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1 代償
『今夜お願いします』
チャイムが鳴り、クラス内がざわつき始めた放課後。席を立とうとした大森侑生の元に、一言のメッセージが届く。たった一言であっても、彼にとってそれが何を意味しているかは十分に理解できた。
『了解』
最小限の返信をし、今夜への期待に高揚感を抱く。
侑生の通う高校は、そこそこの名門校であり、毎年有名大学への進学実績も出している。野球部やサッカー部も全国レベルの強豪であり、まさに文武両道を謳った学校である。
侑生は入学と同時に寮へ入り、一・ニ年は窮屈なニ人部屋を乗り切った。
本来はこの三年次から成績優秀者に与えられた一人部屋を、来年に控える受験の勉強のために活用するのが最も有意義な使い方だ。しかし侑生はこの一人部屋を、今夜訪室して来るある人物との逢瀬のために、そのほとんどを使っていた。
コンコン、と遠慮がちなノックの音が響き、侑生はノックの主を出迎える。
「お邪魔します」と小さな声で常に下を向き、目を合わせようとしない彼の名は、寮の一年後輩である椎名公季。侑生は彼を部屋の中へ誘導した。
そして椅子へ座り頬杖をつきながら優しく命令する。
「さ、見せて」
その言葉に公季はゆっくりと自分のスウェットのズボンを下ろす。緊張がこっちにまで伝わってくるような重々しい雰囲気だ。
公季は相変わらず俯いており表情が読み取れないが、羞恥に耐え忍んでいるのだろうという予想は容易であった。
ズボンが下ろされたことで、侑生からはそこが期待に膨らんでいるのが十分に見て分かる。その証拠に、湿り気を持ったそこは、下着の一部の色を変えていた。
「そんなに我慢してたならもっと早く来ればいいのに」
「……我慢できます……。あの、いいですか? その、しても……」
両膝を床についた公季は、纏う布のなくなった下半身を小さな手で隠すように前で合わせている。
「いいよ」
この合図で公季は自らの手でそれを扱き、欲を解放させる。小さく震えた身体から漏れる、吐息がかった微かな声を侑生は見逃さない。
「気持ちいいんだね」
「……あっ、はい、ん……ああっ」
優しく宥めるように囁くと、公季はさらに声を響かせる。
そんな姿を、侑生は一秒たりとも見逃さないという勢いで凝視し優越感に浸っていた。
憧れであり、大好きな先輩から、ただじっと見つめられながら公季は欲を吐き終えた。持参したティッシュできれいにし、早々に服を着用し出て行く準備をする。
そんな彼に侑生が後ろから声をかける。
「椎名、前回から五日も空いたけど、本当にその間一人でしてなかった?」
「……え?」
振り向いた公季と今日初めて目が合う。やはり顔は赤く、その表情は羞恥と動揺をそのまま顔に表したようである。
思ったことが顔に出る公季は嘘がつけないのだろう。自然と口角が上がる。
「俺がいない時に一人でしちゃダメって約束したよね? 隠れてしちゃった?」
「あ、えと、あの……ごめんなさい」
「次は、約束破らないって誓える?」
「……でもあの、俺、最近ほぼ毎日で……そんなんじゃ先輩に迷惑かけちゃうし……」
「別に毎日でもいいよ?……どうせ我慢なんてできないくせに」
本当に毎日になってもいいのか、という表情で公季が訴えかける。
「じゃ、これで本当に約束だから。毎日でもいいから、したくなったら必ずおいで」
「……わかりました。失礼します」
「うん、おやすみ」
と、にこやに侑生が手を振ると、公季は顔の赤らみを消せないままペコっとおじぎをして帰っていった。
侑生の根底にあるのは好奇心なのか支配欲なのか、いやわかっている。心の奥底に閉じ込めた劣等感だ。自分を慕っている後輩の射精管理をする、なんて異常じみた行為でそれを発散させている。
高校に入学してから、侑生は憂鬱とした日々を送っていた。自分は大した人間じゃないのだと打ちのめされ、じゃあ自分は何者なんだと、いつまでも答えの出ない問いかけが自身を侵食する。
しかし自分を好きだと言った公季は、目の前で自慰をしろと命令しても逃げ出すことなく、なぜかむしろ好いたままでいてくれる。
自分は何も持っていないと思っていたが、人にここまでさせられる人間なんだと、一時の安心を得ることができる。
この、公季との時間だけが、自分が自分であるかのような感覚にさせてくれる。
俺が好きなら利用してやる。あいつに飽きるまで、楽しんだらいいんだ。
そう自分に言い聞かせ、今日も侑生は床に着く。
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