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銀行を出ると、桜の花びらが舞っていた。
「あ、下ろせました?」
「ああ、お待たせ」
新生活のために服が欲しいと思い立った侑生は、公季と服屋へ向かっているところだった。
「東京の大学生って、みんな何着てるんだろう。おしゃれなんだろうな」
相変わらず公季は東京の人間に過度な期待をしている。それが幻想だと、来年気付かせてあげることにしよう。
侑生は、地面に落ちている桜の花びらが静かに舞う様を見ながら言う。
「なぁ、公季。俺、この先何があっても大丈夫だと思うんだ」
「え? 急にどうしたの」
「例えばさ、大学にすげー頭良くてイケメンで、スポーツもできて金持ちで、あと女子にもモテまくりの性格良い奴がいたとしても、俺普通に友達になれるわ」
公季はポカンとした後、可笑しそうに笑った。
「その前に、そんな人います?」
「うん。大丈夫。もしそいつが、渋沢って名字だったとしても。三年後も、ATMは普通に使える」
公季にとっては脈絡のない話で、意味がわからないはずだった。でも何故か彼はずっと顔を上げながら笑っている。
おそらく癖なのだろう、公季は笑う時に後頭部が少し下がり、顔を上に向けるような仕草をする。
その姿が愛らしくて、ついそのまま顎に手を添えキスをしてしまう。
公季が笑って上を向いた時、キスをするのにこの五センチの身長差がちょうどいいのだ。
すると君は照れてしまって、それを隠すように今度は下を向いてしまう。からかうようにじっと見つめると、キョロキョロと視線を泳がせて気まずそうにする。
君のその忙しない視線の理由が、いつだって俺であってほしい。
――君の見つめる、その先にある世界を、これから俺と一緒に創り上げていけたらと願うばかりだ。
[終わり]
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