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「よし書けた」
絵馬という神聖なものに字を書くのは初めてで、緊張して筆が進まない。そんな自分とは裏腹に、侑生は早くも書き終えたようだった。
「え、早い。見せてくださいよ」
「ん」
差し出された絵馬にどきりとした。
『公季と来年もここに来る。 大森侑生』
「……受験生なら、そこは合格祈願なんじゃないんですか?」
それにこれはお願いではなく宣言で、神様への敬意すらも全く感じられない。さっきから礼儀作法に細かい侑生だが、こういうところは我を貫いていて、彼らしいなと思う。
「俺はもう十分に合格圏内。よっぽどのことがなきゃ落ちない。それより心配なのは来年の公季だろ?……俺と同じ大学、入るんだよな?」
「同じ大学」という言葉が頭の中で響き合う。
本当は、この関係は侑生が卒業したら終わってしまうのではないかと不安があった。
どんなに追い付こうとしても、どうしてもこの一年の差は埋めることはできない。
来年自分が受験勉強に必死な中、侑生は大都会東京で華やかなキャンパスライフを送るのだ。きっとサークルでたくさんの友達に囲まれて、美人にも寄り添われるのだろう。自分と過ごすより、東京でのそういった毎日の方が楽しいに決まっている。
そんな想像が、ずっと公季の不安を駆り立てていた。だが侑生は東京で、その大学で、自分が来るのを待っていてくれるのだと言う。
来年があること、未来があること、それを侑生が提示してくれたことに、胸がいっぱいになる。
侑生が待っていてくれるなら、トップレベルの大学であっても挑戦したい。
「……うん」
照れてしまい上手く返事ができなかったが、それもお見通しといった様子で侑生が続ける。
「俺、公季のこと好きだよ。一年なんて、これから一緒に過ごすうちのたった数パーセントだ。卒業しても会いに行くからさ、俺に追いつくことだけ考えてろよ」
「ありがとう。……侑生」
ぴゅうと風が吹き、透き通るような彼の黒髪が揺れる。
「で、公季は何て書くの?」
侑生はまっさらな絵馬に目を遣った。
「俺は、……侑生みたいに宣言なんてできないから、普通に願い事を書きますよ」
元々は侑生の合格祈願を書くつもりでいたが、この余裕な感じを察するに神様の助けは不要だろう。
「うん、公季らしい」
彼の方を向くと、キリッとした目がこちらを見ていた。
初めて話した時から、侑生は公季を真っ直ぐ捉えて離さなかった。その頃とは関係性はかなり変わったものの、今も侑生は射るような眼差しで、まるで公季の内面までも見透かしてしまうようだった。
俺はこの目が好きだ。
この目が俺を見てくれるから、今日も笑っていられるんだ。
だからどうか、――君の見つめる、その先にある世界に、これからもずっと、いさせてください。
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