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 5年近く前の話だ。私はジェラルドさまに告白し、見事に玉砕した。  私の住む街には、告白の日という別名を持つ夏祭りがある。本来は神に感謝と祈りを捧げる日だったはずが、大切な相手に想いを伝える日として有名になったものだ。  祭りの日にはみんなが浮き足立っていて、普段なら言えないことも口に出せる雰囲気があった。だからこそ、私もあんなことを口走ってしまったのだろう。 『どうか私を、ジェラルドさまのお嫁さんにしてください』だなんて。  今考えてみても、街を巡回する時にしか見たことのないジェラルドさまに向かって、よく言えたものだと思う。  無謀なことを言う私に、ジェラルドさまはあきれるどころかにこやかに笑っていた。今ならわかる。ジェラルドさまは、あんな告白など掃いて捨てるほど受けてきていたのだ。 『ありがとう。5年経って、それでも俺のことを好きだって言ってくれるなら、歓迎するよ。祭りの日にまた声をかけてくれ』 『わかりました。約束ですよ』  そう言って指切りをした私に、ジェラルドさまは道端の花を手折り、即席の指輪を作ってくれた。鮮やかな黄色が可愛らしい、たんぽぽの指輪だ。  明確に断られたわけではない。むしろ、それならどれだけ良かっただろう。雑草の指輪を心から喜ぶ私の姿は、笑ってしまうほど子どもだったに違いないのだ。  ジェラルドさまにとっては、諦めさせるためのその場しのぎの約束。馬鹿な私はそれを後生大事に大切にしていた。  1年目。  自分は親が誉めてくれるほど、特別可愛くも、優れているわけでもないことを知った。ジェラルドさまは、整いすぎた美貌と優れた剣技でも有名だった。  2年目。  世の中には絶対に覆ることのない身分があることを知った。ジェラルドさまは高位貴族の出身で、まさに雲の上の方だった。  3年目。  大人は自分の手に余る物事を解決するために、「時間を置く」「先延ばしにする」という手段を使うことを知った。ジェラルドさまには、いくつもの婚約話が出てはいつの間にか消えていった。  4年目。 「永遠の愛」も「真実の愛」も儚いことを知った。ジェラルドさまの血縁関係は、物語も真っ青なほどの複雑なものだった。  そして、今年が最後の5年目。約束の年だ。祭りはあと数日後に迫り、それを過ぎれば私の片思いもようやく終わらせることができる。  ジェラルドさまは、メイドとして王宮に上がった私に気がつかなかった。その上、年頃になった私に向かって甘い顔で微笑みかけてきたのだ。  あの頃の私が欲しかった、大人の女性への誘い文句。その言葉が嬉しくてとてつもなく悲しい。ジェラルドさまにからかわれるたびに、心の奥が冷えていく。  男の人は、愛がなくても女性と肌を重ねることができるらしい。ジェラルドさまの手は、今まで何人の女性を奏でてきたのか。寮内で、王宮内で、女性と戯れる姿を目にするのが辛い。  ジェラルドさまは、これからもたったひとりの女性だけを見続けることはないだろう。それなのに私ときたら、そんな彼から目が離せないのだ。
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