エピローグ 1

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エピローグ 1

編集部(以下編) 先生、本日はありがとうございます、ご都合も考えず指名させていただきました。 高崎奏人講師(以下高崎) とんでもありません、毎月楽しく拝読していますので、こちらこそ光栄です。 編 先生は週一日、わざわざ東京からこんなところにお越しくださっているのですが……何かこの大学に特別な魅力を感じてらっしゃるのでしょうか。 高崎 こんなところって(笑)。歴史ある国立大学なのに、ご謙遜ですね。私は北海道の出で、大学生の頃以来ずっと東京住まいなので、関西に縁が無かったんです。でも前職……ではないですね、兼業現職の同部署に大阪南部出身の女性がいまして、関西弁や彼女の言葉遣いがとにかく面白くて、関西にファンタジーを抱いていました。 編 ファンタジーですか(笑)。 高崎 はい(笑)。それでこちらの大学から教えてみないかというお話をいただいたとき、そのこと自体大変有り難かったですし、奈良もほんとうに知らない土地だったということもあり、二つ返事でOKしました。女子大は、(まと)う空気が穏やかで、みな綺麗に使うからいいですよね。学生さんは大阪から来ている人も多いせいか、やっぱり使う言葉が面白いです(笑)。それに全体的に純で知的好奇心が強い人が多いです。遠巻きに「教えて欲しいな……」とこちらを見ていて、手招きしたらダッシュしてくる感じがいいですね。若い女性がこんなに熱心に哲学なんか学びたいと考えるのかと、ある意味ショックだったと言いますか。 編 それは先生の講義が面白いからですよ。それと先生を目の保養にしている学生も多いということなんですが。 高崎 いや、もうこの際きっかけは何でもいいですよ、哲学という学問の火が消えないなら。 編 寛大でいらっしゃる(笑)。先生の講義を受けて、哲学のイメージがちょっと変わったという声も多いです。 高崎 そう感じていただけるなら有り難いことです。学問としての哲学を知り、自分の哲学を構築していただきたいと考えています。哲学って、本当に人間の辿ってきた歴史において良くも悪くも普遍的なものです。宗教とも、文学とも、芸術とも、科学とも繋がります。今の若い人は、日々過剰な情報に晒されていますから、何が自分にとって必要なのか、何が信頼すべきものなのか、取捨選択するための指針にもなります。まあ自分の考えを固めるhow toを教えてくれるものだと受け止めてもらえればいいのではないでしょうか。 編 そんなあっさりとしているものなんですか? 高崎 いや、これはもちろん入門レベルの話ですよ。 編 ですよね? 高崎 はい、沼に(はま)るとそんなに甘くないと思い知らされます(笑)。 編 ところで、先生が修士論文を書かれていた時は、アメリカ史上最悪と言われている時期にあたるそうですね。 高崎 そういうことになるでしょうか。あの大統領に、パンデミックですからね。大学を卒業してすぐに、カリフォルニアの同じ大学で1年学んだのですが、やはりその頃と雰囲気は変わっていました。 編 身の危険は感じなかったですか? 高崎 感じなかったと言えば嘘になります。ウイルスを持ち込んだのはアジア人だと声高に言う人もいましたし、「おまえは中国人か?」と凄まれたこともありました。何よりも、そういったことを思っていても口に出すべきでないという理性を失している人が多いのが怖かったです。私は大学の寮を使わせてもらっていましたから、街に出なければ安心できました。 編 それでも得たものは大きかったと学生に話してらっしゃいますね。 高崎 はい、めちゃめちゃ勉強と読書に集中できましたから。嫌でも自分と向き合わなくてはならなかったですが、今思えばそういう時間を持つのは大切なことです。それに寮生たちと、きっと平常時なら有り得なかった濃厚な時間を過ごすことができました。いろいろ話をしたので、恐怖や寂しさがかなり薄められました。みんなそれぞれ自国に戻っていますが、今でもこまめに連絡をくれますよ。オンラインで集まったりもします。 編 日本と連絡は取ってらっしゃいましたか? 高崎 心配されましたねぇ(笑)。でも帰るに帰れない。もう腹を据えて、毎日本を読んで担当教官に会って勉強するしかないんですよ。そのころ日本でも、近くにいるのに顔が見られないと言った状況が続いていた、つまり距離に関係なく直接人と話ができない状況だったので、逆にこちらの寂しさが紛れるというか、「あ、僕だけが寂しいわけじゃない」みたいな、おかしな気持ちになっていました。 編 感染症拡大もようやく落ち着きましたが、この数年に関して、先生の感じられたことを簡単に教えていただけますか。 高崎 簡単にって、難しいですね(笑)。私はSEですので、技術で人と人との物理的距離が縮まる可能性はパンデミック以前から理解していたつもりでしたが、それを目の当たりにして、ああやっとこういう時代が来たんだなと感じました。しかし、だからこそ、人と人とが直接触れ合うことの大切さも浮き上がったように思います。これからはこの比重を、まあ簡単に言えばオンラインと対面の併用を、より快適なものとしながら生活していくのが課題になりそうですね。 編 どちらかばかりでは歪みが出ると。 高崎 私はそう思います。個人差もあるでしょうけれど。あとは……人類社会の大きな試練でしたよね、ここから我々は何を学ぶべきかです。身近なところでは、この時期に噴出した社会的な問題の精査と、問題によって傷ついたものを如何に癒していくか、元通りにするのか新しい形を構築するのか、これは手探りでいいので、皆が考えるべきことですね。 編 マイノリティへの差別や、貧困ですね。 高崎 はい、それも含めて。
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