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11月 1-①
穏やかな天気の日曜に奏人と出かけて楽しく過ごした時間は、彼とこれから歩いていくことに対する暁斗の期待感を否が応でも高めた。明治神宮周辺をぷらぷらと歩き、テラスのあるカフェでのんびりしたり、小洒落たセレクトショップを覗いたりした。
暁斗は奏人が誰にでも優しい人間だということを、再認識した。明治神宮では家族とはぐれて半ベソをかいていた腕白そうな男の子の手を引き、家族と引き合わせてやった。道を歩けば、歩道でよろめいた杖をつく老婆のもとに駆け寄っていく。カフェではオーダーの間違いを指摘すると、オーダーを取った若いウェイトレスを先輩らしきウェイトレスが注意し始めた。涙目になる彼女を見て、奏人は叱らないであげて、誰にでも間違いはありますからと、穏やかに先輩格のウェイトレスに言った。暁斗なら違う言い方をしただろう、叱責するなら客の前でなく、バックヤードでやってくれ。……そう言うと奏人は、その方が良かったかなと真面目に言い、暁斗が返事に困ると少し笑った。
奏人はテラス席でノートを取り出し、濃い鉛筆で何か描き始める。明治神宮で助けた迷子の男の子が、家族を見つけて自分たちにお礼を言った時の笑顔だった。暁斗は男の子のスケッチが巧みに仕上がっていくのに驚く。学生時代は人物を描くのが苦手で、賞を貰ったのは風景画ばかりだったが、今は人の顔や身体を描くのが楽しいと奏人は話した。奏人は人が好きなのだと暁斗は思う。いろいろなことに傷つき、他人に対して目に見えないバリアを張り巡らせてしまうようになったけれど、それはきっと本来の彼の姿ではない。
暁斗が子供の頃、プールではしゃいだ晴夏が自分のそばを離れて迷子になってしまい、ちゃんと妹を見ていろと母から叱られた話をすると、お兄ちゃんって辛いよねと奏人は笑った。奏人は弟が年子なのであまり自分が兄だという意識が無く、お祭りなどで迷子になる時は大体2人一緒だったが、いつも自分ばかりが暁斗と同じように叱られて、子ども心に不公平だと思ったという。長男長女は価値観が似るので、仲良くやっていけるなどと話しながら、奏人も自分も、家を継ぐという古い日本の風習から完全に逸脱したなと暁斗は考えた。……誰にともなく少し申し訳なく感じるのも、長男の性かも知れない。
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