この愛をすくって、指先から落として。

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 コン、ともうひとつ薪ができた。私はジェイドの前に回り込んで、彼の顔を見上げる。 「やっぱり、法律がおかしいわ」  彼からの相槌がないのはいつものことだから、私は気にせずに言葉を続ける。薪を割るジェイドの周りをぐるっと歩いて回りながら、自分に問いかけるように。 「どうして、生まれた瞬間に、死ぬまでの人生が決まっているの?」コン、と薪がふたつできた。「私がしたいことは、私しか知らないわ。それだというのに、私でない誰かが、私がやるべきことを決めている。あなたがやるべきことも」十三歳の誕生日に奥様がくださった赤い靴を、ぴょんと飛蝗(グラスホッパー)が飛び越えた。「私たちが結婚できないのだっておかしい。だって、」薪を割る音が止んだ。それに合わせて私も足を止める。 「私はあなたのことが好きなのに」  一息に言い切った。私はジェイドを見つめた。こちらを向いたジェイドは私の視線を軽く受け流して、握っていた斧を薪の横に置いて、私の腰辺りに掴まっていた飛蝗を抓み取って放り投げた。 「法律がどうとか知ったこっちゃねぇが、おかしかねぇよ。まともなら死神なんかにゃ関わらねぇもんだ。穢れに触れたとき以外はな。あんたは国民様どころかお貴族様だ」 「私は庶子よ。貴族じゃないわ」  胸に手を当てて微笑む。 「奥様の娘でない私は、領地も、財産も、もちろん爵位も、なにひとつ相続することはできないもの」  彼が私を遠ざけようとするする理由を取り去った。そうしたら、ちっ、と舌打ちを飛ばして彼は吐き捨てる。 「なら、ガキには興味ねぇ」  私はその答えに満足して、ふふっと笑みを深めた。「いいわ、すぐに大人になってみせる」私たちが初めて出会ったときの、彼の年齢になるまであと三年。大人なんてすぐよ、と心の内で決め打ちしながら、私は(バッグ)から、古びた革表紙の本を取り出した。 「あなたが読みたがっていた航海術の本、持ってきたわ」  私が差し出す本を苦々しげに見下ろして、ジェイドは今日何度目かの舌打ちをした。 「……借りてもいいか」  ひどく不本意そうに呟く彼の手に本を握らせる。 「あげるわ。代わりに、紅茶をご馳走して」  彼が私のおねだりを聞いてくれることは分かっている。彼はいつだって、私をどうにか遠ざけようとするけれども、誰かが胸の内に抱える情を、無下にできない人だと知っているから。初めて出会ったあの日に、私が押し潰そうとしていた嘆きを、放っておけなかったように。 「入んな」  薪を丁寧に積み重ねたような小屋へ、私を招き入れる声は冷たいけれども、ほらね。ふちの欠けたティーカップを、テーブルに置く手つきは優しい。「砂糖がいるんだっけか」と面倒そうに、戸棚の砂糖壺を引き寄せる指先も。  ――この人は、死神なんかじゃない。  いつかジェイドに愛してもらえる私になって、絶対にジェイドと結婚するの。そして、ジェイドが優しい人なんだってみんなに知ってもらって、おかしな法律だって変えてゆくの。  ――そんな風に思っていたのに、大人になった私は。
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