃぐ。 「陸上部なめんなよ!」  鍛え上げた脚力で、ひっきりなしに蹴り続ける。きゃっきゃと喜ぶ笑い声が、幹を伝って落ちてきた。 「美月ちゃん、部ジャーだね! 部活はどうしたの?」 「今日は軽いメニューでさくっと終わったの! って、そんなことどうでもいいでしょ! 降りてきてってば!」 「じゃあ、先輩とも話さなかった?」  那智の声色が変わった。  幹を蹴る足に向けていた視線を頭上に移す。触れなくても柔らかいとわかる猫っ毛が、生温い風になびいている。那智はもう、笑っていなかった。 「は? 先輩?」 「先輩。鈴木先輩」  なんで知ってんの。友達いないくせに。  同じ陸上部の三年生、鈴木先輩。足が速くて、笑顔が爽やかで、無駄なくついた筋肉が美しい、女子の憧れの的。  その鈴木先輩がついこのあいだ、どういうわけか、わたしなんかに愛の告白をしてきたのだ。  返事は、保留にしている。 「なに。あんた、知ってたの?」  こういうのって、どこから漏れるのだろう。わたしは鈴木先輩に告られたことを一言も、誰にも言っていないのに。陸上部の女子部員にも、クラスメイトにも、交友関係が極端に狭いこいつにさえ、いつの間にか知られている。 「…………うの」  那智がぼそりと呟いた。まったく聞き取れなかった。 「声を張れ、声を!」  ほとんど、同時だった。  那智がわたしに向かって身を乗り出すのと、目の前が紫色に光るのが。
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