ネコのあいつに抱かれた日

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「俺さぁ、一年前に小宮山さんに抱かれたことがあるんだよね」  気怠い身体を休めていると、千秋がそんなことを言ってきた。一年前? いやでも俺は今日初めて千秋の存在を知ったはずだ。 「……お前に会ったの、今日が初めてだけど」 「あはは。あの頃は金髪に近い茶髪にパーマだったし、俺はその日初めてのゲイバーでウブだったからね。印象に残ってないんでしょ」 「初めてゲイバーに?」 「そう。俺さ、上京組だから地元で出会いなんてなくって。男とやってみたくてゲイバー行ってさ。そこで小宮山さんと会って、エッチして」  茶髪のパーマなんて、何人も出会っている。その中の一人だったってことか。俺は驚きながら千秋を見る。それにしても全く覚えていない。 「終わった後、俺、小宮山さんが『若い奴はやっぱりいまいちだな』って誰かと電話で話してたの、聞いちゃったんだよね」  きっと俺はその時、酒を飲みすぎていたに違いない。よく友人に『深酒するとお前はいらないことを話す癖があるから気をつけろ』と何度も注意されていた。 「俺さあ、それがすっごくびっくりしちゃって。それ聞く前は、この人もきっと気持ちよかったんだろうな、なんて思ってたんだけど。初めての男に、イマイチなんて言われて、こっちだってプライドがあるわけよ」  しかし、今までも【ロジウラ】に来ていたなら、なぜ今まで声をかけなかったのだろうか。その答えを千秋のほうから言ってきた。 「その時決めたんだよね。俺がタチになって抱き潰してやろうって。お陰様であのバーで色んな人と出会って、たくさん気持ちいいこと教えてもらったんだけどね。きっと俺のほうが『バリタチ』だよ」  ニヤリと笑う千秋。そしてゆっくりと近づいて来て、俺の顎を指でクイっと上げる。 「これからも、よろしくね。小宮山さん」  その後。俺はママがこの話に一役買っていることを知った。ママは千秋が俺と逢いたがっているのを知っていたらしい。 「まー、一途でいいじゃない」 「どこが一途だよ、ストーカーだろ、あれじゃ」  俺はオーダーしていたギムレットを飲むと、ママが煙管をふかしながら笑う。 「それにしてもちーちゃんは、コミーとヤッても懐かないのね」  今日も千秋は【ロジウラ】に来ていた。だが俺にはあまり話しかけず、他のグループで飲んでいる。それはもう何度も続いた。俺は千秋がまた何か企んでいるんじゃないかと思い、本人に聞くと、千秋はキョトンとした後、大笑いした。 「だって小宮山さん、年下にベタベタされるの嫌いなんでしょ。俺知ってるからさ」  これ以上嫌われたくないもんね、と言う千秋。全く掴めない奴だ。一体俺とどうなりたいんだろうか。いやどうもなりたくないのか。そして俺は、何で千秋のことを考えているのだろうか。 「ちょっと、ちーちゃん。大丈夫?」  一ヶ月くらい経ったある日。カウンター越しにママが心配そうな声をしているのが聞こえて、そっちを見ると千秋がカウンターに顔をつけて辛そうにしていた。顔が少し赤いように見える。 「んー、ちょっと気持ち悪い、かも」 「今日は帰りなさいよ。一人で帰れる?心配だわ」  ママはそう言いながら、千秋の頭を撫でてやっている。その様子を見ているとママと目があった。 「コミー、ちーちゃんを連れて帰ってあげてよ」 「はあ? 俺?」 「かわいそうでしょ。私はまだ営業があるし」  ねえ、と隣のバーテンに相槌を求めると、バーテンダーはそうですねえ、と頷く。 「でも俺、こいつの家なんか知らないぜ」 「ほら」  一枚のメモを渡される。そこには住所が書いてあった。客の住所まで把握してんのかよ、らと俺が呟くとママは当たり前じゃない、と言った。俺の住所もばれているのだろうか。  すっかりぐったりした千秋を支えながらタクシーから降りて、住所に書かれたマンションの部屋に向かう。千秋のポケットから鍵を取り出して、玄関を開ける。部屋の中は男ひとり暮らしにしては綺麗にしていた。 千秋が寝室を指差し、ドアを開けてやると、ベッドの上になだれ込んだ。 「大丈夫か?」 「ちょっと、疲れてたのに飲みすぎたかな。お水欲しい」  ちょっと優しくしたらこれだ。舌打ちをしつつ、キッチンまで行き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。寝室に戻り、ベッドのサイドテーブルに置いてやる。 不意にそこに何本かリップクリームが置いてあることに気がついた。千秋は俺にお礼を言いながら水を飲む。 「沢山、リップクリーム置いてあるんだな」  俺がそう言うとああ、それ……と千秋が笑う。 「こないだ、エッチしたとき小宮山さん俺にリップ塗ってくれたでしょ?唇がカサカサなのが嫌だって」  無意識だったからよく覚えてないが、そんなことを言ったような気がする。 「あれさ、初めてのときも、言われたんだよ。唇カサカサだなって。同じように塗ってくれた後に、リップくれたんだ」 数本置いてあるうちの一本を取り出して俺に見せる。え、まさか…… 「その時もらったの、これ。記念品として取ってたんだ。それにしても、前と同じこと言うなんて、おかしくて」  呆気に取られながら俺は千秋を見た。 「カサカサが嫌だって小宮山さんが言うから、あの後小宮山さんに会う時はプルプルにしてたんだよ」  手にしたリップを置いて、千秋は笑う。 「こう見えても、アンタが好きだからね」  一瞬、千秋の目がジッと俺を見たが、すぐに視線をそらされた。ああ、やばい。本当にこういうの苦手だ。 「お前は俺と付き合いたいのか?」  俺は背中を向けた千秋にそう聞いた。千秋は背を向けたまま、答える。 「小宮山さん、そういうの嫌いでしょ」 「俺がオッケーって言ったら?」 「……え?」  千秋が振り向いて俺の顔を見る。あ、今絶対赤くなってる。ダメだ、何言ったんだ俺。 「いや何でもない」  その言葉を遮るように千秋が俺の体を抱きしめた。力強く。おい、体調悪いんじゃなかったのか。 「今日さ、唇プルプルだよ。試してみる?」  返事をするまでもなく、千秋が強引にキスしてきた。本当だ。今日はカサカサしていない。柔らかい唇を重ねながら体に手を回してくる。いつの間にかゆるゆると舌を入れてきて、あっというまに体が熱くなる。 「小宮山さん、ねぇ、抱いていいよね?」  唇を離して耳元で囁かれて、俺は千秋を睨みつけた。 「……何で、俺が抱かれるんだよ」  はたして千秋は本当に体調が悪かったのだろうか。すっかり千秋とママに騙された気がしてならない。  キセルからぷかぷかと煙が流れていく。【ロジウラ】のカウンターには俺と千秋が並んで座っていた。 「で、ちーちゃんの作戦勝ちだったわけね」 「ママの演技の賜物」  キールを飲みながら千秋が笑う。その横で俺は憮然としていた。やっぱり思ったとおり、二人にしてやられていた。 「いやね、そんなに睨まないでよ、コミー。これも親心から来たんだから」 「は?親心?」  ママはジンをぐいと飲んで俺を指差しこう言った。 「一人がいいなんて言いながら本当は寂しがり屋なコミーに、誰かいい人いないかしらって思ってたのよ。そしたらちーちゃんがいた訳。この子なら任せそうって思ったのよ」  ねぇ、拓也くん、と隣のバーテンダーに話を振ると苦笑いしながら頷いた。何だよ、コイツもグルか。 「なあ、千秋。ちょっと聞いときたいんだけど」 「何?」  二人になって、一回ヤッたあとのベッドの中。俺は気になっていたことを打ち明けた。 「……俺って本当に下手だった?」  あれから千秋がタチ、俺はネコですっかり役割が決まってしまっていた。何よりあんなに下手だの言われたらさすがに自信がなくなって……  ぶはっと千秋が笑い出す。 「あ、気にしてたんだ」 「当たり前だろ、男なんだから」   俺はムッとして千秋から顔を背けた。すると…… 「……ナイショ!」  そう言って千秋は俺の体をごろんと転がし、俺のソレをパクリと口に含んだ。 「おいっ、内緒ってなんだ……ッ」  チロチロと千秋の舌が生き物のように絡みつく。これだけは言えるのだけど、口でやるのは千秋の方が絶対上手い。萎えていたソレはどんどん元気になっていく。 「お前……ずるい……あっ」 「ほーぉ?」  上目遣いに千秋が俺を見る。その視線も、堪らない。年下なのに。若い子は嫌いなはず、なのに。 「んっ、はぁ……っ」  ソレから口を離し、千秋は笑う。 「好きでしょう?俺のこと」 「……かも、しれない」 「正直じゃないんだから! 俺は小宮山さん好きだよ」  可愛げがあって、そばに置いておきたいなんて。まだ千秋には言えない。年上の意地ってやつ、だな。 1話 おわり
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