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【番外編】侑生と佐山
「……キャピタライズ?」
佐山が険しい顔でプリントを凝視している。
彼の独り言は、8割無視して2割適当に相槌を打てば問題ない。とりあえずここはスルーして、侑生は目の前の甘めにカスタマイズされたカフェラテをすする。
しかし佐山は遠慮なく続けた。
「なぁ、キャピタライズって、資本主義のことだよな。俺、家族の話してただけなのに、何で急に政治的な話になんの? 怖っ! マシューって、やばい先生だったのか?」
資本主義はキャピタライズではなくキャピタリズムだ、と心の中で訂正する。
だがそろそろうるさくなりそうなので、侑生は仕方なく反応してやる。
「どれ、見してみ」
佐山が睨めっこしていたのは、指定校推薦で早くに合格を決めた大学からの課題だ。
今頭が良くても、入学時にバカになっていては大学側からしたら大損害である。そのためこうして宿題が出されるのだ。
英語が苦手な佐山は、その課題を高校のAET、つまり英語指導助手であるマシューに見てもらっていた。
しかしマシューは日本語ができない。見てもらったはいいが全て英語で解説されており、佐山はその解読に苦戦しているようだった。
「サチコって母親?」
「そうだよ。サチコに『あんたは雨男だから、旅行には連れて行かない』って言われた時の話を書いたんだよ」
どうやら課題は、「今までで衝撃的だった体験」について英語で自由に書く、というものらしい。
雨男を理由に息子を置いて旅行に行く母親って中々だなと思ったが、本題と逸れるのであえて突っ込まない。
「人名とか固有名詞は、最初の文字を大文字にしろってよ」
「え」
「キャピタライズは、ここでは大文字にするって意味だ。辞書を引け」
「そうなん? よかった! マシュー、やばい先生だと思ってごめん」
マシューに同情する。
休日の心地よいコーヒーショップの空間と、久々の過剰な糖分を味わいながら、侑生はふと衝撃的な体験について記憶を辿る。
だが口から先に生まれた佐山は、その口を閉じない。
「侑生だったら、あれだな。日本史の、岡田先生の話でも書くのか? やっぱ自由英作文って、いかにウケを狙うかだよなぁ。脚色し放題だし」
自由英作文の課題をそんな風に考えている奴は、この世でお前だけだ。
面倒なので、もちろん口に出して突っ込まない。
「そうだな、それも面白いけど」
「お、なんかいいネタあんのか?」
「まあな」
「何だよ。……あ、あれか? 去年の夏フェスで、はしゃぎすぎて小指骨折した話?」
「いや、違う」
「じゃあ何だよ」
カフェラテのストローを口から離し、一旦考えるフリをする。
「まぁ、お前には教えないかな」
そう言って侑生は残りのカフェラテを一気に飲み干した。
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