ネコのあいつに抱かれた日

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ネコのあいつに抱かれた日

 銀座のビルとビルの間の、湿った路地をまっすぐ行くと突き当たりにある赤い看板。銀座にありながら、その場所だけは異質だった。  古めかしいドアはやたらと重くて、力を入れて引かなければならない。ようやく空いたドアの中から聞こえたのは、ママの声。いやママであり、マスターでもある。 「いらっしゃい、ご無沙汰ね」  この時代に煙管を吸うママは貫禄を見せつける。カウンターに座っているのも、奥のボックス席に座っているのも、男たちだらけ。一人とて女性はいない。ママだって男性だ。いかつい指にイミテーションの指輪が四つ、鈍く輝いていた。 「ああ、最近仕事が忙しくて。今日は人が多いな」  着ていたジャケットを脱ぐと、ママの隣にいたギャルソンエプロンをつけたバーテンダーがそっと受け取ってハンガーにかけた。 「そうね、みんな出逢い求めてるんでしょ」  つまらなさそうに、ママはふうと煙を吐き出す。そうだな、と笑うとママはジロリと睨んてきた。 「そう言いながらどうせコミーもでしょ。ここは出会い系じゃないんだからやめて頂戴」  俺はカウンターの席に座り、ジントニックを注文する。そして自分のタバコに火をつけて思わず笑った。 「みんな、そういう店だと思って来てるさ」 【ロジウラ】がこの店の名前。ここは昔からあるゲイバーだ。もう何年も前の先輩方の『御用達』である名店。現在のママは二代目だという。何でも以前はお客だったがオーナーに見染められた、とか色んな噂があるが本当のところは分からない。 「今日はコミーの好みの子、奥にいるわよ。黒髪の、ツーブロックの子。気の強そうな顔をしてるわ。甘えない子がお好みでしょう?初めて見る顔よ」 「初めて、か。まさかタチじゃないだろうな」 「アタシがバリタチのコミーにそんな子を勧めると思う? あの子はネコだわね。この目を信じなさい」  この生活が長いせいか、ママは初めてきた子でも、その子が「タチ」か「ネコ」かだいたい分かるようになっていた。実際何度かママのいう通り、勧められた子と寝ると全員が「ネコ」だったのだ。 「さあさ、どう持って帰るつもり? コミー」  俺はもう長いこと自分の性癖と付き合っている。中学生くらいで初めて勃起した相手は、同級生の男子だった。それから一度も、女に勃起した事がない。好きなタイプは少し生意気なやつ。俺に従順な奴はいらない。外観は黒髪がいい。長髪ではない事。そして若過ぎない事。若い奴らは、はっきり言ってめんどくさい。関係を長持ちさせようなんて思っていない。それが俺のスタンスだ。  ママの言っていた『黒髪のツーブロックの子』はすぐに見つかった。俺がトイレに行こうとした時、向こうから声をかけて来たのだ。俺のシャツをグッと引っ張って。 「……お兄さん、トイレ終わったら、一緒に飲もうよ」  薄暗い店内でしっかりとした顔は見えないが、嫌いな顔ではない。スタイルもまあまあ。だがその声を聞いた時、俺は少し迷った。声が若いのだ。きっと俺よりかなり年下のようだった。ため息をついて俺はソイツに言った。 「申し訳ないけど、俺は若い奴の相手はできないよ。他の奴を当たってくれ」  掴まれていたシャツを振りほどいて、俺はそのままトイレへ向かった。  用を済ませて、さっきの黒髪がいたあたりを通る。すると黒髪はもうそこにはいなかった。きっと俺より若い奴の所に行ったのだろう。しかし初めて来た店であんなに積極的なのも珍しい。行きつけならまだしも……  そんなことを思いながら、俺は自分の席に戻ろうと視線を前にすると、誰かが俺の席に座っているのが見えた。誰だよ、と近づいてみるとそれが先ほどの黒髪の奴だってことに気づく。 「やぁお兄さん、遅かったね」 「……相手にしないって、言っただろう」 「何で? 若い方がいいじゃない? 気持ち良くなるなら」  頬杖をついてニヤリと奴は笑う。そして俺が頼んでいたジントニックを飲み干した。 「おい、俺の……」 「ああ、ごめん、喉乾いてたから。おかわりは俺が払うね」  はあ? と俺が立ち尽くしたままでいる俺を全く気にせず、黒髪はカウンター越しにバーテンダーを呼ぶ。 「オーダー。テキーラサンセットを二つね」  そう言った後、俺の方を向いて隣の椅子をポンポンと叩いて、座るように促してきた。『テキーラサンセット』のカクテル言葉は『慰めて』だ。それを二つ頼むということは、つまりそういうことだ。  こいつ、若そうに見えて結構、場数こなしているのかもしれないな。それならそういう付き合いもできるのかもしれない。俺は無言のまま、隣の席についた。ただ、奴が叩いていた右側の椅子ではなく左側の椅子に座った。奴は一瞬、キョトンとしていたがすぐに笑った。 「お兄さん、面白いね」  黒髪の奴は『千秋』だと名乗った。女みたいな名前だな、と言うともう一万回聞いた、と呟いた。今まで生きていいて何度も言われたのだろう。 「お兄さん名前は」 「小宮山だ」 「苗字じゃん」 「下の名前なんて言う必要ないだろ」 「ちぇっ、不公平だ」  チョコアーモンドを一つ口に放り込んでテキーラサンセットを飲む千秋。千秋の言葉に返事することなく、俺もテキーラサンセットを口にした。  アルコール度数はあまり高くないこのカクテルは、いささか、物足りない気がする。それでも少しテキーラの量は増やしてくれているようだった。酸味が効いたさっぱりとしたカクテル。 (誘い言葉にするなら、もっと強い度数ならいいのに)  俺はそう思いながらテキーラサンセットを一気に飲み干す。毎週末この【ロジウラ】に通う俺はすっかりアルコールが強くなっていた。特に今日みたいな『初めての』夜にはちょっと強めのモノを飲んでおきたいのだが…。 「小宮山さん、強いんですねえ。それならこのカクテル、物足りないでしょ」  俺の飲み方を見て千秋がそう言った。そして顔をすっと近づけてくる。 「アルコール買って、ホテルで飲み直しません?」  単刀直入な誘い。悪くない。きっと千秋は今日、抱かれる相手を物色しに来たのだろう。千秋の二重の目が絡みつく。この目も嫌いじゃないかもしれない。顔を千秋から離すと、カウンターの中にいるママと目があう。ママは顎で『行って来な』と合図した。 「…そうだな」  ホテル街まで歩いていると、雨が降って来た。ついてないな、と思いながら歩く。雨かあ、と言いながら千秋も大して気にしていないようだ。二人で並んで歩くと、ちょうど千秋が五センチくらい、低い。ちょうど顔を見下ろして見えるくらいだ。異様にまつ毛が長い。そして首が長いようで少し華奢に見えた。バーで見たときはそんな感じはなかったが。 「そういえば歳、聞いてなかった」  俺が言うと千秋はフン、と笑う。 「何歳でもいいでしょ。小宮山さんよりは年下に変わりない」  なかなか、懐かないやつだな。それなのに誘ってくるとは。 「年上の小宮山さんが、気持ち良くさせてくれるんだよね」  そう呟いた千秋。その言葉でやっぱり千秋はネコなのだと、確信した。  部屋に入って、上着を脱いで、アルコールで乾杯。甘い恋人たちなんかと違って、さっさとコトに進む。ベッドに入る前に、俺が千秋の腰を持ってキスをした。少しだけ乾燥していた唇。一瞬、唇を離すと、千秋は不満そうにこっちを見た。 「何で離すの」 「お前、唇カサカサだな」 俺はスラックスのポケットからリップクリームを取り出して、千秋の唇に塗ってやる。千秋は驚いた顔をしてクリームを塗った唇を舐めた。 「いつも、持ち歩いてんの」 「どうせなら、柔らかい唇の方がいいからな」 「……フン」  鼻で笑うと、千秋の方から腕を俺の体に回して、キスをしてくる。触れるだけではなく、そのまま唇を舌で舐めてきて、口の中に入ろうとする。俺は少し唇を開いてやると、勢いよく千秋の舌が入り込む。 「ん……」  千秋のキスはうまい方だ。若干、攻撃的なキスだが。口内を動く舌の先が上顎の裏を舐め回す。その舌を止めるかのように俺は舌を絡ませる。千秋の腕がだんだんと力が抜けていく。唇を離すと、さっきまでの威勢のいい目つきが若干、トロンとしていた。 「シャワー、浴びて」  俺がそう言うと、千秋は唇を拭いながら分かってるよ、と言いながらそのまま浴槽の方へ向かった。  ベッドの上で、曝け出したお互いの身体。当然の様に千秋を組み敷いて舌を這わせていく。細身の割にはちょうどいい肉付きだ。首から胸板、太ももへと這わす。時々身体が揺れて、千秋の反応が良くなっていくとそろそろかと既に起立しているソレをゆっくりと握る。 「ん……」  恥ずかしいのか千秋はあまり声を出さない。まあアホみたいに喘ぐ奴よりはいい。上下に扱いていくとヌルリと先走りの蜜が絡みつく。そして指を後ろに入れ、いじってやる。グチュグチュと部屋に響く音。  向き合った姿勢のまま、ナカをいじっていると千秋は腰を浮かせながら良さそうにしている。火照った顔をチラッとこっちに見せ、合図の様に視線を送ってきた。もう、挿れろということか。  入れていた三本の指を抜き、俺はそこにソレを充てがう。その様子を千秋はじっと見ていた。恥ずかしがらずに見るのも新鮮だ。俺はそのまま、ひろがったそこに思い切り突き刺さした。 「う……あっ」  ビク、と千秋の身体が仰け反る。さっきまであまり聞いてない声がでてきて俺は思わず笑う。 「ん……あっ、あ……」  腰を動かしながら千秋の耳元に近づきこう言った。 「気持ちいい?」  千秋はチラッとおれを見て、フッと笑った。その微笑みを俺は気持ちいいのだと思っていたのだが。 「ねぇ、あれで今までの相手満足してたの?」  コトが済んで、シャワーを浴びた後で千秋は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してそう言ってきた。 「はあ?」  俺は一瞬耳を疑った。何言い出したんだコイツ。 「だってさ、小宮山さん、自分勝手に腰振ってるだけだし。全然イイトコまでこなかった。あれじゃただの腰を振る高校生か猿だよ」 「でもお前、声出してたじゃ……」 「圧迫されたら出るでしょ、俺が言ってんのはさ、気持ちいい、じゃなくて満足したかどうかってことさ」  あまりの言われ様に、俺はだんだんと喉が渇いてくる。落ち着け、こんな若い奴に何がわかる。俺は気持ちを落ち着かせながら千秋に聞く。 「満足しなかったのか?」 「……マジで言ってる?」  はあ、と千秋はため息をついたあと、ミネラルウォーターを飲む。何なんだ、コイツは。ベッドに腰掛けたまま千秋を見ていたら、仕方ないねと呟いて千秋が突然俺の胸をドンと押してきたので、バランスを崩してベッドに仰向けに倒れた。 「何する……」  上から千秋が俺を組み敷く。さっきと逆転したような格好だ。 「ちょっとネコの気持ち、知ってみたら」  その言葉の意味に、俺は思わず青ざめる。 「ちょっと待て! 俺はタチなんだぞ! お前はネコだろ?」  冗談じゃない! 抱かれるなんて一度もされたこともないし、されたいと思ったこともない。俺は攻める方が好きなんだ! 千秋の身体を退かそうと、力を込めてもびくともしない。 「はいはいはい」  そう言って千秋は俺にキスしてきた。 「やめ……んっ」  今度のキスも攻撃的だ。ジュ、と俺の舌を吸う様にキスをしてくる。口の中で激しく舌が動く。そしてそうしている間にも俺が羽織っていたガウンの前で止めてある紐を器用に解き、はだけた所から手を這わす。スルリとその指が体をまさぐる。触れるか、触れないか。まるで筆の様に柔らかく触れる。そして乳首に触れた時、突然キュッとつねられた。 「ヒアッ!」 「あれ、小宮山さん。乳首感じる人なんだね」  唇を離して俺を見る千秋。そしてニヤリと笑うとそのまま乳首をベロンと舐めた。俺は驚いて身体が震えた。千秋の舌が乳首を舐めていくうちにだんだんと息が上がってきた。嘘だろ、乳首だけで?ツンツンと突いたり周りを舐めたり。俺は正直、男が乳首舐められたって、とほぼ相手の乳首なんて舐めてこなかった。まさかこんなに……気持ちイイなんて。 「ほら、両方勃ってきたじゃん」  乳首を舐めながら右手が股間を弄る。触れられるだけでそこは完勃ちしていた。確かに気持ちがいい。でも俺は……入れられるのは嫌だ。 「やめろって!」 「往生際が悪いなあ。いいから、いいから」  そう言いながら、執拗に攻めてくる。初めて攻められるからなのか、千秋が上手いからなのかは分からないが、俺はどんどん追い詰められていく。 いつの間にか四つん這いの格好にされて、うしろから千秋が指を出し入れする。 「ふ……っく、あっ……」 「あーあ。まだ指しか入れてないのに、そんなぐずぐずになって。小宮山さん、ネコの方がいいんじゃない?」  なにを、と言おうとしたとき、千秋の指先がたどり着いた場所に、俺の身体はまるで電流が走ったかの様に痙攣する。前立腺を探り当てたのだ。俺の様子ににやりと千秋が笑う。 「ば、ばかっ、そこ、ダメ……あああっ!」  探り当てたことはあっても、自分のを触れられたことなどなくて、俺は耐えがたい快感に声を出してしまう。というか、押さえられない。俺が千秋を拡げてた時以上の、淫らな音が響く。 「いい感じにほぐれてきたねぇ、小宮山さん」  耳元で千秋がそう言って、耳の中に舌をいれる。そして後ろに大きなモノがあてがわれたことに気づいて、俺は最後の力を振り絞る。 「入れるな、っ……そんなの……」  千秋を肩越しに睨見ながらそう言ったつもりだが、全然声にならない。 「入れたら、いっちゃう?」  俺の腰を持ち、あてがったソレをゆっくりと挿れてきた。一度たりとも侵入されたことがないソコは十分に慣らしたとはいえ、痛いし圧迫感で息ができない。 「ぐっ……いっ……」 「力抜いて」 「バカや……」  グププ、と入っていく感覚。  痛い、痛い、怖い。 「小宮山さん、怖くないから、大丈夫」 「は……あっ」  シーツを握り締めた手に、千秋の手が重なる。ゆっくりゆっくり動かしていく。グチュ、と圧迫する音に慣れてきたころ俺はもう痛さを感じなくなっていた。その代わりにふつふつと湧いてきたのは…… 「うっ……あ、あ、っ」  下半身が熱い。さっきまでの恐怖はどこにいったのか。千秋は俺の変化に気がついている。出し入れだけではなく奥をかき混ぜる様に、腰を左右に動かしたり、乳首をつまんだり。さっき俺が千秋にしなかったことを、ワザとしているのだ。 「ほら、気持ちイイでしょ?もっと奥も」  思い切り奥を突かれて、俺は仰け反る。その瞬間、ポタポタポタとシーツに白濁したものを撒き散らす。 「まだまだッ」  千秋は激しく腰を突きながら、俺の中を蹂躙していく。 「ああっ、あ、ああっ! やめ……!」  何度も声が枯れるほどにイかされて、挙げ句の果てに涙と涎で顔がぐちゃぐちゃになる。 「んッ、小宮山さん、すっげぇ、気持ちイイ、ね」  もう何を言われてるか分からない。パンパンと突かれる音、自分の声。 「また……だめ、っイク……ああッー!」  何度目かの絶頂。千秋も切なそうな声と共に精を俺の中で放った。  こうして俺は、年下のネコに抱かれてしまった。  
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