第3話[不貞腐れているわけじゃあないの]

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第3話[不貞腐れているわけじゃあないの]

◆  朝目が覚めると、外は雲一つ見えない青天だった。  昨日、私が帰る途中にスマートフォンの画面に表示されていた天気予報は『曇りのち雨、百パーセント』だったので、予報は全く大外れだったという事。  それも『大外れになった』のかもしれないけれどね。 『旧天町(きゅうてんちょう)通り』は一本の筒抜けた、町唯一のアーケードである。  町は小さく、この商店街くらいしか賑やかな場所は近所に無いような少し古びた町なのだ。その代わりと言ってはなんだけれど、古くからの神社やお寺などがそこら中に乱立して鬩ぎ合っているの。  詰まるところ、パワースポットのオンパレードと言ったところかしら。  旧天町は古びているとは言え、生活に必要なお店などは一通り揃っており、町民の数は長くに渡って一定を保っている。  私の住まいは旧天町通りアーケードのすぐ側にあるけれど、先に話した古い神社や『パワースポット』と呼ばれる場所が近所に沢山あって、大変趣味の悪い謎の観光客がどこからか湧いて来たりする。  実際、私の家隣の空き地には、五十坪程度の平地の真ん中にサイズの見合わない小さな社が堂々と真ん中に立っており、不気味の一言に尽きるし。  しかしながらこの町を歩いているとその様な光景は幾らでも目に入って来るもので、いちいち憂いていたらこっちの気がおかしくなってしまうわ。    そして私にとって、この旧天町は身を縛り付けられているような場所。  さらに言えば、先の『パワースポット』に纏わる話が、私とマー店長の出会いであり、七惑星で働くきっかけだったんだ。 ◆  私、黒峰ミナは旧天町の隣町に入ってすぐ、自宅から徒歩三十分弱の場所にある共学の「棘浦ヶ丘高校」に通っているのだけれど、お隣の町のほうがよほど『脱・田舎』しており、近頃の暇な高校生の放課後は大抵、駅前の大型商業施設に吸われていく。  真面目に部活動に励んでいる生徒の方が少ない、なんだか時代を感じる寂しい学校だと私は思う。  かく言う私も、部活は入らずにアルバイトをしているのだけれどね。一直線に家に帰って暇を持て余すくらいならば少しでもそれを労働力に変換しようと、まあ表向きはそんな感じだ。  ふと、お店に来たお客さんの事を思い描きながら高校の授業を受けている。現在四時限目。お昼休みの前の現代文の授業である。 「黒峰ー、おーい、く・ろ・み・ね」  私が名前を呼ばれていると気づいた時にはもう時すでに遅し。教師はズカズカと教室の前列から三番目、窓際に座っている私の側へやってきていた。 「単位落とすぞー黒峰ー。最近集中力切れてんじゃないのかー?」  この厳しそうで、私の不貞腐れている様を割と容認してくれている女性教師、名前を比内(ひない)先生。  歳はしらないけれど多分三十くらい。結婚はしてないみたい。男を厳しく選ぶタイプだなあ。 ――ベシッ 「……痛いです先生」  周りは私を見て呆れている者と、少しだけ笑ってくれる人、残りは興味が無いか授業をサボタージュしている。 「痛くしたんだよ、いいから三十五ページからいくらか読んで」  私は反抗期が続いているわけでは決して無い。俗に言う、ダウナーというキャラポジションなのである、自称。  そう自分に言い聞かせて普段の学園生活を過ごしているというわけだ。    言われた通り教科書を持って立ち上がり音読してみたが、『怜悧(れいり)』という文字が読めず、比内先生に、お前の真逆みたいな人の事だよと言われてなんとなく意味だけは察した。  教室の笑いは、さっきよりは多かった。  四月に入って、学年が上がりクラスが変わってから、友人もろくに作らず、馴染まずにいた私を、比内先生は気遣ってくれているのだろうと、微弱に感謝している。何故微弱かと言えば、私が特に望んで馴染もうとはしていないからだったり。    教室には時間の区切りにチャイムが鳴る。  キーンコーンカーンコーンと言うやつ。ドーミーレーソー、ソーレーミードー。もう何年聞いている事になるのだろうかこの音。もしかして一生聞き続けるのではないかと思うと、呪いの音のように感じる自称華の十六歳乙女である。 ◆  昼休みになると、教室の皆は大抵別館の食堂か、学園内にあるコンビニへと向かう。お弁当組が教室や校内のどこかしらで食事をとるくらい。  私の高校は食堂が食品を扱う専門学校と一緒になっている事もあり、とても美味しいと評判だ。  おかげさまでやけに混み合うので、私はとてもじゃないけれど勘弁、勘弁。お昼ご飯如きにそんな労力を使ってられないわ。  教室の隅で一人、優雅にコンビニで買ってきたおにぎりを食す私。ちなみに昼買いに行くのは面倒なので朝途中に寄って買ったもの。  ――ヴヴヴヴヴヴ。  スマートフォンが鳴る。表記にはマー店長と書いてある。私のお昼休みの時間を把握しているくらいには暇人だという事がとってわかる。 「あい」  とてもやる気の無い電話の出方をする私。 『君はどうしてそんな元気無いかなあ、女子高生ってもっとテンションが高い生き物だって、『現代女子の謎に迫るパートⅢ』って本に書いてあったよ?』 「その本に書いてある事の八割はデマだと思いますよきっと。ところでわざわざ何かの用事ですか?」  店長が電話をかけて来ることは特に珍しくは無い。気まぐれに人避けの魔術をかけてその辺に現れたりもするが、お店の方は大丈夫なのかと疑う。 『うーんそれがね? 今日って雨が降るはずだったんだけどさ……ほら、例のカエルに雨を浴びせてあげないと中から邪悪なものが……』 「あのカエル、何かを封印しておく物体としては使い勝手悪すぎだと思いますよ、それでなんです? 天気予報への愚痴ですか?」 『まあいいけど……心あたりあるんじゃない? ってね?』  いいたい事だけ言われてスッと切れる電話。  ふと窓から遠くを見ると、分厚い雨雲が遠くの街を襲っていたのを見かけたのだった。
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