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4 渡り廊下
『サッカー部 地区大会優勝』
校舎に堂々と掲げられた横断幕に嫌気が差す。
なるべくそれを視界に入れないようにと、侑生は寮までの最短経路ではなく、あえて向かいの棟を経由して帰寮しようとしていた。
するとちょうど向かいの棟への渡り廊下で、公季の姿を見つけた。
掲示物か何かをじっと見つめているようだ。もう少し近づくと、展示された絵を鑑賞していることがわかった。素通りしてもよかったが、なぜだか吸い込まれるように足が公季の方に向かっていた。
「椎名って絵好きなの?」
突然声をかけられびっくりした表情の公季がこちらを見る。
「あ、大森先輩。……はい、ここには絵を見によく来るんです」
美術部員が作品を展示している場所のようだ。侑生は三年生ながら、この渡り廊下にそんなギャラリーがあったと初めて知った。
「へぇ。美術部?」
「いえ、部活は入っていません」
「ふーん」
ここ最近はほぼ毎日会っているものの、そういえば世間話は今までしたことがなかったなと思いながら、公季との何気ないやりとりに新鮮さを感じた。
それと同時に、あまりにも自然に公季に話しかけている自分にも驚く。
「絵を見るのは好きなんです」
そう言って石膏のデッサンや異国の景色の油絵の作品たちを慈しむように見入る公季の姿に興味を抱いた。
しばらく沈黙が続くが、ここで去ってしまうのがもったいない気がして、一緒に作品を鑑賞することにした。
確かに、この渡り廊下は人通りも少ないし、窓から見える中庭は絶景だ。きっと公季のお気に入りの場所なのだろう。
「……描かないの?」
「えっ⁉︎」
「うん、絵」
「いや、そういう意味のえ、じゃなくて」
束の間だったが、公季の「ふふ」とおかしそうに笑う顔を侑生は見逃さなかった。公季の表情は何を考えているかわかりやすい。多くを言葉にしない彼の感情は、顔にそのまま表れる。だから、侑生は公季の表情の変化を見逃さない。
「小さい頃、絵を習っていたことがあるんです。全然上手くならなくて、辞めさせられちゃったんですけどね。……だから、羨ましいんです。自分にはできなかったことを、こうやって作品にしているのが本当にすごいなって。特にこの絵、こういう綺麗な海とヨーロッパの街並みとか……」
目をキラキラさせながら話す公季に、いつもの羞恥心でいっぱいな面影はなかった。
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