extra track 2 暁斗の巣づくり ~再会~ 

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「暁斗さん、洗濯機の調子はやっぱり良くないの?」  奏人に問われて、暁斗は我に返った。いけない、せっかく待ちに待った奏人との時間なのに。 「うん、お湯とりをしなければちゃんと回ってくれるんだけど、明日あたりちょっと店に行って下見しようと思ってる」 「新しいのを買おうとしたら、調子が戻ったりして」 「あるなぁそれ、家電も捨てられるのを予感するのかな」  大体週末の会話は、こんな風に他愛無い。でもたまに、会いたいと言ってお互い半泣きになることもある。直接顔を見たいし、その手や頬に触れたいし、キスしたい。30年前なら長時間の電話も難しかったのだから、顔を見て一定時間以上話せる今は、恵まれていると言うべきなのだけれど。 「……奏人さんが帰って来た時のことを考えて、洗濯機も冷蔵庫も大きいのに買い換えるつもりではいるんだ」  暁斗が言うと、奏人ははにかんだような笑顔になった。ああ、可愛い。 「……買い替えなくても二人なら今ので事足りるような気がするけど……」  奏人はアメリカに発つ直前の6日間、暁斗の部屋で過ごした。だからここのことも、よく知っている。 「この間も言ったけど、僕のために何も特別なことをしなくていいよ、部屋だって」 「1LDKに男二人でもいいの?」 「僕は平気」  いや、狭いだろう。暁斗は苦笑した。 「暁斗さんの部屋が好きなんだもん」  奏人は小首を傾げながら言う。彼にすれば、初めて暁斗の部屋に飛び込んできた春の冷たい雨の日から、暁斗との関係を迷いながら育てた思い出が沢山あるのだろう。  奏人は研究者の卵で、アマチュアではあるが絵描きだ。帰国して自分と暮らす際、彼の仕事部屋は絶対に必要だと暁斗は思う。それに暁斗は……奏人と一緒に風呂に入るというささやかな願望(これは暁斗が奏人を指名していた頃の思い出から発生するものである)を叶えたい。ならば一戸建てに暮らすことが好ましい。 「でもせめてあと一部屋無いとなぁ」 「僕が帰ってから一緒にゆっくり探そうよ」  もちろんそれでも構わないのだが、暁斗としては、外国から大きなスーツケースを転がしながら戻る奏人を、広々として快適に整えた新居に迎えたい。きっと奏人はぱっと表情を明るくしてくれる。そんなシチュエーションを妄想するだけでテンションが上がり、頑張ろうと思えるのだ。 「……奏人さんには心置きなく勉強して欲しいけど、帰って来てくれる時を想像するとじっとしてられない」  暁斗は素直な気持ちを口にする。奏人が旅立ってから、良い思いもそうでない思いも、溜め込まないようにしている。 「僕はずっとこっちに居る気は無いからね、日本で……暁斗さんと生きていくつもりだから」 「……うん」  1時間はあっという間だった。暁斗は画面の向こうの恋人に、行ってらっしゃいと声をかける。 「暁斗さんはおやすみなさい、僕を思ってマスターベーションしてね」  奏人は笑顔で、さらりと言った。本当にしたくなるから、やめろと言うのに。いやまあ、したからと言って誰にも迷惑はかけないが。  奏人の退出を画面が告げ、暁斗もオンライン通話の画面を閉じた。ノートパソコンを閉じると、そこに奏人が居るわけでもないのに、そっとパソコンを撫でてみる。  触れられないということが、こんなにただただ切なく辛いものだと暁斗は知らなかった。ひとつ息をつくと、一緒に涙が出そうになる。暁斗はリビングの明かりを落とし、着替えを取りに寝室に向かった。
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