ふたたび12月 2-①

1/1
前へ
/118ページ
次へ

ふたたび12月 2-①

「桂山課長、おはようございます」  暁斗は東京駅の改札を出てすぐに、営業2課の竹内から声をかけられた。その息が白い。今日は午後から雨あるいは雪の予報なので、彼女も長傘を手にしている。彼女は暁斗の傘を見て、言った。 「彼氏さんからいただいたんですよね」 「え? ああ、うん」  暁斗は奏人からプレゼントされたこの傘を持ち始めた頃、彼女に誰から貰ったのだと尋ねられてごまかしたことを思い出す。 「大切になさってるんですね」  そのように人の目には映るのかと思うと、暁斗はそうかな、と少し照れてしまう。 「彼氏さんセンス良さそうですもんね、うちにお越しになった時にみんなで噂してました、うちの会社であんな着こなしができる男子はいないなって」  横を歩く若い竹内を、谷口や岸が評価している。この春入社したばかりだと思えない落ち着いた物腰や、物怖じしない、かつ丁寧な話しぶりは、今年度の営業部門新人賞だと岸が笑いながら言っていた。 「俺、彼のああいう格好って実は初めて見たんだ、イギリスの上流階級の子みたいでちょっとびっくりしたんだけど……」  暁斗は自分の言葉に彼女が笑いそうになっているのに気づいて、言い訳をする。 「別に惚気(のろけ)てる訳じゃない」 「いえ、惚気ていただいて構いません」  横断歩道を渡り終えた時に、ご存知かも知れませんが、と彼女は話題を変えた。 「三木田課長が仙台支社に転勤を希望されてるんです」 「……三木田さんが?」  初耳だった。三木田は宮城出身なので、不自然なことではないが、何故今なのだろう。  竹内は暁斗の反応に、軽い困惑を顔に浮かべた。 「ああ、きみから聞いたとは言わないよ……理由は聞いてる?」 「……いえ、はっきりとは……家族で話し合って決めたとだけ」  彼女を含めた2課の数名の社員が、直接三木田から打ち明けられたようだった。 「三木田さんに信用されてるんだね、いいことだ」 「桂山課長は三木田課長のことは苦手ですか?」  例の2課の手島絡みの件を目にしていれば、暁斗が三木田を嫌っていると受け取られても仕方ないだろうと思う。 「そんなことないよ、若い頃はすごくお世話になったし……キレるのは昔から早い目だったけど、俺は平気だった……ってそれを三木田さんが嫌ってたかも」  暁斗の話に竹内は笑った。 「ただ……きみももう分かってると思うから言うけど、あんなに取引先の態度を悪く取るというか、引いてしまう人じゃなかったんだよ」 「……私2課のみんなが何だか損をしてるみたいに見えるんです」  彼女はぽつりとこぼす。暁斗は黙って彼女に話を(うなが)した。 「三木田課長だけじゃないです、手島さんも他の人も……本来の良いところを発揮できていない感じがします」  彼女の感じていることは、おそらくほぼ事実だろうと暁斗は思う。山中を筆頭とする企画部の長たちが、新商品の営業を1課中心に任せられないかと打診してきていた。2課が担当する会社にも有望な取引先が沢山あるので、それはどうかと暁斗は山中に個人的に答えたのだが、他部署から2課の仕事を疑問視され始めているのは問題だった。 「1課と2課は基本的に同じ仕事をしてる、極端な話、枠を取っ払ってもいいんだけどな」  少し前から考えていることを口にすると、竹内は目を見開いた。 「女子大コラボの新商品は1課2課問わず女子に頑張ってもらいたい……岸部長にちらっと2課のことを話してみよう、きみも息苦しいだろう」  彼女は戸惑い気味にえ、と言った。 「俺に話すと何でも拡散するぞ」 「またそんなことをおっしゃる」  竹内は暁斗の想定していなかった、大人びた返しをした。会社のビルが近づく。 「ありがとうございます、お忙しいのに……クリスマスは彼氏さんと会われるんですか?」  彼女はビルの自動ドアをくぐると、少し声を落とす。暖房の風に、凍えた身体が緩むのを感じた。 「そんな予定は無いよ、あっちも忙しいし」 「まあ、残念ですね」  後からやってきた数名の社員と挨拶を交わし、全員でエレベーターに乗り込む。暁斗は竹内のほうこそ、昼休みになれば暁斗のファンの先輩たちに、今得た情報――彼氏とはラブラブのようだがクリスマスに会う予定は無いらしい――を拡散するであろうことを知る由も無い。そういう意味で暁斗は彼女をやや信用し過ぎていた。
/118ページ

最初のコメントを投稿しよう!

361人が本棚に入れています
本棚に追加