この愛をすくって、指先から落として。

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 腰まで垂れた金色の髪はお母様と――私を産んだお母様と(・・・・・・・・・)同じ色だ。まるで月の光を縒って糸にしたようなこの髪は、彼の瞳が持つ色とは正反対。十六歳になった私は三日後、この髪と、(ヴァイオレット)の瞳を愛する貴公子と、結婚する。  昨年、先代王が崩御して、陛下と親密だったミルワード侯爵は王宮での力を失った。ミルワード侯爵と親密だったお父様も。現在、権勢は王陛下の血縁であるオルコット公爵一派のもの。そのオルコット公爵の末の御令息が、私の髪と瞳を気に入ってくださった。だから私はお父様と奥様――お母様の養子となって身分を整えて、貴族の令嬢として結婚する。 「……私は庶子よ。貴族じゃないわ」  かつて彼に言い放った言葉をなぞった自分の声は、あの頃のような無垢な輝きはない。私が信じていたものは、雨上がりの空にかかる虹のようなものだったのだ。綺麗で、美しくて、魅力的で、だけれども決して手が届かず、儚く消えてゆく脆いもの。  分かっている。あの頃に、愛だと信じていたものを全うできるとは思わない。だからどうかせめて、この胸の奥から愛をすくいとって、彼に差し出したい。受け取ってもらえなくていいから、指先から、零れ落ちていいから。  一年ぶりに邸を抜け出した。星はあるけれども、月のない夜だ。彼の瞳の色と同じだった。駆け抜ける闇の中、星の光を帯びてきらめく私の髪はひどく異質に見えた。草を踏んで、風を通り抜けて、彼が住む集落へ急いだ。  肌に浮き出た汗が夜の冷たさの中へ落ちてゆく。もうすぐ、彼が生きる場所。草を飛び越えるようにして先へと進む。  その途端だった。
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