ふたたび12月 1-①

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ふたたび12月 1-①

 学生時代からの友人たちとは不思議なもので、LINEでのやり取り――暁斗はテニス部やゼミの同期とのそれぞれのグループに参加していた――がそんなに無くても、友人の変化を察するものらしい。  クリスマスや忘年会の名目には少し早い12月の平日の夜、テニス部の同期たちが飲み会をするから来いと、いきなり前々日に暁斗を呼び出した。普段幹事を任されることが多い暁斗は、いつの間にそんな話になっていたのだろうと思いつつ、残業のせいで30分遅れて池袋駅の東口側の居酒屋に到着した。座敷に通されると、15人の男女が既にビールを飲み始めていた。現在東京周辺に暮らすほぼ全員が揃い、久しぶりに顔を見る者もいる。 「お疲れ、よく来た!」 「はーい桂山は奥行って〜」  皆暁斗をやけに歓迎して上座に座らせる。座るなりグラスになみなみとビールを注がれた。開始30分なのにテンションが高いなと思っていると、すぐに元部長の小島が立ち上がり音頭を取った。 「はい、では皆さん、暁斗が新しい人生を始めたことに乾杯!」 「はぁ⁉」  暁斗の叫びは乾杯、という声とグラスの当たるがちゃがちゃという音にかき消された。暁斗は皆から次々とグラスをぶつけられるままになり、喧騒が収まってからやっとビールを口にした。 「いやぁびっくりしたわ」 「マジで桂山がそっちだったとはなぁ」  暁斗をほぼ置いてけぼりで皆は盛り上がり始める。刺身と揚げ物がやってきて、入り口近くに席を取っている連中がもたもたしているので腰を浮かすと、桂山くんはいいから、と女子たちが押し留める。 「……俺がゲイだとバレたことを祝う宴なのか?」  暁斗はようやく状況を飲み込み始めた。 「そうだよ、まあそれにかこつけて忘年会しようって話なんだけど」 「でもこんだけ集まったの久しぶりだな、おまえ求心力あるなぁ」  口々に言われて、暁斗は小さく溜め息をつき肩を落とした。 「どこからそんな情報が……」 「桂山くん夏くらいからスタンプ使い始めたでしょ? 若い彼女ができたんじゃないかって女子では噂してたの」 「まさか若い彼氏だとは思わなかったわ」  若林と西村(今の姓は澤井だったが暁斗はつい旧姓で呼んでしまう)が口々に話す。暁斗は眉間に皺を寄せた。 「待てよ、男子と交際してることは認めるけど若いって根拠は何だよ」 「えっ、結構若い子だって聞いたのは……誰からだっけ?」  座敷の入り口に座る嶋田が俺、と挙手した。暁斗はそちらに向かって言う。 「何処から俺の個人情報を盗んでるんだよ!」 「おまえが自分で漏らしてるんだって!」  場が笑いに包まれた。彼は衝撃的な告白を続ける。 「おまえがLINEのアイコンに使ってるのは俺の従弟が描いた絵だったりするんだわ〜」  暁斗はえっ、と言ったまま固まった。くすくすと笑いが起こる中、グラスにビールが注がれたので、習性のようにとりあえず飲んでおく。 「従弟はうちの会社の……総務課に勤めてるってことか?」 「うん、中途採用でもうすぐ2年かな? 俺従弟が転職したことも全然知らなくてさ、先月法事で久々に会った時に会社の話をいろいろしてくれて……」  暁斗の顔から血の気が引いた。そう言えば彼は嶋田という名だった。嫌味なくよく話す感じが、従兄と似ていなくもない。 「俺は例の変な記事は知ってたけど、おまえだと全くピンと来なかったんだよ……そしたら従弟がさぁ、その記事の営業課長すげぇんだよ、全社員の前でカミングアウトするしゲイを認めない専務連中とバトるし、挙句に彼氏が会社に殴り込んで来るしって、聞いてるこっちはもう意味わかんない」  身振りを交えた嶋田の話に皆爆笑した。 「営業課長カッコいいなぁ」 「彼氏が殴り込みって何だよ、説明しろ」  暁斗は黙秘する、と手を振った。こんな季節なのに汗が吹き出してしまう。 「従弟がさ、その営業課長が自分の描いた似顔絵を気に入ってくれてめちゃ光栄だってマジ感激してて……それでその絵を見せてもらったら、えっ桂山じゃん! って俺が叫んだわ、寺の中で」 「従弟によろしく言っといて、まあ俺明日会おうと思えば会えるけど」  座敷は爆笑の連発になる。世の中狭過ぎる。暁斗は憮然として、刺身醤油にわさびを入れ、まぐろを箸で(つま)んだ。 「えーこのアイコン? 可愛い」 「上手だよね、プロに描いてもらったのかなと思ってた」  女子たちがスマートフォン片手に笑い合う。母親になった者も独身の者も、皆おばさんと呼ばれても文句が言えない年齢だが、こうして集まりはしゃいでいると、学生時代のままだ。 「えーじゃあ桂山くん、女子のグループに入る?」 「それはいい、俺もパートナーもその傾向は無いんだ」  暁斗と若林がやり取りしていると、暁斗にビールを注ぎながら、おまえ身近に当事者出たんだからちょっと勉強しろよ、と原田が突っ込んで笑う。 「そこ私微妙にわかんないんだけど、ゲイのカップルって攻めと受けがあるんだよね、女性寄りが受けとかじゃないの?」 「……俺たちあんまりそれはっきりしてないかも」  どちらかと言うと自分が受けのような気がしたが、ややごまかしながら答えると、そうなの? と西村は不思議そうに言う。 「カップルそれぞれなんじゃないかな」 「でも色の白い美形なんだろ、彼氏」  横から突っ込まれて、暁斗は呻いた。何処まで情報が拡散しているのか、見当がつかない。美形という言葉に女子たちが色めき立った。 「美形の彼氏に攻められてる桂山くんとか想像したら悩ましくない?」 「おいおい、男と絡む暁斗までおかずにする?」 「欲求不満かよ、だんなとしてないのか!」  アルコールも手伝い、下品な会話が盛り上がってくる。当たり前にセクハラなのだが、女性の側が気にしていなければ、そうでないという好例のようだった。  暁斗は自分をネタにされ続けるのも微妙な気分だったし、久しぶりに顔を見る連中の近況を聞きたかった。良い具合に、カセットコンロに鍋が用意され始める。順番に声をかけていくと、子どもが中学生になり落ち着いた女子、転職してやっと慣れてきた男子など、様々な話を聞くことができた。 「暁斗生き返ったよな、離婚の話が出始めた頃からくたばってたもん」 「目まぐるしくてくたばってられないんだよ、カムアウトせざるを得なくなってからほんといろいろあって」  カセットコンロの火を調整しながら、暁斗は笑った。 「桂山の幸せが男と共にあるとはねぇ」 「最近目覚めたんだよな? 野郎だけで前に飲んだ時そんな話出なかった」 「でもレスが原因で別れたって……」  そうだ、と、前回の飲み会に出席していたメンバーがざわめく。 「兆候あったんじゃん……てか暁斗に鍋の面倒見させるなよ、今日は宴会部長させないって言ってただろうが」  暁斗はちっとも構わないのに、白菜を鍋に足そうとするのを止められ、菜箸を奪われてしまった。 「ついでに言えばビール無くなるぞ」  暁斗の言葉にドリンクメニューが回ってくる。 「要するに暁斗は嫁さん、つまり女が相手だとやる気が出なかったってことか?」  皆の注目を浴びて、暁斗は仕方なく答える。女性もいるのに(ひど)い話題だと思う。 「結果的にそうかも」 「その美形の彼氏とはやる気になれる?」 「そんなこと聞いてどうするんだよ」  暁斗の配慮を無にするように、声を上げたのは女子たちだった。 「聞きたぁい、やる気になれるの?」 「桂山くん奥さんとレスだったんだ……」  暁斗は呆れつつ、すぐそばにあるコールボタンを押した。キンコン、と間の抜けた音が響いて、店員がすぐに襖を開けた。 「はい皆さんお酒頼んで下さーい」  暁斗の声にブーイングが巻き起こり、店員はあっけに取られていた。何だかんだ言いながら、生ビールが5つ、などという声が出て飛び交う。暁斗は無条件に、学生時代の友人は良いものだと思う。個々には暁斗の性的指向に対する戸惑いもあるだろうが、皆で受け入れようという姿勢が有り難い。あまりあちらのことばかり突っ込まれるのは対応に困るが、遠慮なく訊いてくれるほうが気を遣わなくていい面もあった。会社の者たちとはまた違った意味で、楽しい酒だった。
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