第1話[雑貨・七惑星]

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第1話[雑貨・七惑星]

◆ 「店長~お客様が、1キロメートル圏内程度への移動魔術書を探してらっしゃってまして~」 「ああ、それなら確か下から3段目の奥に……」  指定された棚を探してそれっぽい本を引き抜く私。  紫色の本だけれど、文字は異質な言語で、何と書いてあるかは読めない。 「じゃーこの本でいいんですね? 売っちゃいますよ?」 「あくまで自己責任で使うように念を押しておいてくれよ」  店長が手のひらをひらひらさせていたので、適当に処理してくれという意味だ。 「はーい」  全身に真っ黒なローブを被った、現代には絶対この格好で歩いていないお客さんだ。この姿で街を歩いていたら、すぐに職務質問されるわね。  買っていったお客さんは一言も喋らずにスッといなくなったけれど、あんな本一体何に使うのかしら?  でも、商品のその先の事は基本知らないフリ。雑貨・七惑星では、ね。 ◆  旧天町(きゅうてんちょう)通りと名が付いているアーケード街に一軒の怪しい雑貨店があるらしい。  全世界、そして異世界から集められた、魔法や呪術と呼ばれる部類の怪しげなアイテムが置いてあったり、店主が吸血鬼で気付けば血を吸われているとか、人喰いメイドが店員をしているとか。  はたまた、お店に入った者が忽然と姿を消しただとか、何かに乗り移られたように人が変わってしまったんだとか。  そんな噂が絶えない店が、この街には確かに存在している。  けれども、内容の否定はしておくわ。あくまでも噂は噂。話が沢山の尾ひれをつけて一人歩きしているだけよ。  まあ、人喰いメイドってのはきっと私のことだろうけれども。     私、黒峰(くろみね)ミナ。乙女。現在高校二年生。  最近あてたばかりの、もこもこ内巻きパーマが自慢だけれど、数少ない友人にはストレートのほうが良いと言われ続け、つまるところの不評。  雑貨[七惑星(ななわくせい)]と名のつく、胡散臭い魔術グッズをメインに販売しているお店でアルバイトをしてる。  去年からなので、そろそろ一年が経つ頃かな。  アルバイト中は長いスカートのメイド服を基調にしたゴシックな服に身を包んでいる。  というのも店長の趣向で店内に見合う服を無理やり着せられているのだ。  店長は産まれながらの『魔族』。簡単に言えば人間じゃあ無いの。ぱっと見た年齢は十歳程度の容姿をしている、俗に言う『ショタっ子』ね。  赤髪で小さな角が生えていたり、刻印のようなものが体に刻まれていたりするけれど、まあぱっと見はコスプレのように見えるだろうけれど。  名前はマー・マーマレード・トールト。  知り合いの人間じゃない方々には『マーくん』と呼ばれているのをよく見かける。やけに人間界には馴染んでおり、一体幾年(いくとせ)この世を生きているのだろうかと時々疑うわ。  ぱっと見中世の貴族か、はたまた異世界の王子様の様な服を来てらっしゃる。いっそお店も『ゴシックショタ喫茶』にでも変えてしまえばいいのではないだろうか。 ◆   寂れかけた商店街の中に、禍々しいオーラを放っているこのお店。大きな魚が口を開けたような入り口に、怪しい置物たちが内外に放り出されている。  けれど、店長の「不思議な術」によって店への認識を阻害されているとの事で、ほとんどの人は存在すら気付かずに通り過ぎていくのだ。  じゃあ私はどうなのかって?  お店を認識できる私はそもそもイレギュラーだそうだけれど、それはまた別のお話ね。  お店の中に展示してあるものは魔術本のコーナーだったり、『呪いをかけられるグッズ』等の趣味の悪い品のポップが飾られている。  私が書かされたものもあるんだけれど……。  店の入り口は扉があるわけでも無いオープンな作りになっているが、人が入ってくるとカランカランと何故か音が鳴る。  店長は元々人よけの魔術品だと言っていたが、それを来客の合図に使うなんて、もったい無いというか……基本的に趣味が悪いのよ。あと真面目に雑貨店を営業する気があるのか疑うわね。 「いらっしゃいませー」  パタパタと埃臭い商品を叩いていると、本日バイトに入ってから最初のお客さんご来店。今しがた『すぐに楽になれるグッズ』コーナーに夢中だ。 「アァア……ついに辿り着いた……! 辿り着いたぞ!!」  来店早々一人でブツブツと何を呟いていらっしゃるのだろうかと私は思うが、こちらから積極的に声を掛けることはしないのが当店の方針だ。 「雑貨・七惑星……生活雑貨からこの世ならざるアイテムまで揃っていると言われる幻の店!」  興奮状態で男が店の商品を眺めている。トイレの芳香剤を手に取る男。 「おぉ……これは芳香剤に見せかけた妙薬!」 「お客様そちらはフツーのトイレの芳香剤でございます」 「!!」  男はスーツを着た、疲れたサラリーマンといった様子だが、全力の笑顔かつ、紫と黒を基調としたメイド服で接客する私とのギャップが、第三者目線から見るときっと二人の間はひどいギャップになっている事だろうね。 「さっ……殺人メイドだァ!」  私を見て大変大きなリアクションを取るお客様。  なんて失礼な事を言う奴だろうと私は思う。 「聞いてくれ! 僕はね、今すぐ楽になりたいんだ。生きていても辛くて辛くてしょうがない! ここには人の世に無い、願いを叶えられる物がいくらも置いてあるって聞いて店を探し続けていた。そしてようやく辿り着いたんだ!」  今にも飛び掛かって来そうな男性を宥める私。    この店に行き着いたということは、店に誘われたと言う事だ。店長曰く、この店舗自体が生き物のようなものだと言う。  人の不幸や、負を吸って生き延びているのだと。故にそれらを持ち合わせている人だけを誘うのだと。 「お客様大変申し訳ないのですがそのような品は当店では……」 「――あーあるよ」  奥からすっと現れるマー店長。って、今追い返せそうだったのに店長いらない事言って! 大体普段は奥の豪奢な椅子から一歩たりとも動かないくせに。 「やはりあるのか!? じゃあ早くそれを!」 「まあ待ってよお客。意外と人生ってのも悪く無いもんだよ、みんな短い命だって分かっているのに、精一杯それぞれの命を生きてて美しいものさ」  ゆっくりと店内を闊歩しながら語るマー店長。 「まるで人間じゃないような物の言い方を! 僕はもう愛想が尽きたんだよ人生にはね!」  解からなくは無いなあと思った。  少しだけ賛同できるところがあるから。  人生なんて愛想が尽きるもの、たったの十六年しか生きていない私ですら愛想が尽きるタイミングはあったもの。 「同じ事を繰り返す毎日。会社に行っては頭を下げて、帰って飯食って寝る、これが人生か?」  男は怒りを顕にしていたが、しばらくすると落ち着いた様子に戻った。 「死とは本来辛くて悲しいものだからね、痛みなく消えることは無理なのさ」  店長の言葉を、男は吸い込まれるように聞き入っている。    ま、私はそもそもこの人がどうなっても全く痛くも痒くもないし、あまり興味が無いなあと思いつつ、髪の毛の先をくるくるといじる。 「だからとりあえず今すぐあなたの『辛い』を緩和するこの『忘れなさ(そう)飲み薬X』今なら三日分で二万八千円! お試しで……お買い得だよ?」  ごくり、と喉を鳴らすお客。 「ありがとうございましたー」  結局、商品を買っていったお客様を見送ってから、ひょうひょうとした様子で店奥の椅子に戻ろうとする店長に声を掛ける。 「店長、商売上手なのはいいんですけどあれ詐欺ですよね? 人間バカにしてません? ひどい」 「詐欺なもんか、辛さを緩和するのは本当だからね。スカっとするやつだよ。ちゃんと呪い(まじない)がかかってる」 「ふぅーん。スカッとする固形型のお菓子ならよく有りますけど、完全にそれの系統ですよね? それともヤバいヤツだったり……」  店長は答えず手をひらひらさせながら店の奥、いつものポジションに戻って行ったのだった。 「あのお客さんは無事に明日を迎えられるのかしら」  そんな事を考えながら私はお店の通常業務に戻るのだった。
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