9月 14-①

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9月 14-①

 果たして暁斗がエレベーターを1階で降りると、受付の新城がほっとしたような表情でこちらに……他にも来客があるので、あくまでもゆったりと歩いてやって来た。 「いつもきみが出勤の時で悪いね」  暁斗はつい口にする。彼女には奏人が濡れ鼠でここを訪れた日以来、いろいろ迷惑をかけている。彼女はピンク色の唇に笑いを浮かべた。 「じゃあ今度どこかのホテルでアフタヌーンティーをご馳走してください、目の保養にかなとさんを連れて来てくださったらより良しです」 「いやいや……奏人さんは微妙として、ああ、彼が佐々木さんが行くかもって連絡をくれたところだったんだ」  二人してロビーの奥手に視線をやる。佐々木啓子らしき女性は警備員に伴われてソファに座り、こちらに背を向けていた。 「ということは彼女、先にかなとさんに会ってたんですか?」 「らしい、彼の会社は銀座だからそのままこっちに来たのかも」  お盆前に会った時と佐々木の様子が違うのは、その後ろ姿からも伝わって来た。あの日きっちりと(まと)められていた髪はばさばさと肩に散らばっていて、肩がしょんぼりと丸まっている。足音に気づいて彼女はこちらに首を回したが、その顔にはほとんど化粧っ気が無かった。そのせいか、顔色が良くないのがはっきりわかる。  桂山さん、と佐々木は目を見開き言うと、ソファから腰を上げて、警備員が静止するよりも早く暁斗の側に数歩近づいた。そして暁斗の前で崩れ落ちるように膝を折り、床に額を擦り付けて、叫ぶように言った。 「申し訳ありませんでした……!」  暁斗は驚き、新城は後ろできゃっ、と小さく悲鳴をあげた。自動ドアからビルに入ってくる人達も、エレベーターから降りて来た人達も、何ごとかと足を止め、暁斗と土下座する女に注目した。この人は、奏人の会社でも同じことをしたのか。パフォーマンスの可能性は無いのか、暁斗の胸に疑念が湧く。 「私が最終稿まで責任を持って確認しなかったせいであんな記事が」  佐々木は顔を伏せたまま、叩きつけるような口調で言い、そのまま号泣する。これが芝居なら相当の女優だ。軟禁されている身でこんな場所で注目を浴びてしまい、暁斗はやや動揺したが、とにかく彼女を何処かに連れて行ったほうが良さそうである。 「佐々木さん、こんなところじゃ何だから立ってください」  暁斗はあ然としている警備員に助けを求める。彼は佐々木の右腕を引いたが、佐々木は引っ張られるままに横倒しになった。 「佐々木さん⁉ しっかりして」  暁斗も思わず彼女の反対側の腕を掴む。彼女の身体には力が入っておらず、涙に頬を濡らしたまま完全に自失して喘いでいた。周りの野次馬たちがどよめく。新城は、医務室に連絡しますと言って、今度は走って受付カウンターに向かった。
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