第2話[ミナとマー店長]

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第2話[ミナとマー店長]

◆  七惑星の営業時間は気まぐれで、アルバイトは今の所私しか雇っていないという事だから、私の居ない時間は一体どんな営業形態をとっているのだろうと時折疑問に思う事もある。  マー店長の様子を見るには、特に困っている事も無さそうなので今まで触れずにやってきている。というか知らないフリをしている。   「宅配でーす、ここ置いておきますねー」 「はいはい、いつもお疲れ様です」  また謎の荷物が届く。きっと商品だろうけれど、配達員のお兄さんは全身を真っ黒に包み込んだカラスのような男だ。顔も暗幕を垂らしているので爽やかなイメージとは真逆である。  最初はびっくりしたけれど、今では慣れっこになってしまった。人間は、人間ならざる者ともわかり合えるのかもしれない、と時々私は思う。  ところで、あの配達員はいつも一体どこからやって来るのだろう。魔術的なゲートでも使っているのだろうか。まさか商店街の中をあの姿で歩いているわけではないよね……。  などと考えていると店内でマー店長が声をあげる。 「ミナー、見てよこれ。このカエルの置物」  なんとなく嬉しそうなマー店長。店長がこういった態度をとっているときは大抵ろくな事が無いということを私は学んでいる。 「はあ、一見ただの『カエルの置物』ですね。なんだか中から邪悪なオーラが出ているようにも見えますけど」 「それが視えるとは中々やるね、ミナ。この中にはこの現世に漂っている怨念だとか、邪気が集められたものが封印されているんだ」 「今すぐ返品しましょう」    突然頭が痛くなってきた気がする。  このカエルに現世の怨念が集められているとしたら、それを昆虫採集のように集めて回った何者かがいるという事だ。なんて悪い趣味なのかしら。 「おいおいミナ、こうやって(よこしま)なる物を寄せ集めて封印できるからこそ今の世は平和なんだよ?」 「そういう物を持ち込むからこの商店街はいつまでも発展しないんじゃないですか……?」  マー店長は都合が悪くなるとすぐにスススーっと遁走する。 「ま、とりあえずあまり動かさないでよ、悪い物が出て来ちゃうからね」  振り返って忠告してくる店長。  言われなくともこーんなカエルの置物には触らないわよ! と思いつつ、一体これをどのような人が買っていくのだろうか、といった興味は少しだけある私だったり。  店長はこのような物珍しい、怪しいアイテムに興味を探しては入手してくるのである。一体どこから発掘してくるんだか。  それらが店や周りに影響を与えていることもあったり、無かったり。世間としては、知らず知らずに迷惑な店とも言える、雑貨・七惑星は本日も営業中です。 ◆  商店街全体のお店が閉まる時間は非常に早く、夜八時にはほぼ全店舗の電気が完全に消え去る程だ。つまるところ私たち町民が思っている以上に、この町は田舎なのだと言わざるを得ないのである。ほんの少し悲しいけれど。 「マー店長、私今日はもう上がりますねー」  更衣室兼事務所と名のついた、薄気味悪い店舗の奥にある壁のようなもので仕切られただけの部屋で、結滞なメイド服を脱ぎ捨てて着替えてから出る私。 「ああご苦労さん」  と、奥を見ながら店を出ようとした瞬間、何かにぶつかった。  『ドン』と鈍い音を立ててひっくり返ったのは、今日入荷したてのカエルだった。  その瞬間、カエルから歪なオーラがこちらへ伸びて来る感覚が、私には確かに視えた。 「あーあ、ダメじゃ無いか。そのカエルは動かしちゃあダメだ」 「躓いたんですよ」  店長がスッと動いて出て来たという事は、放っておいてはまずいものだったという証拠だ。普段なら、いつまで立っても動きやしないのだ。 「すみません、商品をひっくり返してしまって」  と、表面上は一応謝っておく私、偉い。 「カエルがひっくり返るとはまさにこの事だなあ」 「……」  何か寒いギャグが聞こえたような気がしたけれど無視する私。  マー店長は何かの呪文を唱えてからカエルを元の位置に戻している。確かに先ほど感じた違和感は無くなっていた。 「どうだい、負が近づいて来るのが視えたかい? ミナ」 「負かどうかは知りませんけど、尋常じゃない違和感は覚えましたね」  迂闊に触れてはいけない物なのだと、感覚的にわかる程度には歪なオーラだと私は感じた。 「時が来たら供養に行くよ、ミナ。負は連鎖するんだ、負が負をばら撒いて無限にループするってわけ、だから供養して消さないとね」 「行くよ、って私も行くんですか!? 嫌ですよ店長一人で行ってください」  店長が寂しそうな目で私を見ている。よく考えたらこの人は周りに頼れる人がいないのではないだろうか。悪態ばかりついてろくに友人も居なさそうだとは思って居たけれど、さすがの私でも少し哀れに感じてしまう。 「わーかりましたよ、行きますよ。『時』が来たら教えてください」 「じゃ、そう言うことで。それまでコレには触らないでね」  言われなくとも、もうこのカエルに触る事なんて無いだろうけど。  またもひらひらと手を振りながら奥に去っていく店長の後ろ姿を見てから店を出る。  店には扉もシャッターも無いので、泥棒は本来入り放題なんだけれど人避けの効果で入り口すら見えないんだろうね。 ◆  自宅への帰り道、多くの店が閉まって真っ暗な商店街を抜け、少しだけ住宅地の路地を歩く私。  川沿いには散り始めた遅咲きの桜が舞っている。左手に持つスマートフォンを開くと時間と、明日の天気が表示される。  私は散って来た桜の花びらを一枚だけ手にとって、少しだけこう願ったのだ。 「んー、明日の天気は晴れってことでお願いしますよ」  一日でもこの遅咲きの桜が見られる日が続けば良いなあ。  そう、思ったから。
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